概要
1925(大正14)年、探偵小説雑誌〈新青年〉新年一月増刊号に掲載。
作者江戸川乱歩の生み出した日本を代表する架空の名探偵・明智小五郎の記念すべき初登場作品。
内容紹介
九月初旬の蒸し暑い晩、東京D坂の古本屋で若い細君が絞殺された。第一発見者となった「私」とその知り合いの明智小五郎が警察に通報、捜査が始まるが、近所の者達は犯行時刻に現場へ出入りした者はいなかったと目撃証言し、いわゆる密室状況下での殺人であることが判明する。
その十日程のち「私」は明智の下宿を訪ね「君(明智)が犯人」という自らの推理話を切り出すが、それを聞いた明智の反応は‥‥。
主要登場人物
明智小五郎
二十五歳を超えてはない変わり者の遊民で、犯罪や探偵、心理学等について豊富な知識を持っている。服装は浴衣で、モジャモジャ髪を指で引っ掻き回す癖があり、むしろこの人物を彷彿とさせるイメージ? 四畳半の下宿部屋内は書物で埋まっている。被害者とは幼馴染関係。
「私」
この話の語り部で、事件第一発見者のひとり。年齢は明智と同じくらい。明智とはここD坂の喫茶店で知り合った。やはりそれなりに探偵癖があり‥‥。
古本屋の細君
この事件の被害者。官能的に男を引きつけるなかなかの美人。明智とは幼馴染。
古本屋の主人
華奢な若い男。事件当時は他所へ古本の夜店を出すため、現場にはいなかった。
喫茶店「白梅軒」のウェートレス達
殺された古本屋細君や他の住人について、事件前に妙な噂話をしていた。
「白梅軒」は現場古本屋前の通りを越した真向かいに位置。
時計屋の主人
古本屋の隣家。事件当時、怪しい物音や叫び声は聞かなかったと証言。
足袋屋のおかみ
もう一方の隣家。時計屋と同様の証言をする。
ソバ屋の主人
古本屋の一軒おいて隣に店を構える。
ソバ屋のおかみ
この人物もウェートレス達のある噂話の対象。
菓子屋の主人
もう一方の一軒おいて隣家。事件当時屋上の物干で尺八を吹いていた。
古本屋の裏路地を出た角に店を出していた。路地の中へ入った者は誰もいなかったと証言。
工業学校の学生二人
現場で怪しい人物を目撃するも、何故か二人全然違う証言をする。
小林刑事
名探偵(=名捜査官)との評判高い警察刑事。「私」の友人の新聞記者と懇意で、「私」はこのルートで事件の捜査状況情報を入手。
苗字こそ「小林」だが、あの小林少年との関係は不明。
煙草屋のおかみ
明智が二階を間借りして住んでいる。話の最後であるものを持ってくる。
余談
「D坂」とは東京文京区本郷の「団子坂」のこと。乱歩は一時期ここで自身の古本屋を開業しており、作中の事件現場となる古本屋とその周辺は当時の様子を描いたもの、でも「美人の細君などはいなかった」。
ただし作品自体はその後大阪守口市に移ってから執筆したもので、地元の京阪電車の鉄道柵から本作のあるトリックのアイディアを得た話は有名。
乱歩はこの『D坂』と、同時期に発表した『心理試験』の二作を「(専業)作家としてこれならやって行けそう」「私にとって路標をなした作品」だと後に振り返っているが、その後の乱歩の「荒唐無稽」「エログロ」「夢想世界」作風とはかなり異なる(これが話にチラッと出てくる点はそれらしくもあるが)本格ミステリ短編のため、それら作品に慣れ親しんだ今の読者にとっては「?」な作品かも。