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ライオネル・モートン

らいおねるもーとん

田中芳樹の小説『銀河英雄伝説』の登場人物。 自由惑星同盟軍・第14艦隊司令。
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概要

自由惑星同盟軍に属する艦隊司令官のひとり。
第9艦隊の副司令官を務めていたが、アムリッツア星域会戦で同盟軍が惨敗を喫したのち、独立艦隊を指揮、帝国軍の同盟侵攻にあたって中将に昇進、新設の第14艦隊司令官に任じられた。

同盟軍の帝国領侵攻

宇宙歴796年、ヤン・ウェンリー少将率いる第13艦隊が難攻不落で知られたイゼルローン要塞をほぼ無血で陥落させて以降、好戦的な姿勢を見せる同盟政府は「帝国の圧政から帝国国民を救うために進攻する」というアンドリュー・フォーク准将の作戦案を採用、これに第3、第5、第7、第8、第9、第10、第12、第13各艦隊が参加することとなった。
この折にモートンは第9艦隊副司令官の少将であった。

この軍事的脅威に帝国軍宇宙艦隊司令長官・ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は焦土作戦を敢行、物資の補給を受けることのできない同盟軍各艦隊にフォーク准将は「物資の現地調達(=略奪)」を指示、同盟軍の士気は下がり、指揮系統は混乱を極めた。

この機を待っていたラインハルトは麾下の艦隊を動かし同盟軍を急襲。第9艦隊もウォルフガング・ミッターマイヤー中将率いる艦隊の追撃を受けて第9艦隊司令官・アル・サレム中将は負傷、モートンは逃走行の指揮権をゆだねられた。
指揮官の負傷で艦隊が混乱するなか指揮権を引き継ぎ、軍事行動でも最も困難な撤退戦を帝国軍の双璧であるミッタマイヤーの追撃を受けながらも為し遂げた事はモートンの有能さを表したと言える。

アムリッツア星域会戦の敗戦、

敗走を重ねた同盟軍はアムリッツア星域に集結、最後の抵抗を試みるが、帝国軍の猛攻を支えきれずに大敗、出征した3000万の将兵のうち2000万もの死者・行方不明を出す惨状となった。
この戦役において同盟軍宇宙艦隊はほぼ壊滅、再編成された宇宙艦隊に残されたのはパエッタ中将率いる第1艦隊、ルグランジュ中将率いる第11艦隊、ヤン・ウェンリー大将率いるイゼルローン駐留艦隊、そしてサンドル・アラルコン少将、ラルフ・カールセン少将等の少将・准将クラスの指揮官が率いる2000~600隻ほどの独立部隊がいくつかある程度だった。
モートンも第9艦隊副司令官から、少将としてこれらの独立艦隊の一艦隊の司令官となっている。

救国軍事会議によるクーデター

宇宙歴797年、同盟では救国軍事会議によるクーデターを起きるが、同じころ、帝国ではリッテンハイム・ローエングラム枢軸に対抗する貴族が暴発、双方において内乱が勃発する。
救国軍事会議が起こしたクーデターに第11艦隊が加担するが、「軍事政権は民主主義をないがしろにすることの害がより大きい」とヤン・ウェンリーが判断、第11艦隊を破りクーデターを鎮圧するが、救国軍事会議内においてクーデター計画を立てたのが銀河帝国宇宙艦隊司令長官・ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥であったことが発覚、計画書は彼らによって焼却された。

「ヤン・ウェンリー査問会」そしてガイエスブルグ要塞来寇

宇宙歴798年、自由惑星同盟・最高評議会議長・ヨブ・トリューニヒトはクーデター鎮圧前にヤンが「国家の興廃など、個人の自由と権利にくらべれば、とるにたりない」と将兵に語ったことを問題視、ヤンの権威失墜を図ったが、カール・グスタフ・ケンプナイトハルト・ミュラー両大将率いる大艦隊がガイエスブルグ要塞とともに来襲、「要塞対要塞」という未曽有の国難が現実のものとなった。

予想もしなかった国難に「ヤン・ウェンリー査問会」は中止、第1艦隊の出動は認められなかったが独立部隊の複数の小艦隊を纏めてヤンはイゼルローン要塞に向かう。
この折にモートンも艦隊を率いてヤンに同行している。
この戦いでは帝国軍を破ったが、引き際をわきまえず、追撃の手を緩めなかったアラルコン、グェン・バン・ヒューの艦隊は救援に現れたロイエンタール、ミッターマイヤー率いる艦隊の前に惨敗、両名は戦死した。

「銀河帝国正統政府」樹立

宇宙歴798年、銀河帝国皇帝・エルウィン・ヨーゼフ2世が自由惑星同盟に亡命したことを受けて、自由惑星同盟・最高評議会議長・ヨブ・トリューニヒトは「銀河帝国正統政府」が惑星・ハイネセンにおいて樹立したことを表明。

ラグナロック(神々の黄昏)作戦発動

トリューニヒトの演説に対し、帝国宰相・ラインハルト・フォン・ローエングラムは「皇帝を誘拐した銀河帝国正統政府と彼らをかくまった同盟を糾弾、軍事行動を起こすことで罰を与える」を宣言し、両国の軍事衝突は避けられないものとなった。

ランテマリオ会戦

帝国軍侵攻前夜、同盟政府・軍事委員長・アイランズ、同盟軍宇宙艦隊司令長官・アレクサンドル・ビュコック元帥はヤン・ウェンリー元帥が戦意にはやるラインハルトをおびき寄せるため麾下の艦隊を同盟領を自由に航行して帝国軍を各個撃破する作戦を認める一方、第14、第15艦隊を新設。この時、モートンはカールセン少将と共に中将に昇進し、第14艦隊司令官に任命され念願を果たし、第1艦隊、第15艦隊とともにビュコック元帥の指揮のもとラインハルト率いる帝国軍を迎え撃つため出撃。
ランテマリオにおいて両軍は激突する。相手は三倍以上の数を誇り、同盟軍はもとより寄せ集めの弱兵で組織されていたが、歴戦のビュコック元帥、パエッタ中将、カールセン中将らは負けない戦いに徹して善戦。ラインハルトが切り札たるフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大将の黒色槍騎兵艦隊を投入するまで互角に戦い続けた。
この戦いでモートンも艦隊の左翼に布陣して僚将と共に奮戦し、デュドネイ分艦隊を粉砕したアウグスト・ザムエル・ワーレン大将による艦隊に楔を打ち込もうとする攻撃を出血を強いられながらも阻止している。

バーミリオン会戦

ランテマリオ会戦は帝国軍の勝利に終わったが、同盟軍も損害を被ったが首脳部は一人の死者を出すこともなく秩序を保ったまま撤退、そんななかにあってモートンもカールセン中将と共に残存艦隊を再編成してヤン艦隊に合流、指揮下に入った。

一方、ヤン・ウェンリーの戦略を読んだラインハルトはあえて部下の艦隊を遠ざけ、直属の艦隊のみで戦うことを決意、ヤンの誘いに乗った。
バーミリオンにおいて、猛将タイプではないヤンが力押しでラインハルトを圧倒、ラインハルトはヤンの猛攻を受け流す、本来の持ち味を互いが駆使しているかのように戦いは始まった。
その後の戦いもヤンが主導する。ラインハルト直属の提督たちが彼の戦略構想を理解できない二流の指揮官であるのに対し、ヤン艦隊の幹部たちはヤンの戦略構想に忠実に動くことのできる指揮官だけが集められていたのがラインハルトの敗因となった。
ヤンの艦隊に包囲され戦線が崩れゆくなか、敗北を悟ったラインハルトに首席副官・シュトライト少将が脱出を促すが、ラインハルトはそれを拒否、その時、ミュラー大将率いる帝国軍艦隊が救援に現れ、帝国軍は窮地を脱し戦線は再び膠着するかに思われた。

この時モートンは包囲網をこじ開けようとするミュラー艦隊の矢面に立つ事となり、その激烈な攻撃の前に短時間で六割弱の損失を受け、モートン自身も戦死したが、膠着した戦線は全体的に同盟軍が押していた。勝利を確信しつつもヤンはラインハルトを討つことをためらう。帝国の独裁者ではあるものの、ラインハルトが開明的な改革を進める、帝国にとって必要な人物であるとわかっているからであった。

帝国軍総旗艦・ブリュンヒルデを目の前ににして勝利を確信した同盟軍は、しかし、首都・ハイネセンからもたらされた休戦命令に戸惑う。
聞けば、帝国軍ミッターマイヤー艦隊、ロイエンタール艦隊が惑星・ハイネセンに来襲、降伏を要求し、評議会議長・トリューニヒトも要求を受け入れたという。
ヤンの幕僚たちは命令を無視するよう主張したが、ラインハルトを討つことをためらっていたヤンも命令を受け入れ、休戦は成立した。

その後「バーラトの和約」が結ばれ、自由惑星同盟は一時的に帝国の支配下に置かれる。
しかし、高等弁務官に就任したレンネンカンプ上級大将がヤン・ウェンリーの一党に拉致されたのちに自殺、帝国はこれを口実として同盟に再侵攻、宇宙歴800年2月、同盟は滅亡した。

モートンの人物評価

第9艦隊の全面崩壊を防ぎ、困難な撤退戦を指揮した粘り強い用兵には高い評価が与えられており、人格的にも問題のない人物としてヤン・ウェンリーにも信頼されていた。
また、士官学校を出ておらず、たたき上げの人物であったため出世が遅かったとも評されているが、同じような経歴をたどったビュコック提督が70歳にしてようやく艦隊司令官に就任したのに比べると出世は早く、軍上層部には実力が認められていたと思われる。(もっともアムリッツアで困難な撤退戦を成し遂げながら階級は少将のままで、次に与えられたポストも二千余りの小艦隊司令官であり、中将に昇進しての第14艦隊司令官就任も帝国軍の侵攻という状況に、急遽設立された艦隊の司令官になる者が他にいないからという異例の事態で、その侵攻がなければ昇進も艦隊司令官就任もあったかは疑問であり、やはり冷遇されていたとも捉えられる)
ただ本人が士官学校出でない事を意識している事が組織の中ではやりづらかったものと思われる。

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田中芳樹 銀河英雄伝説 自由惑星同盟

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