- 他者を助ける者へ最高級の称号・肩書。救世主、救済者とも。
- 勇敢で雄々しい姿勢を魅せる者へ称賛する形容。英雄、有志、勇者とも。
- 伝説・神話・物語の男性主人公を指す表記の一つ。女性主人公では「ヒロイン」と表現されるが、この限りでなく国柄(例:欧米)や創作(例:僕のヒーローアカデミア・ひろがるスカイ!プリキュア)では男女分け隔てなく「ヒーロー(Hero)」の言葉が用いられる時もある。
- 特別な力を行使する者を称する言葉。しかし特別な人に限らず、上記の行為「助力する者」への該当者、一般の行動者や何かの活躍者に対しても称賛へ用いる事ができる。
なお、殆どの場面で「ヒーロー = 正義(しんねん)を全うする者」へ使われるが、対義「悪(アンチ)」にも掲げる「正義(しんじょう)」はある差異から「アンチヒーロー」「ダークヒーロー」などの派生する存在(ヒーロー)がある程に、深掘りすれば多彩な意義の在る用語であるが、本稿では割愛する。
此処では、特に―
へ対した評価の意味合いが大きい。
概要
DCコミックスを原作とし、2012年公開映画『ダークナイト・ライジング(監督:クリストファー・ノーラン)』に在る台詞、および題材(テーマ)の一つ「ヒーローとは何か?」に対する主張(こたえ)となる一幕。
もしかしたら「ヒーロー(Hero)」とは、身近にいる-本稿を閲覧している貴方(じぶん)だって-かもしれないと。
留意
本稿「誰でもヒーローになれる。特別なことをしなくても。」は、公式映像媒体の吹替表現(吹替:檀臣幸)へ、便宜に句点「。」を追加した表記。他情報源では読点「、」を有する表記ゆれもある事に留意。
貴方だって恩人(ヒーロー)だ
物語の終盤山場(クライマックス)。最強の敵・ベインを筆頭とする凶悪事件(テロ)によってゴッサム・シティへ運び込まれた核爆弾。巧妙な策略から既に起爆の時間(カウントダウン)が迫る…。
もう核爆弾を郊外の海へ運ぶしかない危機的状況。
数々の障害を乗り越え辿り着いたバットマンは、市街戦用空中戦闘機「ザ・バット」で空中運送するために動く。しかし自動運転機能(オートパイロット)は無い事、起爆時間が残り僅かしかない状況から、離陸すれば操縦者も爆発に巻き込まれてしまう……が、それでも構わないと覚悟を決め作業を進めるバットマン。
現場に居合わせた主要人物の一人・ゴードン市警は、これが最後の対話になる「ゴッサムの恩人」へ詰め寄る。
以下、引用台詞を " 英字幕 " 、 『 翻訳吹替 』 、 【 日本語字幕版】 で記述 |
" I never cared who you were. "
『 正体を気にしたことはなかった 』
【 正体は気にしなかった 】
" And you were right. "
『 それでいい 』
【 それでいい 】
" Shouldn't the pepole know the hero who saved them? "
『 市民は命の恩人の名前を知りたいはずだ! 』
【 だが市民は知りたいはずだ 】
最後の最後までゴッサム・シティを守る闇の騎士(ダークナイト)は、共に闘ってきた警官(おとこ)へ正体を明かさずの姿勢をみせた。
そして―
" A hero can be anyone. "
『 誰でもヒーローになれる 特別なことをしなくても 』
【 ヒーローは- 】
【 どこにでもいる 】
" Even a man doing something as simple and reassuring... "
" ...as putting a coat around a young boy's shoulders to let him know... "
" ...the world hadn't ended "
『 傷付いた少年の肩に上着を掛けて 世界の終わりじゃないと励ませばいい 』
【 少年の肩に上着を掛け世界の終わりではないと- 】
【 励ますような男だ 】
誰かの経験を基にしたような比喩を告げるバットマン。
これがバットマンとジェームズ・ゴードンの最後になる対話となった。
空へ去っていくゴッサムの守護者を見上げながら、ゴッサムの警官は自身の若き「思い出」が蘇る。
それは雪が舞う夜中。ある強盗殺人事件の生き残りで傷付いた少年の肩に上着を掛けて、何か言葉もかけて励ましていたゴードン警察官。
たしか、その少年は……
" Bruce Wayne? "
『 ブルース・ウェイン? 』
【 ブルース・ウェイン? 】
ゴッサム・シティを去っていく漆黒の守護者を見送りながら、守護者の恩人は彼の名を言葉にするのだった。
備考
台詞「誰でもヒーローになれる。特別なことをしなくても。」の場面は、鑑賞者へ解釈を委ねる、様々な暗喩を感じさせる一幕となっている。
参考例として―
- 自分(ダークナイト)の名前は「バットマン」で、皆は正体を知らなくても構わない(最期まで、仮面の守護者であり続ける気高さが現れている)。
- 混沌(テロ)と闘い生き抜いたゴッサムの警官・市民も立派な英雄と称賛(特別な能力や立場でなくとも、誰しも「命の恩人(ヒーロー)」たりえるという教訓)。
そして傍目からは変に具体的な人物像例「世界の終わりではないと励ますような者」を挙げられるが、ここで一人だけ理解を示す……暗黒の騎士(ダークナイト)に隠れた恩人は彼なのかと。
そして発言者自身は、きっと目の前にいる恩人なら影の意味(しょうたい)を分かってくれる、あの頃から抱き続けた尊敬と感謝(おもい)も共に贈る。
特に、これで最後の対面となる主人公達が言葉でなく心で通じ合えた絆「貴方にとってのヒーローは誰か」が印象的である。
小さな親切でも大きな助けとなり、それが自己の生き様を変えることだってある。
傷付いた少年にとって、親愛の行動者はかけがえのないヒーロー像となって、心へ残り続け励まされるように。
一般の映像媒体に在る日本語字幕では「ヒーローは― どこにでもいる」と翻訳されている。
これに対し吹替翻訳(吹替:檀臣幸)では「誰でもヒーローになれる。特別なことをしなくても。」と、後に続く台詞「少年を励ます話」を強調すると共に、本作で主張するヒーロー像『何気ない親切心でも人生に多大な助けられる』『誰かを助けるに特別な資格・能力はなくても出来る行為』であると、より日本の鑑賞者へ伝えるため、原台詞(英語)から最良の言葉選びがされている。一方、字幕版では、自分が身を挺してまでゴッサムを護ってこられたのは、かの出来事があったからこそなのだと、ゴートンだけに理解できるよう伝えている。タイムリミット&字幕という制限がある中で、明確に伝達しているのは見事と言える。
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