「行ってきます」
概要
九州の静かな港町に暮らしている、17歳の女子高生。
長い黒髪をポニーテールにまとめた活発な印象の少女で、町はずれの坂の上にある家に叔母の岩戸環とふたりで住んでいる。
ある日の朝、旅の青年である宗像草太と運命的な出会いをした鈴芽は、この世の裏側に通じる不思議な扉「後ろ戸」や、そこから現れる災いを封じる「閉じ師」の存在を知る。そして、自身の前に現れた謎の猫・ダイジンが草太を椅子の姿に変えてしまったことをきっかけとして、鈴芽は草太とともに日本各地の後ろ戸を閉める「戸締まりの旅」に出ることになる。
人物
容姿
肩下まで届く長い黒髪を高い位置でくくってポニーテールに仕立て上げた、活発な印象を振りまく少女。ヘアピンで留めた前髪の下の大きな瞳やさっぱりとした顔立ちからは、彼女自身の元来の性質である意志の強さを感じ取ることができる。(『すずめの戸締まり』映画公式パンフレット、22ページ)
身長は155cm(『アニメジャパン2023』にて展示された全登場人物の身長比較パネル)。クラスメイトの絢やマミたちと同程度の背丈であるほか、愛媛で出会った海部千果よりも少しだけ抜きん出ている。
地元の高校に通う際には、胸元に赤いリボンを結んだ白シャツに深緑色のキュロットスカート、紺色の靴下にローファーという制服姿に身を包んでいる。また、旅の途中で親しくなった千果から私服を譲られた際には、デニムジャケットと白いTシャツ、ベージュのショートパンツという出で立ちになっており、髪もひと房の三つ編みにまとめて片方の肩から前に垂らしている。
性格
好奇心を織り交ぜた楽観的な明るさと、衝動や使命感に基づいた強い意志のもとに、臆(おく)することなく自身の道を切り開いていく行動力の持ち主。
普段は面倒ごとを先送りにしたり、分が悪い問いかけに対して曖昧な受け答えではぐらかそうとするなどの気楽な振る舞いが目立つものの(小説版、56ページ、93ページ)、誰かが人知れず懸命にもがく姿を目の当たりにしたり、自身が不条理な境遇に立たされてしまった際には、優しさや腹立たしさといった想いの強さによって自身を奮い立たせ、決然と前を向いて駆け出すことを常としている。
また、自身の好奇心や意志に基づく勢いは強いものの、逆に他者からの予想外のアプローチに対しては不慣れなところがあり、優柔不断になったり後手に回って振り回されるような一面も見せている。
なお、鈴芽の声を演じた原菜乃華は、目の前のことだけに必死になって後先考えずに突っ走ってしまったり、衝動で動かずにいられないような鈴芽の熱くまっすぐな一面に際して「思春期や青春という感じがする」というような好感を覚えている。(『すずめの戸締まり』映画公式パンフレット、7ページ)
生活環境
宮崎県の静かな港町のはずれに建てられている一軒家に、叔母の岩戸環とふたりで暮らしている。叔母の環は漁業協同組合の仕事で遅くまで帰らないこともしばしばあり、鈴芽もそのような暮らしのなかで「うち、放任主義ですから」というような感覚を覚えるようになっている。
町の中心部にある高校には自転車に乗って通っており、毎日海の見える坂道を通りながら登下校している。学校では絢やマミといった数名のクラスメイトたちと良好な友達関係を築いており、一緒に昼食を食べながら笑い合うといった気兼ねないやりとりをしながら過ごしている。
その他
- 生年月日は2006年5月24日。2010年に彼女が4歳の誕生日を迎えたときには、母親である岩戸椿芽から手作りの椅子をプレゼントされており、その際の嬉しさを絵日記に書き記している。(小説版、216ページ)
- 看護師だった母親の影響を受ける形で応急手当てについての心得があり、草太の負った裂傷に対する一連の処置や気を失って倒れ込んだ環を介抱した際の対応などに、その手練れ具合を見てとることができる。また、自室の本棚には『いのちと看護』『白衣を着る仕事』といった看護に関する書籍がいくつかしまわれている。
- 鈴芽の部屋の本棚には看護に関する本以外にもいくつかの漫画や小説がそろえられており、『赤毛のアン』をはじめとする純文学から『ネモフィラ・エチュード』のような10代に人気のラブストーリー小説まで、彼女の好みがうかがい知れるラインナップとなっている。(『すずめの戸締まり』公式ビジュアルガイド、65ページ)
- 戸締まりの旅ではほとんど手ぶらの状態で家を出てしまったことから、金銭の支払いについては自身のスマートフォンを用いた電子決済に頼っている。作中では、フェリーのチケットや愛媛県での電車代、神戸市から東京へ向かう新幹線の切符などのさまざまな機会に活用している。(が、このことが決済履歴の閲覧によって環に現在地を特定される一因となった)
- 異性と付き合ったことは一度もなく、旅先で出会った千果と他愛もない話をするなかでも「彼氏なんていないってば!」などと答える一幕を見せている。
夢
幼いころの姿になった自分自身が、母親を探して星空の草原をさまよい歩き、その果てに白いワンピースをまとった美しい女性と巡り会うという内容の夢を繰り返し見ている。
夢のなかの世界には、雪の降る冬の深夜のぬかるみに始まり、そのなかにぽつんとたたずむ扉を通って星空の草原に足を踏み入れるというような長いストーリーがあり、日によって冒頭部分や中盤、クライマックスなどのさまざまな場面を体験している。鈴芽はその夢を見るなかで、母親に会えない不安や寂しさ、絶望感などを味わうとともに、クライマックスで巡り会う女性の暖かな優しさからくる安心感や心地よさも覚えている。
彼女は同じストーリーの夢を何度も見て、その展開や結末を知っているために、夢のなかにおいても「悲しいのに心地が好い。知らない場所なのに馴染みがある。居てはいけない場所なのに、いつまでも居たい」というような相反する感情の湧き立ちを実感している。(小説版、6ページ、62〜63ページ、143ページ)
主要キャラクターとの関係
宗像草太
日本全国を旅している「閉じ師」の青年。
鈴芽は草太のことを「草太さん」と呼んでおり、対する草太は「鈴芽さん」と呼んでいる。
ある日の朝、登校中に偶然草太とすれ違った鈴芽は、彼の美しい容貌に惹かれてしばしのあいだ見とれるとともに、そのような彼のことを以前どこかで目にしたような思いを呼び起こしている(小説版、15ページ、17〜18ページ)。廃墟の在処を尋ねた彼と別れたあともその感情がぬぐえない鈴芽は、自身の思いに駆られるまま彼を追いかけるものの、彼を見つけ出せなかったことから、ばからしさと恥ずかしさを覚えて取りやめている。
しかし、そののち高校の教室の窓から災いが立ち昇る様子を見てしまった鈴芽は、急いで廃墟に駆け戻った際に災いを食い止めようと奮闘する草太の姿を目にする。鈴芽は傷を負いながらもたったひとりで立ち向かおうとする草太の姿を前にして居ても立ってもいられなくなり、「閉じなきゃいけないんでしょ、ここ!」と彼のもとに飛び込んで災いを封じる力添えをしている。
傷を負った草太を引き留めて自宅に招き、彼を手当てした鈴芽は、そのお礼として初めて彼から名前を告げられる。そののち、ダイジンの登場によって草太がいきなり椅子の姿に変えられてしまったことで、鈴芽は彼が人間の姿に戻るのを手伝うために彼とともに旅に出ることになる。
草太と一緒に旅をするなかで、鈴芽は日本各地に開く後ろ戸を彼と協力して閉めており、そのたびに「私たちならやれる」というような背中を預けて立ち向かうことのできる心強さや「ねえ、私たちって凄くない?」といった誇らしげな達成感を分かち合っている。また、鈴芽は何でもひとりで解決しようとするくせに隙の多い草太のことを心配してやきもきしたり、さらりとクールに振る舞う彼の態度が気に食わずに不毛なやり取りを繰り広げるなど、賑やかな交わりも見せている。
ときには、旅先で千果から教えてもらった「寝起きの悪い異性を起こすにはキスをするのが一番」という小技をドキドキしながら実際に草太に試してみたり、彼が暮らしているアパートの近くの女性たちが草太のことをちやほやしているのを見てやきもちを妬(や)いたりするなど、年相応の少女らしい純真な想いも向けている。
ダイジン
人間の言葉を話す謎の白い猫。
鈴芽はダイジンのことを「ダイジン」「あんた」と呼んでおり、対するダイジンは「すずめ」と呼んでいる。
鈴芽が草太を追いかけて古い温泉街の廃墟を訪れた際に、後ろ戸のそばに埋められていた石像を引き抜いたのが、彼女とダイジンが出会うきっかけとなっている(なお、鈴芽は石像が猫の姿になった際に驚きのあまりその場から逃げ出している)。
その後ろ戸から噴き出た災いを封じ込めたのち、鈴芽は自宅の部屋のなかでダイジンと初めて対面する。鈴芽は当初、ダイジンの痩せこけたみずぼらしい姿をかわいそうに思ってご飯を差し出し、それを平らげるけなげな姿に「ね、うちの子になる?」とときめいていたものの、ダイジンがいきなり人間の言葉を話し、さらにはその場にいた草太を椅子の姿に変えてしまったことを受けて、強い衝撃のもとに困惑してしまう。
逃げ出したダイジンを追って乗り込んだフェリーのなかで、鈴芽は草太からダイジンの正体が日本の災いを封じる要石であることと、草太を元の姿に戻すにはダイジンを捕まえる必要があることを語られる。鈴芽はさっそくSNSの情報を頼りにしてダイジンの足取りを追うものの、決定的に追い詰めることはできず、逆に各地で開く後ろ戸とともに現れるダイジンに翻弄されている。鈴芽はそんなダイジンに対して「……あいつが扉を開けたの?」という得体の知れなさや、「こいつ一体なにがしたいのよ!」と気まぐれな振る舞いへの腹立たしさを感じるようになっている。
岩戸環
鈴芽と一緒に暮らしている彼女の叔母。
鈴芽は環のことを「環さん」と呼んでおり、対する環は「鈴芽」と呼んでいる。
鈴芽が幼いころから宮崎の一軒家にふたりで暮らしており、手の込んだお手製の弁当やこまめな安否確認といったさまざまな形の愛情を日々注がれている。
鈴芽は環の美しさや涙もろさといった彼女の人となりに親しみや好感を覚えつつも(小説版、99ページ)、叔母という間柄からどこか一線を引いたような距離感も意識しており、「 いいよいいよー、ごゆっくり! たまには楽しんでおいでよ!」というような日常会話にもその距離感を見て取ることができる。とりわけ、環から向けられている愛情の重さについては「いいかげん子離れしてほしいよ!」などとげんなりした思いを抱いており、地雷だらけのような噛み合わなさを実感している。(小説版、125ページ)
その一方で、鈴芽は環が自身の人生を顧みずにこれまで育ててくれたことに対しても思いを致しており、「もしかしたら、私が叔母さんの大事な時間を奪っちゃってるんじゃないか」という思い当たりを口にする一幕も登場している。
岡部稔
鈴芽の地元の漁業協同組合で働いている男性。
鈴芽は稔のことを「稔さん」と呼んでおり、対する稔は「鈴芽ちゃん」と呼んでいる。
勤め先の同僚である環に何年も前から見え見えの片想いを抱いている稔のことを、鈴芽は「冴えなくて報われないおじさん」と認識するとともに、「あんげな美人ににらまれるとゾクゾクするくらい怖いっちゃわ」と嬉しそうに語る彼の様子に対しても「ちょっとやばい」と引いている。しかしながら、どんな時でも環の幸せを一心に願っているという彼の人柄もあわせて知っていることから、ささやかな応援の気持ちも寄せている。(小説版、50ページ、127〜128ページ)
海部千果
鈴芽が旅の途中で出会う、愛媛に暮らす元気な少女。
鈴芽は千果のことを「千果」と呼んでおり、対する千果は「鈴芽」と呼んでいる。
鈴芽が愛媛県でダイジンを探すなかで、偶然そばを通り越した千果が坂道の上で大量のみかんを落としてしまい、それを鈴芽がネットを広げて受け止めたことがふたりが出会ったきっかけとなっている。千果から感謝された鈴芽は、そのまま彼女としばしのあいだ語らうものの、近くで後ろ戸が開いてしまったために急いでその場を切り上げている。
あとを追いかけてきた千果の原付バイクに乗せてもらい、戸締まりを間に合わせることに成功した鈴芽は、帰らずに待ってくれていた千香に連れられて彼女の家族が経営する民宿に泊めてもらうことになる。鈴芽はそこで、温かな食事やお風呂を堪能するのみならず、千果との賑やかで親密なひとときも過ごしている。
鈴芽は千果との交わりを通して、同世代ならではの親しみや気安さを覚えるとともに、どこまでも自然で見返りを求めない彼女の親切に胸の奥が熱くなるような嬉しさを実感している(小説版、77ページ、96〜97ページ、102ページ)。また、彼女と別れて旅を続けていくなかでも、ふとしたときに漂う柑橘の香りに「あ、千果の匂いだ」と切なくなるなど、彼女との思い出を特別なものとして心に留めている様子を見て取ることもできる。(小説版、108ページ)
二ノ宮ルミ
鈴芽が旅の途中で出会う、神戸のスナックのママ。
鈴芽はルミのことを「ルミさん」と呼んでおり、対するルミは「鈴芽ちゃん」と呼んでいる。
神戸を目指すためのヒッチハイクが上手くいかず、廃線になったバス停で雨宿りをしていた鈴芽を車で拾い上げてくれたのがふたりが出会ったきっかけとなっており、鈴芽はルミの車に乗せられて兵庫県まで移動することになる。鈴芽はルミの自宅を兼ねたスナックで、彼女の子供たちの面倒を見たりスナックの手伝いをしたりと目が回るような忙しさに見舞われるものの、スナックの営業を手伝うなかで店内にダイジンを見つけたことから、断りもなく勝手に店を飛び出してしまう。
ダイジンを追いかけた先で見つけた後ろ戸を閉めた鈴芽は、深夜にルミのスナックに戻り、心配していた彼女からさんざん問い詰められる。しかし、そののち鈴芽がお腹を空かせていることに気づいたルミが料理を作ることを提案したことで、鈴芽はルミと彼女のスナックの店員であるミキとともにホームパーティーを開き、3人で大いに盛り上がることになる。
鈴芽はルミとの関わりを通して、子供と接することの大変さや大人たちの社交場のルールと面白さなどを身をもって体験するとともに(小説版、121ページ、130〜132ページ)、そのような世界で力強く生きるルミのたくましさを知り、そんな彼女と笑い合うひとときを過ごせたことに浮き上がるくらいの誇らしい気持ちを覚えている。(小説版、153〜154ページ)
芹澤朋也
鈴芽が旅の途中で出会う、草太の親友の大学生。
鈴芽は芹澤のことを「芹澤さん」と呼んでおり、対する芹澤は「鈴芽ちゃん」と呼んでいる。
東京都内にある草太のアパートを訪れた折に、彼が帰ってきたことに気づいた芹澤が草太の部屋までやってきたことが、ふたりが出会ったきっかけとなっている。鈴芽は芹澤に対して草太の従姉妹と名乗ることで彼からの信頼を得ることに成功し、彼の口から草太の秘密を明かされている。
その翌日、草太の祖父である宗像羊朗から常世に入るための特別な後ろ戸を探しに行くように教えられた鈴芽は、御茶ノ水駅の前で自身のことを探していた芹澤と再会し、その際に彼の車で自身の故郷にある特別な後ろ戸まで連れて行ってもらうように頼んでいる。
鈴芽は芹澤とともに自身の故郷を目指すなかで、彼なりに場を盛り上げよう流した歌謡曲や、それらの不評をものともしないメンタリティを「余計なお世話」などと感じていたものの(小説版、292〜293ページ)、同時に彼の草太に対する親友としての熱い想いの一端も垣間見ている。
岩戸椿芽
鈴芽が幼いころに一緒に暮らしていた母親。
鈴芽は椿芽のことを「おかあさん」と呼んでおり、対する椿芽は「鈴芽」と呼んでいる。
自身の父親のことは知らず、生まれたころから母親の椿芽とふたりで暮らしていた鈴芽は、椿芽が仕事の合間に構ってくれるたびにいつも全力で甘えていた。鈴芽にとっての椿芽は、運転も料理も工作も何でも上手にできて、いつも自身のことを愛してくれた自慢の母親であり、17歳になった現在においても、彼女と過ごした日々はかけがえのない大切な思い出として胸の内に鮮明に刻まれている。
関連イラスト
制服姿
デニムジャケット&キュロットパンツ姿
幼少期
関連タグ
宗像草太 - 日本各地を旅する閉じ師の青年。偶然出会った鈴芽に扉のある廃墟の場所を尋ねている。
ダイジン - 人間の言葉を話す謎の白い猫。あるとき鈴芽の前に突然姿を現す。
岩戸環 - 鈴芽と一緒に暮らしている彼女の叔母。
岡部稔 - 鈴芽の地元の漁業協同組合に勤めている男性。
海部千果 - 鈴芽が旅の途中で出会う、愛媛に暮らす元気な少女。
二ノ宮ルミ - 鈴芽が旅の途中で出会う、神戸のスナックのママ。
芹澤朋也 - 鈴芽が旅の途中で出会う、草太の親友の大学生。
岩戸椿芽 - 鈴芽がかつて一緒に暮らしていた彼女の母親。
小すずめ - 幼少期の鈴芽。
草鈴 - 宗像草太とのカップリング(コンビ)タグ。
アメノウズメ - 日本神話に登場する女神。鈴芽の名前の由来のひとつとして名前が挙げられている。
外部リンク
参考文献
- 新海誠『小説 すずめの戸締まり』 角川文庫 2022年8月24日発行 ISBN 978-4-04-112679-0
- パンフレット 映画『すずめの戸締まり』 東宝 2022年11月11日発行
- 新海誠監督作品 すずめの戸締まり 公式ビジュアルガイド KADOKAWA 2023年1月16日発行 ISBN 978-4-04-113229-6
経歴
はじめに
本項目は、作品の核心に深く関わる内容を掲載しています。
作品を鑑賞された方、もしくはネタバレに自己責任を持てる方による閲覧を推奨します。
幼少期
東北地方の岩手県にある港町に生まれた鈴芽は、母親の岩戸椿芽の手によって大切に育てられてきた。
鈴芽の家は元から母子家庭であり、生まれたころから父親を知らなかった彼女はそれを寂しいと思ったことは一度もなかった(小説版、308ページ)。母親と二人暮らしをしていた幼い鈴芽は、母親の仕事場を訪れて窓をノックしたり、外で遊びまわったあとに母親が作ってくれたおやつを食べたり、日々忙しい母親のためにご飯を作ろうとするなど、愛する母親と過ごす日々に幸せを実感していた。あわせて、鈴芽はそれらの幸せな気持ちを絵日記に書き記すことを常としており、そのころに書いたページにははみ出さんばかりのカラフルなクレヨンの絵と率直な文字たちが残されている。(小説版、214ページ、306〜307ページ、310〜311ページ、絵本『すずめといす』)
しかし、そのような幸せな日々は、2011年の3月に東日本全域を襲った未曾有の大震災によって一変してしまうことになる。
地震とそれに伴う津波が起こったその日、保育園にいた鈴芽は園の先生に連れられて近くの小学校まで避難することができたものの、病院で働いていた彼女の母親はそれ以来帰ってこなかった。鈴芽は避難所での生活をするなかで、母親を探すために毎日暗くなるまで瓦礫の町をさまようとともに、道ゆく人に母親の居場所を尋ねて回っている。しかし、鈴芽はそのような日々を何日重ねても母親と会うことはできず、「今日もおかあさんに会えませんでした」と絵日記に書かなければならない現実をなかったことにするために、絵日記のページの白い部分が見えなくなるまで黒のクレヨンで塗りつぶす日々を送っていた。(小説版、311〜312ページ)
そのような日々が続いたある日、九州から叔母の環が鈴芽を引き取りにやってくる。鈴芽は環と一緒に九州で暮らすことにうなずくものの、結局母親を諦めることはできず、その日の夜に環に黙って雪の降るなかを母親を探しに出ていってしまう。そうして雪とぬかるみのなかをさまよっていた鈴芽は、ぽつんと残された電波塔のふもとに古びた不思議な扉が立っているのを目にし、吸い込まれるようにその扉の向こうへと足を踏み入れている。
扉の向こう側の世界で不思議な体験をし、同時に母親から作ってもらった自身の椅子を見つけることができた鈴芽は、元の世界に戻った際に運よく環に保護され、彼女の「鈴芽、うちの子になりんさい」という言葉によって東北を去る決意を固めている(小説版、286ページ)。そして、鈴芽は扉の向こう側での不思議な体験を絵日記に書き記すとともに、その絵日記やこまごまとした自身の宝物たちを「すずめのだいじ」と書いたクッキー缶に封印して自身の家の跡地に埋め、環とともに九州に発っている。(小説版、309〜310ページ、313ページ)
現在
幼少期に経験した辛い出来事を通して、大切な人を失ったことによる深い絶望や喪失感、窒息するような大きな悲しみなどを抱えたまま生きてきた鈴芽は、「生きるか死ぬかなんてただの運なんだ」という諦めと覚悟がないまぜになった死生観を持つに至っており、死と隣り合わせの状況に身を置くなかでも「怖くない!」ときっぱりと言い切るような無鉄砲さを見せている。また、勝手で一方的、そして理不尽な運命の巡り合わせに直面しても、決してこれらに屈したりはせず、「馬鹿にするな」という燃えるような腹立ちのもとに真正面から受けて立つようになっている。(小説版、248ページ、326〜327ページ、『CUT』No.451 2022年12月号、70ページ)