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藤沢周平

ふじさわしゅうへい

藤沢周平(1927年 - 1997年)は日本の小説家。
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概要

山形県東田川郡黄金村大字高坂字楯ノ下(現在の鶴岡市高坂)出身。
農家の四男として生まれ、幼少期から家の手伝いを通して農作業に関わった経験から、後年農村を舞台にした小説や農業をめぐる随筆を多く発表している。

1942年、15歳の時に国民学校高等科を卒業し、昼間は印刷会社や村役場書記補、夜間は中学校(夜間部)に通う生活を送る。1946年に中学校を卒業後、山形師範学校(現在の山形大学)に進学。
師範学校入学後はもっぱら文芸に親しみ、校内の同人雑誌砕氷船』に参加。この時の事は自伝『半生の記』に詳しく記され、また小説作品に形を変えて描かれている。
1949年、師範学校卒業後、中学校教諭として国語と社会を担当しながら1951年、『砕氷船』の後継誌である『プレリュウド』に参加するも同年3月に肺結核が発見、休職する。
1952年2月、右肺上葉切除の大手術を受ける。予後は順調で、病院内の句会に参加し、俳誌に投稿したり、海外小説に親しんだりした。
1957年、郷里では思う仕事が見つからず、教員生活を断念し上京。
練馬区に下宿し業界新聞に勤めはじめるも、倒産などが相次ぎ数紙を転々としながら1959年に三浦悦子と結婚、1960年に日本食品経済社に入社、『日本食品加工新聞』の記者となる。のちに同紙編集長に昇進、コラムをほとんど一人で執筆しながら小説を書きつづけた。
1963年、長女・展子(のち「遠藤展子」の名でエッセイストに。)が生まれ、清瀬市に移るも10月に急性の癌により妻・悦子が28歳で夭折。この衝撃から時代小説の筆を執るようになり、主に大衆的な「倶楽部雑誌」に短編を発表。翌年以降、毎年のようにオール讀物新人賞に投稿を始め1965年から藤沢周平のペンネームを使いはじめた。
(「藤沢」は悦子の実家のある鶴岡市藤沢から、「周」の字は悦子の親族の名から採られている)

その後5年は郷里から呼び寄せた母、長女との三人暮らしの後、1969年、高澤和子と再婚。
1970年に東久留米市に引っ越し、翌年1971年、『溟い海』が第38回オール讀物新人賞を受賞、直木賞候補となる。
翌年『暗殺の年輪』で第69回直木賞受賞。
翌1974年には日本食品経済社を退社して、本格的な作家生活に入る。

1995年頃より、若いころの結核手術の際の輸血に際し罹患した肝炎により入退院を繰り返しながら1997年1月26日、肝不全のため国立国際医療センターで死去。69歳没。

主な作品

シリーズ作品

古谷一行主演『江戸の用心棒』(1981年)、杉良太郎主演『用心棒日月抄』(1989年)、村上弘明主演『腕におぼえあり』シリーズ(1992年-1993年、一部別作品のエピソードを取り込んだ。)、小林稔侍主演『藤沢周平の用心棒日月抄』(1997年)としてドラマ化。

  • 獄医立花登手控えシリーズ
1982年に中井貴一主演『立花登 青春手控え』としてドラマ化、2016年から2018年にて溝端淳平主演でリメイク。
  • 隠し剣シリーズ
「隠し剣鬼ノ爪」は映画『隠し剣 鬼の爪』として、「盲目剣谺返し」は映画『武士の一分』として、「必死剣鳥刺し」は映画『必死剣 鳥刺し』として、「宿命剣鬼走り」は昭和56年にドラマ『宿命剣鬼走り』として、「孤立剣残月」は平成3年にドラマ『残月の決闘』として映像化。
  • 彫師伊之助捕物覚えシリーズ
一作目、「消えた女」が1982年にフジテレビ時代劇スペシャル枠でドラマ化。主演は中村梅之助

単一作品

高嶋政伸主演『新・腕におぼえあり』(1998年)、中村俊介主演『よろずや平四郎活人剣』(2007年)としてドラマ化。

2003年に内野聖陽水野真紀主演でドラマ化。
2005年に市川染五郎木村佳乃主演で映画化。
  • 秘太刀 馬の骨
2005年に内野聖陽、段田安則主演でドラマ化。
2002年に真田広之宮沢りえ主演で映画化。
  • 三屋清左衛門残日録
仲代達矢主演『清左衛門残日録』(1993年)、北大路欣也主演『三屋清左衛門残日録』(2016年-、2020年に第4作製作予定)としてドラマ化。
尾上菊五郎主演(1980年、『悪党狩り』として)、古谷一行主演(1990年)、高橋光臣主演(2014年~2015年)でドラマ化。
小説は1980年に『出合茶屋 神谷玄次郎捕物控』、1985年に『霧の果て 神谷玄次郎捕物控』と再改題されている。
2019年、瑛太主演でドラマ化。

等・・・

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