ウィニペグ・ジェッツ(Winnipeg Jets)は、カナダのマニトバ州ウィニペグを本拠地とするNHLのチーム。以下の2チームが該当する。
- 1972年から1996年まで当地をホームとしたチーム。後のアリゾナ・コヨーテズ。
- 2011年にジョージア州アトランタから移転してきたチームの現名称。
概要
ウェスタン・カンファレンスのセントラルディヴィジョンに所属するチーム。
ホームアリーナはカナダライフ・センター。
チームカラーはポーラーナイトブルー、アヴィエイターブルー、ファイターグレー、赤である。
『ジェッツ』と云うチーム名は、カナダ空軍第17航空団がウィニペグに基地を置いていることに由来しており、現在のプライマリーロゴにはカエデの葉に重なるようにCF-188(ホーネット)が描かれている。
(小さくて見づらいが、以下の画像を参照)
歴史
初代ジェッツ
ウィニペグ・ジェッツは元々1972年にWHA(ワールド・ホッケー・アソシエーション)のチームとして創設されたチームであり、WHA時代の7シーズンでプレーオフ進出6度、アヴコ・ワールドトロフィー(NHLのスタンレーカップに相当)を3度獲得して、WHAで最も成功したチームと呼ばれていた。
1979年、WHAの解散によりジェッツはエドモントン・オイラーズ、ハートフォード・ホエーラーズ(現:カロライナ・ハリケーンズ)、ケベック・ノルディックス(現:コロラド・アバランチ)と共にNHLへ加入した。
NHL入りした直後は2年続けて地区最下位に沈み、1980-81シーズンには年間勝利が2桁に届かないチーム史上最悪の成績(9勝57敗14分)を記録した。
NHL加入後の初代ジェッツは17シーズンで地区優勝無し。プレーオフには11度進出したが1回戦を突破したのは2度だけであり、そのどちらも2回戦でオイラーズに敗れている。
チームは1996年にアリゾナ州フェニックスへ移転し、フェニックス・コヨーテズになり、さらに2014からはアリゾナ・コヨーテズと改名して2024年まで活動した。
アトランタ・スラッシャーズ
現在のチームは1999年にアトランタ・スラッシャーズとしてジョージア州アトランタに創設された。チーム名の『スラッシャーズ』はジョージアの州鳥チャイロツグミモドキ(Brown Thrasher)から採られた。
アトランタ時代は2006-07シーズンに当時のサウスイーストディヴィジョンで地区優勝を果たしたもののプレーオフでは1勝も挙げられず敗退。これがアトランタ時代の(全日程が中止となった2004-05シーズンを除く)11シーズンで唯一のポストシーズン進出だった。
成績同様に観客動員も振るわず、球団は2011年に売却された。
2代目ジェッツ
カナダのトゥルーノース・スポーツ&エンターテイメント社は当初フェニックス・コヨーテズを買収し本拠地をマニトバ州ウィニペグへ戻すことを計画していたが、アリゾナ州からチームを移転させたくないNHLの意向と、コヨーテズの負債が完済されていないことを理由としてアリゾナ州が移転を認めなかったことで頓挫する。
トゥルーノースは2011年にスラッシャーズの買収に動く。これがNHL理事会に承認されると、本拠地を移転したチームはウィニペグ・ジェッツに改称した。なお、チーム移転の際にコヨーテズからジェッツの商標を譲渡されたが、歴史と成績は初代のチームと別に扱われている(現在のジェッツはスラッシャーズの歴史を引き継ぎ、初代ジェッツの歴史はコヨーテズが引き継いでいる)。
2017-18シーズンにプレーオフで初勝利を挙げ、カンファレンスファイナルまで勝ち進んだがベガス・ゴールデンナイツに敗れスタンレーカップファイナル進出はならなかった。
ウィニペグ移転後は未だ地区優勝が無く、プレジデンツトロフィーの獲得およびスタンレーカップの優勝は無い。
永久欠番
現在の永久欠番
※2024年時点でジェッツに球団独自の永久欠番は無い。
失効した永久欠番
初代ジェッツの欠番
※この3名はジェッツの球団殿堂入りを果たしており、アリゾナ・コヨーテズでも欠番では無いものの顕彰番号とされていた。
- 9 ボビー・ハル
- 10 デール・ハワチャック
- 25 トーマス・スティーン
スラッシャーズ時代の準欠番
※どちらもスラッシャーズ時代を含め正式な欠番では無い。
- 11 リック・リピエン
- 37 ダン・スナイダー
関連項目
- チーム名を「ジェッツ」としているチーム
※上記2球団は本拠地近隣に空港が在ることをチーム名の由来としている。