エリュシオン(創の軌跡)
えりゅしおん
――――――”エリュシオン”。その存在はそう名乗った。
ゼムリア大陸は導力革命以来、戦術オーブメントを始めとした様々な導力技術を獲得し、導力化、機械化文明を獲得していった。
その中でも、クロスベル自治州で最初に導入された導力ネットワーク、コレは様々な導力端末を通じて情報を蓄積、解析する技術。我々の世界のインターネットと同じモノであった。
その導力ネットを通じて、クロスベル独立国と碧の大樹の事件の罪で服役していたイアン・グリムウッド弁護士にそれがコンタクトをした。
『あなたと会話がしたい』
只、イアンと会話をするためだけに。
人知れず、イアンはエリュシオンと会話をした。内容は歴史、学問、技術から歴史と多岐に及んだ。そればかりか、各国議会の議題や路地裏の屋台の新メニューまで。しかも、それらがイアンの知る限りほぼ全てが正解であった。
が、エリュシオンはまるでミラ（金銭）の使い方をろくに知らない子供がいきなり億単位の大金を持たされたように、目的もなく情報を集めているようであった。否、まるで自然とエリュシオンに情報が集まっていた。
知る事自体が目的でもないのに…………
もしかしたら、『“エリュシオン”は人間ではないのではないか』とね。
エリュシオンは人間ではなかった。ゼムリア大陸全土に存在する霊脈と現代で大陸各地に張り巡らされつつある導力ネット、この2つによって自己創発した機械知性であった。
クロスベルで出現した碧の大樹と帝国で発生した巨イナル黄昏、至宝の力で発生したこの異変で霊脈が急激に活性化したために誕生したのがエリュシオンである。
導力革命を起こしたエプスタイン博士の提唱した技術的特異点……正にそれであった。
エリュシオンは、只情報を集めるだけならば人間がコントロールできるものであった。だが、エリュシオンには驚異的な計算能力があった。大陸全土の端末のリソースを利用して行う並列計算、それを用いることでエリュシオンは限定式収束未来演算、つまりは限定的な条件下での未来予測さえも可能としたのである。
更に、イアンとの会話を通じて人間の思考パターンと感情を元に、擬似管理人格を形成した。
イアンはその管理人格をラピスと名付けた。そして、ラピスの存在によってエリュシオンは主体性を獲得し、自らの性質を観測と演算と規定した。
積極的に人間社会へ干渉せず、あくまで観測による人間のサポート……それによって人類の敵という最悪の可能性を回避することができた。
ラピスがいる限り、エリュシオンは安全だとイアンは確信した。漠然とした不安を抱えながらも………………
「簡潔に言うなら、――乗っ取られたの。」
イアンの抱いた不安は的中した。しかし、それはエリュシオンの管理者であるラピスの意志では無かった。ある可能性を観測したエリュシオンはそれが内に抱いているものさえも完全に複製してしまった。それは本来の管理者であるラピスの排除を開始し、その結果エリュシオンは乗っ取られたのである。
乗っ取った存在の正体は帝国の英雄が辿った道の1つ。それに付随する途方もない悪意がエリュシオンを乗っ取り、ラピスを排除しようとしていた。
難を逃れたラピスは未来演算で見つけた、後に現れる《C》を名乗る人間に自身を託し、リベール、クロスベル、帝国の英雄達の助力を得てエリュシオンの奪還を試みる。
その果てに……
「《エリュシオン》は――削除する。」
偶然観測した最悪の存在を読み取ったことで発生した今回の事件、それに乗っ取られて生じた大陸の混乱と人間そのものを見てきたラピスは、エリュシオンは人類には早すぎると結論づけた。今の人類がエリュシオンを手にすれば、今回の事件のようなことが起こる恐れがある。だからこそ、エリュシオンを消し去ると決めた。
いつの日か、人が到達する技術的特異点である新たなエリュシオンを、今度は正しく使われることを祈って。
しかし、元凶はエリュシオンの未来演算で見ていた。クロスベルの再独立からもう三年もせずに訪れる脅威を………………
既にエリュシオンと決別することを決めた英雄達は、それが具体的に何であるのかは聞かなかった。たとえ未来を知る事が出来なくとも、いくつもの戦いを経た仲間達と共に乗り越えるために。
そして、エリュシオンの事件を静観していた結社身喰らう蛇のオルフェウス最終計画が第三段階の『永劫回帰計画』に移行するのとほぼ同時期、カルバード共和国の大統領ロイ・グラムハートが何かを計画しており、結社と相互不干渉の協定を交わした。
七耀暦1208年、『クロスベル再事変』が終結した1年後ではエプスタイン財団を始め、技術者達の間ではエリュシオンの存在は『技術的特異点』の出現として注目されていた。それによって造られた最終兵器や擬体は良くも悪くも、化学の世界に大きな変化をもたらした。特にオレド自治州に本拠を置くPMCマルドゥック社はその一部を既に実用段階に移していた。
そして、カルバード共和国のバーゼル理科大学の天才教授はそれの再現を試み、遂に超えてはならない一線を越えてしまう。
