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バス窓

ばすまど

かつて、バスや鉄道車両などに用いられていた窓のデザイン。1960年代から70年代には下火となった。
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バス窓とは、バス鉄道車両(気動車電車路面電車など)、その他の主に旅客を輸送する車両の側面の窓に用いられていた窓のデザイン。
『バス窓』という言葉は文字どおりバスに多用されていたことに由来する愛好家の間の言い回し(俗称)で、デザイナーやメーカーのカタログには「立ち窓」「スタンディングウィンドウ」という言葉が用いられていた様子である。

概要

外観に特色がある上下2段のガラス窓で、上段の窓は採光や立ち席客の眺望のため、下段の窓は座席に座った乗客のための窓となる。

このデザインは、第二次世界大戦前にアメリカで高性能路面電車(PCCカー)向けに開発されたとする説が最も有力で、第二次世界大戦の終結とともに、日本でもこの構造を模した窓のデザインが普及した。

デザインと構造

外側から見ると、上段の窓は四隅が丸みを帯びており、下段の窓は四隅が直角の四角形と、上下でデザインが違う点が大きな特色である。

【HD南部縦貫01】みちのくのレールバス【キハ101・102】



これは、窓の取付方法が上下で異なっていることが原因で、このうち上段の窓は、車体外板にシールゴム(Hゴム)で直接固定されており、開閉することができない。
対して下段の窓は、換気のために開閉させる事が可能で、窓ガラスは上または下にスライドできる窓枠を用いて取り付けられている。

車体構造上の利点

通常の2段窓と比較すると、眺望などのサービスを低下させる事なく上段と下段の窓の間に構造体(車体の骨組みなど)を配置できるため、大きな開口部とそれによる強度低下を防ぐための大きく重い補強部材を入れる必要が無く、軽量で充分な強度を持った車体が実現できる。

これは、車体の外板で車体そのものの構造的な強度を確保する必要があるモノコック構造では非常に有効な特徴であり、特にエンジン出力が貧弱で必要な強度を確保しつつ極力軽く作る必要があった1950年代の気動車やバスには大きな利点であった。

終焉

日本では、1960年代から70年代に入ると徐々に新造車で使用されなくなった。
これは、バス窓の場合、車体を製造する上で外板に上段の窓を嵌める作業と、下段の窓を嵌める作業が異なる作業で煩雑となり、生産性の低下を招いたのに対して、ユニット窓やサッシ窓は車体に窓枠(外枠)或いはユニット窓を入れるための枠を設置すれば任意の工程で窓ガラスを入れることができるため生産効率が大きく向上した。
また、サッシ窓であれば使用中に万が一窓ガラスが割れた場合でも交換部品があれば、経験が浅い整備員でも直ぐに復旧させることができ、何より車体そのものの設計技術や動力性能の向上で、ある程度大きな開口部が許容されるようになったことなどが理由と考えられる。

使用例

バス

戦後製造された、車体がモノコック構造のバスに多用された。ボンネットバス、箱型車体の車両(キャブオーバー、センターアンダーフロア、リアエンジン)問わず、川崎航空機(川崎車体)や富士重工業といった大手から、小規模のメーカーまでの殆どのメーカーで採用された。
川崎製の車体のうちいすゞBU系の純正車体の場合、1965年に2段サッシ窓に移行したが、その後も標準仕様がバス窓の車体を製造し続けた車体メーカーや、モデルチェンジで2段サッシ窓に移行しても発注者が特に指定した場合は『バス窓』の車両の製造が続けられた。

この種の窓を持つバスのうち有効なナンバープレートのある現役の車両は動態保存のボンネットバスが殆どで、現在定期運行に使用されている車両は国内に存在しないものと思われる。

鉄道車両

前述のとおり、機関が貧弱だった時代の気動車などに多用された。
国鉄では、初の本格気動車であるキハ10系やその拡大型とも言えるキハ55系の初期車、1950年代の国鉄・私鉄のレールバス、これらと同様に小型・軽量な地方私鉄や地方路線の気動車に用いられた。著名な車両では東武鉄道熊谷線キハ2000形など。

気動車は、廃車されたものが殆どであるものの、この種の窓が残る現役の車両は江ノ電300形(305F)ほか、路面電車が中心である。

関連タグ

路線バス ボンネットバス

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