概要
ギリシャ神話やヘロドトスの「歴史」に登場するスパルタ王妃。
女神を除けば地上で最も美しい女であり、その美しさと神々の思惑のために様々な悲劇の原因となる。
ヘレネーの遍歴
白鳥の卵
ヘレネーはスパルタ王のテュンダレオスとスパルタ王妃レダの子供として生まれた。
しかし、レダが妊娠中の時に大神ゼウスが彼女を見初め、白鳥に変身して交わったしたことでレダは二つの卵を産み落とした。
一方の卵からは二人の男の赤ん坊、もう一方の卵からは二人の女の赤ん坊が生まれた。
伝承によって説が異なるが、一般的にこの四人の子供たちは、兄のカストルと姉のクリュタイムネストラはテュンダレオスの子であるため死ぬ運命にある人間、弟のポリュデケウスと妹のヘレネーはゼウスの子であるため不死性を持ち合わせた半神である。
カストルとポリュデケウスは双子座の伝承で知られる。
伝承にもよるが、ゼウスが数多の人間との間に半神の男子、ペルセウスやヘラクレスのような英雄たちを地上に生み出している中、ヘレネーはゼウスの血を引く唯一の半神の娘である。
スパルタの王位
ヘレネーの生まれたスパルタはミケーネ文明時代の国であり、同名の古典ギリシャ時代のスパルタとは別の国である。
王女として育てられていたヘレネーであるが、子供の頃からその美しさはギリシャ中の話題となっており、わずか10歳、又は12歳の時にアテネ王テセウスに誘拐されて国際紛争の原因となった程である。
この時、同い年の兄弟、カストルとポリュデケウスがヘレネを取り返した。
彼女が結婚適齢期に達した時、兄弟であるカストルが戦死し、ポリュデケウスが自身の不死を兄に分け与えて二人揃って星座になってしまっていたために次代のスパルタ王がいなくなってしまった。
加えて姉のクリュタイムネストラがミケーネ王のアガメムノンに無理やり嫁入りさせられた、と言う事情が重なり、彼女の戸籍上の父であるスパルタ王テュンダレオスはヘレネーの夫を婿養子として王太子に立てる事を宣言する。
ギリシャ一と名高い美姫と富裕国スパルタの王座が同時に手に入るという事で、ギリシャ中の結婚適齢期の男性が揃って立候補して収拾がつかない事態に発展した為、立候補者の一人であるオデュッセウスの提案で「誰が選ばれても落選者は文句を言わない。ヘレネーが今回選ばれた男以外に略奪された際には落選者は全力で奪還に協力する」というルールを決めてヘレネーに選ばせる事になった。
その結果、ミケーネ王子メネラオス(アガメムノンの弟)が選ばれ、ヘレネーの婿とスパルタの王太子の座を射止めた。
余談だが、オデュッセウスはこの功労でヘレネーの従妹(※テュンダレオスの弟、イカリオスの娘なのでゼウスの娘であるヘレネーとは厳密にいえば従妹ではない)に当たる美女ペーネロペーを妻に貰い受けている。
トロイア戦争
人間の父、テュンダレオスの死後、夫がスパルタ王位を継承し、長女ヘルミオネーも生まれていたヘレネーであるが、世界一の美女と言う事でまたもやトラブルの種になってしまう。
「最も美しい女神に贈られた黄金の林檎」を巡って諍いを起していたヘラ、アテナ、アフロディーテに手を焼いたゼウスは審判役をトロイア王子パリスに丸投げする。
ヘラは「地中海世界の覇権」、アテナは「戦場における常勝」、アフロディーテは「世界一の美女」を賄賂としてパリスに提示。
権力や武力の魅力を知らない若いパリスは「世界一の美女」に目がくらみ、アフロディーテに黄金の林檎を渡してしまう。
アフロディーテはパリスをトロイアの親善大使としてスパルタに渡る手筈を整え、パリスは接待に出たヘレネーを誘惑、アフロディーテの力でメロメロになったヘレネーとスパルタ王家の家宝を根こそぎ奪ってスパルタから逃げ出す。
婿養子の面子丸潰れとなったメネラオスは実家のミケーネに応援を求めると同時に、嘗ての求婚者たちも招集。
既にペネロペと結婚していた為ヘレネー奪還に乗り気でないオデュッセウスも無理矢理引きずり出され、ミケーネを主力とする一大連合軍がダーダネルス海峡を越えてトロイアに攻め込んだ。
ヘレネーのその後
ここからのヘレネーの運命はホメロスの説とヘロドトスの説で全く分れる。
ホメロス説
ホメロスの説においてはトロイア太子ヘクトルと王女カッサンドラの2人はヘレネーとスパルタ王室の家宝を即座に返還して謝罪するよう主張するも、トロイア王プリアモスはヘレネーを受け入れる決定を下し、ミケーネを中心とする連合軍とトロイアを中心とする小アジアのギリシャ系都市国家群同盟との全面戦争に突入してしまう。
10年にも渡る戦争の結果、トロイアは滅亡し、辛うじて血路を開いて逃げ延びたアフロディーテの息子アイネイアース率いる一部の住民を残して、トロイアの住民は全員殺害か奴隷化の二者択一を迫られる事になった。
騒動の原因となったヘレネーはメネラオスが未練を残していた事から、命は助かるがトロイア落城の際のあまりの残虐行為に憤激したポセイドン(それまでは一応ミケーネ側に付いていた)の起した嵐によって航路を外れ、8年がかりでスパルタに帰国する羽目になってしまう。
また帰国後も姉のクリュタイムネストラの息子、甥のオレステスに「父アガメムノンを10年に及ぶ戦争に連れ出し、家族崩壊の原因を作った不義の女」として殺害されるパターンも存在する。
ストーリーとしては面白いので、文学や劇の台本等には此方の説が多く採用されている。
ヘロドトス説
ヘロドトスの説ではそもそもヘレネーはトロイアに到達すらしていない。
スパルタからまんまと逃げおおせたパリス一行であったが、トロイアへの帰国途中に嵐に遭遇してエジプトに漂着してしまう。
ここでパリスの従者が主人を裏切り、パリスのヘレネー誘拐を暴露。
パリス一行はエジプトの官憲に逮捕されてしまう。
当時のエジプトには「漂着者は丁重に保護する」との規則があった事からパリス一行は命だけは助けられたものの、ヘレネーとスパルタ王室の家宝はエジプト政府に差し押さえられた上で、国外追放の判決が下された。
事態を知らされたトロイア王プリアモスは事情を説明する特使を幾度もメネラオスに送ったものの、面子を潰されたメネラオスはこれを黙殺。
トロイアが落城し、城内からヘレネーの姿も痕跡も発見されず、生き残った捕虜もプリアモスの言い分を繰り返すだけであった事から漸くメネラオスはエジプトを来訪。
エジプトのファラオから歓待を受け、丁重に扱われていたヘレネーと厳重に保管されていた家宝の返還を受けた。
しかし、帰国を焦るメネラオスが現地民の子供を誘拐して航海安全の生贄にした事が発覚した為、あわてて出航したスパルタ王一行は航路を間違えてリビアに流されてしまい8年がかりで帰国する羽目になってしまった。