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概要編集

2000年代にJRAで活躍した競走馬

後方からの追い込みで、しばしば大穴を開け、2ちゃんねるに「ファストタテヤマの馬券を買って家を建てやま」というスレッドが立った。

条件馬の経験はなく、引退までオープンクラスで走り続けた。


生涯成績:55戦6勝

獲得賞金:4億2843万7000円

主な勝ち鞍:デイリー杯2歳ステークス京都新聞杯など。


略歴編集

1999年

5月30日、新冠郡新冠町北海道)の秋田牧場で誕生。父:ダンスインザダーク、母:メインゲスト


2001年

栗東安田伊佐夫厩舎に入厩。辻幸雄が馬主となる。

9月1日、札幌競馬場新馬戦でデビューし2着。9月23日、3走目の新馬戦で初勝利。

10月13日、デイリー杯2歳ステークスで重賞初勝利を挙げる。直線で最後方から全馬を抜き去る強烈な追い込みを見せた。

12月9日、朝日杯FSで13着と惨敗。


2002年

4月14日、皐月賞で15着と惨敗。

5月3日、東京優駿の前哨戦・京都新聞杯で6番人気からの1着。

5月26日、本番の東京優駿で15着と惨敗。

10月20日、休養明け、16番人気で臨んだ菊花賞で後方から追い込みハナ差の2着。1着のヒシミラクルも10番人気で、馬連配当9万6070円、三連複配当34万4630円のクラシック史上最高配当となった。皐月賞ノーリーズンがスタートで落馬・競走中止となるなど大荒れのレースで、馬場鉄志アナウンサーの「外から来たのはなんとファストタテヤマだー!」は名実況として知られる。


その後は2003年2004年2005年と未勝利が続く。しかし、12番人気だった2005年8月21日の札幌記念ではクビ差の2着まで追い込み、三連単配当275万円超の大穴を開けた。


2006年

1月7日、万葉ステークスで3年半ぶりの勝利。その後は凡走が続く。

8月5日、みなみ北海道ステークスで4番人気からの1着。

10月8日、京都大賞典で7番人気からスイープトウショウの2着に入り、三連単配当49,450円。その後は凡走が続く。


2007年

4月7日、大阪-ハンブルクカップで6番人気からの1着。最後の勝利となった。

10月7日、京都大賞典で6着。このレースを最後に競走馬を引退した。


引退後

引退後はいわきホースパーク福島県)で馬術競技馬「ケイローン」として登録された。

馬術競技馬引退後は千葉県の牧場で余生を送る。

2012年11月11日、腸捻転のため死亡した。

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