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ジュチ

じゅち

モンゴル帝国の武将で、チンギス・ハンの長子(ジョチ、ジュウチとも言う)。もしくは、それをモデルにした創作上の人物。
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概要

生年は1177年1184年など諸説がある。
当時はモンゴル族長の若君・テムジンであったチンギス・ハーン(以下大汗)と、正室・ボルテ夫人の子として産まれた。

成長したのちは、大汗に従って戦いを繰り返し、西方の文明を取り入れていたナイマンの王でキリスト教を信奉するタヤン・ハンと戦ったのをはじめ、中国を治める金朝やライバル部族のケレイトなど様々な戦いで活躍した。
そのため、父の大汗は「狩り獲物を得たいものはジュチのもとへ参るべし」と武勇を評価したと言う。

ホラズム帝国と対立した際には、スィグナクと言う街に使者を送って降伏勧告(使者を殺した挙げ句降参しなかったので都市を破壊して虐殺を行った)を試みた、無暗に民衆を傷つけないなど武勇だけの人ではない一面を発揮するが、肝心な戦いである大都市・ウルゲンチ攻略で弟のチャガタイともめてしまうなどトラブルを起こす部分もあった。

その後、カザフスタンを与えられたジュチは北西の国々を征伐する任務を拝命するなど活躍が期待されたが、1225年に病没した。
本当は病気だったのだが、誤報(もしくは讒言)で大汗に逆らう計画を立てている、命令を無視して巻狩りに興じているなどの報告を受けた大汗は怒ったが、彼が病死した事を知ると涙を流して悲しんだと言う。

その遺志と封土であるジュチ・ウルスは息子のバトゥが受け継ぎ、ロシアハンガリーポーランドなどを征服して東ヨーロッパ方面に大国・キプチャク・ハン(金帳汗)国を築いた。

出自

ジュチは母ボルテがメルキト(モンゴル族と対立した部族)に拉致された際に妊娠したため、大汗の息子ではないと言う説がある。
ボルテが不義の末に生んだ子ではないかと猜疑心に駆られた大汗は彼に「客人」を意味するジュチの名をつけたとされる。

それでも大汗は彼の生真面目で剛毅な性格を認めて長男扱いをした事に嫉妬した弟のチャガタイやその支持者から「浮気で生まれた子」「敵部族のガキ」と詰られる事があり、それで激怒する場面が「元朝秘史」に描かれている。

また、母が助け出された際の帰路、すなわち旅路で産まれた事から「旅人」と言う意味でもあるジュチになったともされており、はっきりしていない。

創作上のジュチ

中華一番

ジュチ


中華一番の登場人物。五虎星の一人で“飛天大聖”の名を持つ蒙古族出身の実力者。

コーエーの作品

蒼き狼と白き牝鹿には全シリーズで登場。勇気を買われた史実から、戦闘力重視のパワー型。第4作のチンギスハーンでは専用イベントがあり、彼への扱い方次第で運命が分岐する。信長の野望烈風伝などでは顔グラのみだが一門とともに登場する。

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