CV:小宮山清(第1作)、塩屋翼(第3作)、森久保祥太郎(まんがビデオ版)
「この血さえ手に入ればノーベル賞は間違いない」
概要
原作長編『大海獣』に初登場。物語の実質的な主人公。
生物学を専攻とする天才少年科学者で、実際にその才能は確かなものだが、地位と名声を何よりも重んじ、強く渇望している。科学を至上としており、妖怪を始めとするオカルト的な事に関しては否定的な考えしか持たない。
こうした思想や姿勢が原因となって、鬼太郎を苦しめるばかりか、国を巻き込むレベルの大問題を引き起こすことになる。
ただし、後述するように根っからの悪人ではなく、また単純な悪役と言うわけでもない。
父を早くに失い、家族は母親と妹の啓子の3人暮らし。かなり貧しい環境で育った様で、この事が現在の性格を形成する要因となった。
原作『大海獣』のあらすじ
パプアニューギニアにて、鯨の先祖と思われる「ゼオクロノドン」が発見される。研究次第では人類の夢である不老不死をもたらす可能性があり、天才少年科学者の山田秀一は、その調査を目的とした大海獣調査隊のメンバーに選ばれた。秀一は妖怪の血を引く鬼太郎が調査隊の協力者として参加している事を快く思わず、冷淡な態度をとり続ける。
調査隊は大海獣の血液採取に成功するが、その怒りをかって反撃され、全滅してしまう。生き残ったのは偶然その場にいなかった鬼太郎と秀一のみと言う大惨事であり、さらに隊長から託された血液を守って鬼太郎が負傷する。
秀一はこれを見て調査の成果を自分一人だけの手柄にしようと企み、隠し持っていたサラマンドラの粉で鬼太郎の霊力を封印する。
その後、二人は辛くも救出されるが、秀一は生体実験と口封じを兼ね、回復薬と偽って大海獣の血を鬼太郎の身体に注入した。苦しむ鬼太郎の体は次第に変貌し、ついには大海獣そのものとなって海中に姿を消す。
パプアニューギニアから一人だけ凱旋帰国を果たした秀一は、望み通り学会はもちろん、日本全国にその名を知られる名士となった。そこへ大海獣が日本に上陸し、大騒動となる。
鬼太郎が自分に仕返しをしに来たと考えた秀一は、鬼太郎を抹殺するため日本政府を強引に言い包めて巨大ロボットを製作、自ら乗り込んで出撃する。
しかし、事の成り行きから鬼太郎が彼の母親と啓子の二人を守ろうとして手に取っていたため攻撃できなくなる。鬼太郎は啓子たちとともに、ひとまず伊豆沖の無人島へと逃れた。
巨額の国費を投じながら大海獣を仕留められなかった秀一は非難を浴び、社会的な危機に立たされる。日本政府は秀一に再度の攻撃を命じるが、失敗した場合には原爆を投下すると宣言する。
秀一は無人島へ出撃するが敗北し、逆に鬼太郎に命を救われる。さらにその後投下された原爆からも、鬼太郎が自分の身を犠牲にしてまで山田一家を守ってくれたことを目の当たりにし、また一家の隠れた恩人であったことを母親から聞かされてショックを受ける。
「世間の名声や学会での地位よりもすぐれたものがある」と悟った秀一は、鬼太郎を救うべく解毒剤を開発するが、日本政府は大海獣の処分を決定。放射能のダメージにより身動きが取れない鬼太郎は太平洋上に移送される。秀一は慌てて移送船に乗り込むが、彼の目の前で鬼太郎は砲撃を受けて海底へと沈んでいった。
自分の行いを深く後悔し、成り行きに絶望した秀一は解毒剤を血の海と化した海上に撒く。すると海水に溶けた解毒剤が傷口から鬼太郎の体内に入り込んだ。復活した霊力に導かれて目玉おやじとねずみ男が駆けつけたことで、ようやく大海獣の正体が明かされ、海底から引き揚げられる。
その後、秀一は鬼太郎から大海獣の血液を分離することに成功。元の姿に戻った鬼太郎は秀一の謝罪を受け入れ、逆に彼を励ますとゲゲゲの森へと帰っていった。
人物像
「僕はいい大学を出て、勲章をもらう人間が一番偉いと思っていた……しかしよく考えてみると、そんな人間より鬼太郎の方がよほど立派なんだ」
彼の身を案じた妹が渡そうとしたお守りを「ばかばかしい」と一蹴するほど、思いやりに欠ける科学至上主義者。出世第一主義でもあり、自分にない力を持つ者に対する嫉妬心も相当なもので、サラマンドラの粉も、鬼太郎の能力をねたんで長年研究を続けていたものであることを妹から指摘されている。
「実力さえあればどんなにいばってもいい」「実力のある人がどんどんお金を儲ける時代」と言うセリフからは、そのコンプレックスが貧しさに根差すことが窺える。
欲と思い上がりから他人を苦しめ、家族や上司に諫められても省みない不愉快な人物だった秀一は、自分と家族の命を救われたことで、ようやく素直さを取り戻す。
命の恩人である鬼太郎を救おうと全力で解毒剤の研究を行うほか、大海獣の処分を知ったときには、なんとか止めようと防衛庁に駆け込んだ。砲撃を受けて沈む鬼太郎を目の当たりにし、なす術なく後悔と悲嘆にくれる彼の姿には痛々しいものがある。
鬼太郎救出後はテントを張って無人島に残り、独力で鬼太郎の治療に当たる献身ぶりを見せた。東京に戻る際にはカラスヘリコプターに乗せてもらい、明らかに力学と合致しない事実を体験したことで、科学至上主義も改まったようである。
涙ながらに謝罪する彼を、鬼太郎は快く許し、励ましている。
非常に人間味に溢れる人物であり、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する人間としては珍しいほど際立った個性を持ち、強い印象を残すキャラクターである。
「科学を自分の利益のためにだけ使おうとしたのがいけなかった…」という彼のつぶやきは、いつの時代にも通じる真実を含んでいる。
アニメでの山田
自ら「生物学から物理まで、万能の天才と言われた山田秀一」と豪語している。こちらではサラマンドラの粉について研究していたことは、調査隊隊長から指摘されている。続けて「科学がすべてではない、君だって心の中ではそう思っているんじゃないのかね」と諭され、反論できず沈黙していた。
細かい演出の違いはあるが、原作とほぼ同じストーリー。鬼太郎の行動に心を打たれて悔い改め、最後には「僕の心の方がよっぽど醜い化け物でした」と発言している。
将来を嘱望される大学院生。両親はともに他界し、啓子と兄妹二人で生きてきた。
今作では、後半の展開がアニメオリジナルのものとなっている。
友達だったカラス達はおろか、父にさえ自身だと認められずショックを受けた鬼太郎は、憔悴してゲゲゲの森近くに座り込み、その周囲を自衛隊が取り囲んでいた。そこへ、ようやく大海獣の正体に気付いた父や仲間妖怪たちが集まってくる。
一方、大海獣が寄越したお守りからその正体を察した啓子に問い詰められた山田は、苛立ちから啓子を殴りつける。
自衛隊は国際的な非難を避けるため、大海獣をひとまず捕獲し、人目につかないところでの処分を決定する。山田は処分を早めさせようと自ら現場に乗り込み、鬼太郎に興奮剤を打ち込んで自衛隊と闘わせるが、その様子は猫娘に目撃されていた。
事件の裏に山田がいることを確信した目玉おやじたちは山田の研究室へ赴き、罪を公にしない代わり、鬼太郎をもとの姿に戻すよう交渉。それでも罪を認めず、抵抗する山田だが、彼が隠し持っていたちゃんちゃんこを探し出した啓子が駆けつけ、涙とともに説得されたことで、ようやく頷いた。
鬼太郎は仲間たちの助力で自衛隊の攻撃から逃れ、無人島へと避難。山田は目玉おやじの血液を分析して、大海獣の血液だけを分解する薬品を開発、鬼太郎へ注射した。注射をする前に「済まなかった」と山田は謝罪を口にするが、鬼太郎の返事はなかった。
無事元の姿に戻る鬼太郎。だが、原作と異なり鬼太郎は許さず、怒りの表情で山田を殴り飛ばした。それも一発では終わらず、何度も、何度も。自分が受けた酷い仕打ちもさることながら、「許せないのは、たくさんの命と引き換えにして手に入れたものを、自分一人だけの功名に利用しようとしたことだ!!」と叫び、目玉おやじの制止も振り切って山田を殴り続ける鬼太郎。その怒りは激しく、「気の済むまでやってくれ」と言う山田に「やってやるとも、さあ立て!!」と返すほどで、啓子が身を挺して兄を庇ったことでようやく拳を降ろしている。
4期では東映アニメフェアとして、映画版『大海獣』が制作された。ストーリーはほぼオリジナル。鬼太郎は調査隊に参加していた父の行方を捜してほしいという少女の依頼でニューギニアに向かい、調査隊と南方妖怪のもめごとに巻き込まれる。鬼太郎を大海獣に変えるのはテリトリーを荒らされて腹を立てた南方妖怪であり、山田秀一は登場しない。ただし、大海獣出現を実況するアナウンサーとして、彼そっくりの人物が出演している。ちなみに、その報道の隣にはターミネーターがいる。
舞台「ゲゲゲの鬼太郎」での山田
水木しげる生誕100周年プロジェクトの一つとして、2022年に上演された演劇、『舞台「ゲゲゲの鬼太郎」』(通称ゲゲステ)にはその設定に大怪獣の物語が織り込まれており、その冒頭部分で山田秀一が姿を見せている。
ねずみ男曰く「山田秀一博士は、怪奇現象と科学を結び付けた第一人者」であり、人知れぬ森の中に研究所を構え、50年にわたって研究を続けているという。
すでに相当な年齢のようで、老眼鏡に口ひげ、白衣に白髪を振り乱した、いわゆるマッドサイエンティストめいた風体となっている。
しかし「妖怪退治の為にサラマンドラの粉を譲れ」としつこく迫るねずみ男の要求に対しては、一方的な話だけではその妖怪が悪者であるか判断できないと答え、頑として断り続けた。
舞台上では他にも、ねずみ男が『大海獣』での自分の活躍について自慢げに語る場面がある。
貸本版
ちなみにこのエピソードは「墓場鬼太郎」の「ないしょの話」および貸本時代の「鯨神」を大幅にリニューアルしたもの。
こちらでは「山田秀一」ではなく「山田一郎」として登場する。一郎は秀一とは違ってかなりの善人である。妹はいない。親孝行者であり、調査隊に紛れ込んだ怪しいねずみ男にも公平に接し、研究者としてもまじめな好人物。また、両親が見つけた目玉おやじを保護して養生させ、将来の研究対象として見ていたことはあるとはいえ、可愛がるような素振りも見せていた。
一郎は青森大学にて鯨類学に勤しむ若き天才であり、同僚に「村岡花夫」というのがいて、実力者を親に持ち、同じく若き天才とされる。こいつが悪人で、ねずみ男を「脳膜炎」と侮蔑したり研究成果を横取りしたり、挙句の果てに悪事がばれるのを恐れて一郎にゼオクロノドンの血液を注入し変異させる原因を作ったりしている。
この「ないしょの話」では鬼太郎はほとんど出てこない(序盤にねずみ男から「魂の干物」を奪って食ったら盛大に自爆。ねずみ男の助力もあり、終盤復活し、山田家にて干物となっていた目玉おやじを迎えにくるも、「日本一の無責任男とは会いたくない」とどの口が言えるのかと思うような発言をした。だが、山田青年の魂が人間であることを見抜き、その姿を元に戻すべく助言をした)。
また、自分にも公平に接する山田青年に、ねずみ男が親身になって相談に乗る(態度は偉そうだが)、そもそも大海獣になるのは鬼太郎ではなく山田一郎であるなど、ゲゲゲ版「大海獣」とは、配役や各キャラクターの性格が大きく異なる。
貸本時代の「鯨神」では、もっとエグい話になっているが、あまり南方は関係ない。
余談
原作について
- ゲゲゲハウスにねずみ男が居候しており、鬼太郎が調査隊に参加している間は彼が目玉おやじの世話をしていた。秀一がたった一人ニューギニアから帰国したときには、おやじを連れて彼の前に現れ、鬼太郎の行方を問い詰めている。終盤、鬼太郎の救出に駆け付けた際には「てめえニューギニアでなにしたんだっ」と秀一に怒りのビビビンタをお見舞いした。このビビビンタ以外は1期アニメでも同様で、彼らの友情が感じられるエピソードとなっている。
- 国防軍の存在に個人製造の巨大ロボット、果ては非核三原則無視ぶっちぎりの原爆の保有に国内での躊躇なき使用と、水木御大らしい破天荒なストーリーとなっているが、これには当時ブームとなっていたゴジラなどの怪獣映画への傾倒や、そのゴジラのテーマでもあった核兵器実験に対する問題提起を読み取ることができる。
- 山田秀一は、世界で初めて「対怪獣用の巨大ロボット兵器」を開発したという功績?を残した(しかも全部一人で)。これはメカニコングよりも先である。大海獣は元々ゴジラにアイディアを得た「ラバン」という怪獣であり、それ以前のバージョンではゴジラそのものだった。つまり、この時のロボット兵器はメカゴジラそのものだった(東宝のメカゴジラが銀幕に登場するのはだいぶ後のこと)。つまり御大は、ゴジラを元にしてメカゴジラを生み出してしまったことになる。
3期について
- 山田家の表札が「山田賢二」となっているので下の名前は賢二説がある(父親の名前説や作画ミス説もあり)。
- 鬼太郎ファミリーが大海獣の正体を察し、猫娘が自衛隊に潜入調査を行ったり、仲間たちがジブリ作品並みの妖怪アピールを行って人間に知らせようとしたりなど独自の展開がある。
- 鬼太郎の山田に対する怒りはあまりにも激しく、止められなければ山田を殺害していたのではないか、と思う視聴者も出るほどだった。もっとも、3期の鬼太郎は元から直情型の熱血ヒーローとして設定されており、悪に対する怒りの激しさはこの場面に限ったことではない。