概要
1965年8月2日生まれ、群馬県出身。
愛称は「ナベQ」。
前橋工業高校時代から豪速球とフォークボールが武器だった。1983年オフに西武ライオンズからドラフト1位指名されてプロ入り。同期には辻発彦がいる。
現役時代は工藤公康、郭泰源らとともに先発の柱として、西武黄金時代を代表する選手の1人であった。
1998年に西武からヤクルトスワローズに移籍した後、1999年から2001年で台湾CPBLの嘉南勇士でコーチ兼任投手を経て、引退。
2008年から埼玉西武ライオンズ監督に就任。1年目にして西武は日本シリーズ優勝を果たす。レギュラーシーズンは勝率5割以上ながら、それ以降チームは日本シリーズ進出が果たせなかった。
2013年で監督退任後はフロントに移り、シニアディレクターを経てゼネラルマネージャーに。
2024年、途中休養した松井稼頭央監督に代わり監督代行を務めて同年退団。
エピソード
西武時代、特に若手の頃は西崎幸広、星野伸之ら他のパの若手で顔立ちの整った投手と共に「トレンディエース」と呼ばれていたが、やがて頭が寂しくなり、さらに台湾で屋台の食い歩きにもハマったことから、監督になる頃にはかつての面影はどことやらな太ったハゲのおじさんになってしまった。最も髪ネタやかつての栄華とのギャップを自虐ネタにすることがある。
西武監督時代のドラフトでは、2009年に6球団競合で菊池雄星、翌2010年にも同じく6球団競合で大石達也を引き当てるなどくじ運が強い。