概要
川田将雅(かわだ ゆうが)は、1985年10月15日生まれ、佐賀県出身の日本中央競馬会(JRA)栗東所属の男性騎手。
曽祖父は佐賀競馬の騎手→調教師、祖父は佐賀競馬の調教師、父も佐賀競馬の騎手→調教師、伯父は大井競馬の騎手→調教師(宮浦正行、南関三冠馬ハツシバオーや大井時代のイナリワンの主戦騎手)という、競馬エリートの家に生まれる。自身も幼少期から佐賀競馬場で馬を見て育っており、競馬関係の職に就くのも当然といえる。
2004年にデビュー(同期は藤岡佑介・吉田隼人ら)すると、3年目には重賞初制覇。5年目の2008年の皐月賞でキャプテントゥーレに乗り初GⅠ制覇。以降、2010年菊花賞(ビッグウィーク)・2012年オークス(ジェンティルドンナ)・2014年桜花賞(ハープスター)と三歳牡牝クラシック競走で勝利を重ね、2016年日本ダービーにてマカヒキで勝利。ダービージョッキーの称号を手にすると共に、30歳にして史上8人目となる中央クラシック完全制覇を達成した。
2021年にラヴズオンリーユーとアメリカのBCフィリー&メアターフを勝利。日本馬初のブリーダーズカップ制覇を成し遂げるとともに、自身も日本人騎手初のブリーダーズカップ優勝騎手という栄冠を手にする。
2022年には年間143勝を挙げて自身初となる全国リーディングジョッキーを獲得。加えて年間最高勝率騎手・最多獲得賞金騎手のタイトルも獲得し、岡部幸雄、武豊、クリストフ・ルメールに次ぐ史上4人目の騎手大賞受賞者となった。
2023年にはウシュバテソーロとUAEのドバイワールドカップを勝利。日本馬としては12年ぶりのドバイワールドカップ制覇を成し遂げるとともに、自身も日本人騎手初のドバイワールドカップ制覇という快挙を達成(2011年の優勝馬はヴィクトワールピサ、鞍上はミルコ・デムーロ)。
人物
写真などを見れば分かるが結構目つきがきつく、凛々しいが悪人顔ともとれる人相の持ち主。親交が深い安田翔伍調教師(安田隆行調教師の息子)が競馬学校2年生だった川田と初めて会った際、「この世の中に不満しか持っていないんだろうなという顔つきの子」と感じたというエピソードがある。しかし同時に非常に落ち着いた風格があり、馬を降りた後のインタビューで騎乗した馬を「この子」と呼ぶといった優等生的受け答えを見せる(翔伍調教師も、初対面時に川田に「今の時代ではそういう丁寧な挨拶ができる人がいない」と思うほどの丁寧な挨拶をされたことで評価を改めている)。
その顔やレースでもほとんど感情を表に出さない(なのでよく「感情を無くした」とネタにされている)ことから無愛想で怖いというイメージが先行しがちだが、実際は真面目な性格で競馬に対して非常にストイックな姿勢で臨むタイプであり、レースから離れて各種イベントに出た際には柔らかい表情を見せることが多い。
地方競馬を見て育った影響から、騎乗スタイルは一言で言えば「豪快」そのもので、派手なアクションで荒く追うのが特徴(本人曰く「地方の騎手をずっと見ていたからか荒く馬を追うことに抵抗がなかった」)。短距離・マイルレースでの活躍が目立つ反面、長距離は苦手としているようで、長距離の重賞レースで勝ったのは菊花賞のみである。
また、使用冠名から「ダノン軍団」とも呼ばれる資産管理会社・ダノックスの所有馬(主な活躍馬はダノンプレミアム・ダノンスマッシュ・ダノンザキッドなど)の主戦騎手を務めることが多い。
競馬学校在学中に講師として来校した的場均の教えを守り、勝った際も滅多にガッツポーズしないよう心掛けている。実際、1着でゴールした後もガッツポーズはほとんどしない。ただ全くやらないというわけではなく、2007年に白毛馬のホワイトベッセルに騎乗して勝利し、白毛馬初のJRA勝利という偉業を成し遂げた際には、勝ったのが3歳未勝利戦だったにもかかわらず嬉しさの余りかガッツポーズをしている。GⅠ初制覇となった2008年皐月賞の際も、嬉しさが勝ったのかガッツポーズをしている。
その反動なのか、検量室まで戻り下馬した後には、鞍上での仕事人顔はどこへやらと言わんばかりのウキウキした姿を見せることもある。
先述の2021年のBCフィリー&メアターフ勝利時もよほど嬉しかったのか両腕を挙げて大喜びした上、更には記念撮影で矢作芳人調教師などの厩舎スタッフと共に手でハートマークを作る様子が見られた。存外お茶目な人である。
また、曲がった事が嫌いな九州男児らしく結構な激情家としても知られる(本人曰く「ガツンと言わないと、こっちがモヤモヤしちゃう」)。レース後に騎手控室で後輩を叱るのはもちろん、時には先輩に突っかかる事もしばしばで、故に後輩の岩崎翼からは「恐怖のセンパイ」と恐れられている。
一方で2023年の阪神牝馬ステークスの悪質なタックル行為(被害者は岩田康誠&イズジョーノキセキ)はJRA忖度により過怠金による騎乗停止回避する等、他人には厳しいくせに自分には甘いという体育会系みたいなクズ気質の人間でもある。
- ちなみに川田は後に、その岩崎をターゲットとした逆ドッキリの仕掛人となった。
そんな彼も、30歳になるまでは週1回は美容室に通うほどの「チャラ男」だった。20代の時にバラエティ番組に出演した際は「ボクがシュッとしている要因の7割は髪型」と言うほどだったが、さすがに30代になってからは落ち着こうとキャラチェンしている。
2016年7月に先輩の福永祐一と共にホリプロとマネジメント契約を締結(藤田菜七子も先行して4月に契約締結)した為、メディアへの露出は多い。
なお福永とは仲が良く、2018年の日本ダービーにおいてワグネリアンと共に挑んだ福永が初のダービー制覇を成し遂げた際には、ゴール後すぐ駆け寄って祝福した。もっとも、タイプはどちらかといえば「鬼」というべきで、「仏」な福永とは対照的な人物と言える(福永曰く「(自分が)先輩で本当に良かった」「(後輩を叱るのは)もう将雅に任せてるから」)。
ちなみに福永は騎手としての川田も高く評価しており、騎手引退と調教師転身を公表した2022年12月に受けたインタビューでは、「(調教師として)タッグを組みたい騎手は?」と聞かれた際「やっぱりユウガ(川田将雅)ですよ。1番関係性が深いというのもありますけど、彼は日本競馬史上最高のジョッキーだと僕は思っている。彼があれだけの騎手になったというのも理由のひとつでもあるので、自分が次の道を進む事を決めた。一緒に仕事できて大きなタイトル獲れたら最高でしょう。」と述べている。
余談
2022年には平地GⅠを3勝しているが、それらのレースには「直前(前日か前週)のレースで落馬したり本番直前に新型コロナウイルスに感染したりしたなどの何かしらの不具合が生じた」という共通点があるためか、ファンの間では死の淵から生還するたびに強くなるサイヤ人のようだと言われている。これも、真面目でストイックな彼の性格の成せる業だろうか。
ちなみに、制したG1レースは桜花賞・NHKマイルC・阪神JFと、すべて1600mのマイル戦であった。
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