開発の背景
JR北海道は、より高性能な特急形気動車の開発を目指していた。具体的な新技術としては、振り子装置と車体傾斜装置を併設した「複合車体傾斜システム」、加速時にモーターで駆動力を補う「MA式ハイブリッド駆動システム」が挙げられる。
このうち後者に関しては、先行して普通用のキハ160形気動車を改造した実験を行っていた。そして、前者と組み合わせた本格的な実験に移行するため、2011年4月より設計・制作に着手した完全新車がキハ285系である。
概要
キハ281系から続く高運転台構造の運転台を持つが、複合車体傾斜システムの採用で傾斜角が8度にも達するため、車体の上下がより絞られて相対的に「下膨れ」的な形状となった。
また、ホイッスルは車体両側に移り、配色は青の太帯と萌黄色の細帯を配したシンプルなデザインとなるなど、これまでの特急車とは印象を変えた。
2014年9月末に試作車3両が落成し、当初は今後10年で160両を量産する計画だった。
開発中止・廃車
ところが、開発中にJR北海道は幾度もの不祥事を起しており、2014年の社長交代を機にスピード重視から安全性重視への方針転換を決めた。キハ285系はこの方針とは完全に相反する存在であり、試作車落成直前に開発中止が発表されてしまった。
なお、同時期にはキハ160形も試験終了に伴い廃車・解体されている他、別件でDMVも投入計画の撤回が発表されている。
JR北海道の特急は、先代・キハ261系の継続投入によって2020年代に同系に統一する事となり、キハ285系は一度も走る前に存在意義を失ってしまった。
3両の試作車は総合検測車に転用する案が持ち上がったが、これも特殊構造が徒となり一から造り直した方が圧倒的に合理的である事が判明(→マヤ35)し、改造を断念。このまま「車両」として扱い続けても無意味なコストが嵩むばかりである事から、2015年3月31日付で一旦除籍(車籍抹消)となった。
その後も3両の活用法について検討が続けられ、一時は実際に復籍(車籍復活)を行ったものの結局有効な案は出て来ず、2017年1月16日付で再度除籍。その後同年3月中に解体処分となった。
こうして、JR北海道の次世代特急形気動車は幻となって消えたのであった。
勿体無い?
キハ285系の開発費用は約25億円と公表されており、それが禄に走りもしないままゴミと化したのを見て「大金をドブに捨てたものだ」とする論調が内外問わず多く見られた。
だがちょっと待って欲しい。この3両はあくまで「試作車」であり、完成品ではない。
使い物にするためにはこれから年単位で走り込みを行い、更なる改良を続けてゆく必要がある。
もちろんその間に収益は見込めず、追加の開発費が出て行く一方である。
完成したところで量産計画は白紙撤回されており、3両は3両のままである。
しかもキハ261系を継続投入する関係で、最低でも向こう10年は応用するあても無い。10年も経てば最新技術も陳腐化し、そのまま日の目を見なくなる可能性が高い。
従来型と互換性も無い特異な技術を、そうまでして維持する必要があるのかという疑問は当然上がってくる。
「ならば使いこなせる他社に売却すべき」という声もあった。
現にDMVについてはその後もメーカー主導で開発が続けられ、2020年代に入り阿佐海岸鉄道での実用化に成功している。だが、キハ285系にそのような引き合いがあったという話は聞かない。
そもそも振り子自体、維持費の高さと乗り心地の悪さが嫌われて退潮傾向にあった技術であり、JR西日本のように振り子付きの車両を一般構造の車両に置き換える例すら出始めていた。他社からの評価は言わずもがなというわけである。
経済学の世界には、俗に「コンコルド効果」と呼ばれる概念がある。
超音速旅客機・コンコルドは、開発中の環境変化で採算性の極めて低い機体となっていたにもかかわらず、注ぎ込んだ開発費を惜しんで放棄の決断ができなかった結果、完成はしたものの損失は増すばかりでついに回収できなかったという事案である。
ましてJR北海道の場合、過度なスピード偏重の結果そのための車両整備にすら手が回らなくなっていたという完全な自転車操業状態(国からの補助金頼みなので、厳密には操業すらできていない)に陥っており、自社ですら早晩キハ285系を持て余す事になるのは明白であった。
ならば、これ以上妙な気を起こさないよう跡形も無く消し去ってしまうというのは、そうおかしな決断でもない。「25億円をドブに捨てた」のではなく、むしろ「ドブに向かって流れていた金を、25億円目にしてようやく堰止められた」英断と評価すべきではないだろうか。
関連タグ
キハ281系 キハ283系:先々代の特急形気動車。酷使と整備水準の低下で状態が悪化しており、まとめてキハ261系への置き換えが決まった。
キハ261系:先代の特急形気動車。元々汎用型として先々代より控えめな性能にしていたが、それすらも扱いきれなくなり、製造途中でさらに簡略化する設計変更を行っている。