※当記事は「鬼滅の刃」単行本23巻(最終巻)のネタバレを取り扱っています。特にアニメでこれからを楽しみにしている人達(アニメ&劇場派)は閲覧注意です。
「鬼滅の刃」第203話にて作中のラスボスである鬼舞辻無惨が主人公、竈門炭治郎に言い放った最後のセリフ。
概要
竈門炭治郎や鬼殺隊との壮絶な最終決戦の末に敗れた鬼舞辻無惨は、人の繋がりが自分を打ち倒した事に感動し、死にかけていた炭治郎に血を注ぎ込んで、鬼にすることによって己の意思を繋げようとする。
その望み通り鬼の王と化して甦った炭治郎は、仲間達に見境なく襲い掛かる。だが、冨岡義勇・我妻善逸・嘴平伊之助らが必死に炭治郎を取り押さえ、栗花落カナヲが胡蝶しのぶから託された解毒薬を打ち込んだ。そして禰豆子が「お兄ちゃん 家に帰ろう」と涙ながらに訴えかける。
その声は炭治郎の深層意識に届いていた。「俺も家に帰りたいよ。本当にもう疲れたんだ」と呟く炭治郎に、無惨は「帰ってどうなる」と冷たい言葉を浴びせる。
「家族は皆死んだ。死骸が埋まっているだけの家に帰ってどうなる」
炭治郎は家には思い出が残っていると返すが、無惨は炭治郎を追い詰めようと、
「無意味なことをするのはよせ 禰豆子は死んだ お前が殺した」
と嘘をつく。もちろん炭治郎は「禰豆子は生きてる、お前は嘘つきだ」と信じない。さらに炭治郎の背を父や母、弟妹たちが押し上げて現世へ還そうとしていた。苛立った無惨は、
「血の匂いがするだろう 仲間達の お前がやったのだ」
「恨まれているぞ 誰もお前が戻ることを望んでいない」
「黙れ お前は私の意志を継ぐ者」
「前を向くな 人を信じるな 希望を見出すな」
「鬼でなくなれば数年の内に死ぬのだぞ 痣の代償を払わねばならぬ」
「自分の事だけを考えろ 目の前にある無限の命を掴み取れ」
等々、散々に罵り、脅し、甘言を弄して翻意させようとするが、炭治郎は「無限の命なんかいらない。みんなの所に帰りたい」と願うのみ。ならばと、決して折れることの無い炭治郎に無惨は吐き捨てた。
「屑め」
「お前だけ生き残るのか?大勢の者が死んだというのに」
「お前だけが何も失わずのうのうと生き残るのか?」
炭治郎の自責の念に訴えかけようとした無惨の言葉は、炭治郎の心を挫きかける。
その時だった。
炭治郎の背中を押す7人の腕。かつて炭治郎を救い、あるいは救われ、共に戦い、そして命を落とした勇敢な剣士達が、今再び炭治郎を支えていた。
「こんなものお前の妄想だ 恥を知れ!やめろ!!」
と焦る無惨を尻目に、炭治郎は懐かしい匂いを感じとる。
「しのぶさんの匂いがする いや…これは…藤の花の匂いか…」
いつの間にか炭治郎の頭上一面に咲き乱れていた藤の花。そこから差し伸ばされる手は人間に戻った禰豆子の手だった。
「お兄ちゃん 帰ろう」
禰豆子の声だ。もはや無惨の方も必死で、先刻までは頭から押さえつけて罵倒していたのに、今や上へのぼってゆく炭治郎に、なりふり構わず縋りつくような体勢に変わってしまっている。
「手を放せ!こっちに戻れ!太陽すら克服したというのに!」
「お前は類稀なる生物なのだ!そっちに行くな炭治郎!」
「死んだ者達の憎しみの声が聞こえないのか!!何故お前だけが生き残るんだと叫んでいるぞ!何故自分たちは失ったのにお前だけが…」
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この期に及んでいかな虚言を吐こうと、もう炭治郎は引き留められなかった。炭治郎だけが生き残るのを恨む者などいない。みんな自分ではない誰かのために命を懸けて戦ったのだから。無惨の叫びはとうとう悲痛な哀訴に変わった。
「炭治郎待て!!待ってくれ頼む!!私の意志を、思いを継いでくれ お前が!!
お前にしかできない!お前は神に選ばれし者だというのがわからないのか!
お前ならなれる!!完璧な…究極の生物に!!」
それを遮るがごとく、炭治郎を力強く引き寄せる手が加わった。義勇と善逸と伊之助だ。
「炭治郎戻ってこい」「絶対負けるな」「こっちだ炭治郎」
「帰ろう、家に帰ろう」
生き残った仲間の声がする。炭治郎はそれに手を伸ばし、引き上げられ、此岸へと還っていく。
もはやすがり付くこともできず、置き去りにされた無惨は絶叫した。
「炭治郎、炭治郎行くな!!私を置いて行くなアアアア!!」
一人、永遠の奈落の底に取り残される無惨。その声はもう何処にも誰にも届かない。
人間は思いを遺し、受け継ぐことで永遠となる、鬼殺隊の面々は託された想いを背負い、鬼舞辻無惨へ刃を向けた。
しかし無惨の生きた千年は、命は、思想は、妄執は、日々を懸命に生きてきた者にとって、受け継ぐ価値すらないほどに、背負う理由も無いほどに軽かったのだ。
彼は「この千年天罰など与えられていないから許されている」等と宣っていたが、その末路は誰にも思い返されず取り残されるという不変を望んだ一人よがりに相応しい永劫の孤独であった。
余談
最終決戦の後の炭治郎と無惨との真の決着とも言えるこの一連の問答は、鬼滅ファンを騒がせ大きな反響を巻き起こした。
一連の無惨の台詞がことごとく彼自身の言動へのブーメランであるのに対し、炭治郎のモノローグは常に真摯に生きてきた彼の姿を見て納得できるものになっており、その対比が味わい深い。
他の鬼達が地獄の業火で焼かれたのに対し、奈落に落ちた亡者が彼一人なのも千年に渡り人を殺し続けた彼と同等以上の悪人が存在しないからだろう。
無惨の地獄における最終的な末路は阿鼻地獄であるとファンブックにて明言された。阿鼻地獄はそこへと落ちるだけでも二千年もかかると言われているが、なぜ死んだばかりの無惨が阿鼻地獄にいるのかは不明(すぐに到達する設定なのかもしれない)。なお、インタビューには「不快」と回答している。無限の苦しみが襲い掛かる本来の阿鼻地獄と違い罰を受けない形が罰であり、むしろかの牢獄の最下層に近い。
罰は赦しとセットであり、どんな苛烈な罰も清算すれば罪は許されるのである。
しかし無惨の犯した罪を許すことのできる刑罰など地獄の底にすらなく、それ故に無惨は永劫に許されないという末路を辿ったのである。
作者が意図したものかは不明だが、アニメ一期OPの紅蓮華の「僕を連れて進め」との対比になっているという説も。