徳尾徳道
とくのおとくみち
「兵の勝敗は人にありて器にあらず。頼山陽。」
「ケンガンオメガ」の登場キャラクター。通称は『二徳』(名前に"徳"の字が2つあるから)で、自身も『尾道二徳』というペンネームを名乗っている。
無精髭を生やして明治時代の文豪のような格好をしており、実際小説家として大成することを夢見て部屋に籠る生活を送っている。時々小さな丸眼鏡もしており、ハッキリ言ってオタクの雰囲気を醸し出している。
そんな風采の上がらない姿と初登場時の「また来てしまった」という中二病を思わせる発言に、同じ"徳"の字を持つ(ネタ)キャラ・ハラトクこと原田徳次郎と、似た風貌で寝坊バックレド忘れナンパの適当男・初見泉がケンガンを愛する読者たちの脳裏をよぎり、「コイツ弱そうだ」と彼らのゴーストが囁きまくっていた。
しかし同じ"徳"でも、実は二徳は過去に『滅堂の牙』・加納アギトをあと一歩のところまで追い詰めたほどの強者であった(この闘いで負った怪我の回復が長引いたため、前作の拳願絶命トーナメントには登場していなかった)。
本作の登場戦でも、対戦相手の蛇形拳使いの幽崎無門の得意技『偽身』の正体を短い応酬で見破った上で、寝技で脚の関節を破壊して圧勝。おまけに小説家らしい、ウィットに富む決め台詞で締めた。
「これ以上は蛇足だよ」「皮肉な結末だ。『幽霊』が、足を壊されるなんてね」
読者の掌も、手首の壊れんばかりにグルングルンになったのは言うまでもない。
肝心の文筆業だが、山下一夫(詳しい仕事は不明だが元乃木出版勤務)や秋山楓、コスモの感想で、一般に寄せても売れないほど癖が強いらしく、字を覚えたばかりの臥王龍鬼が無邪気に「設定資料を読んでいるみたい」と酷評するレベルで退屈。二徳自身は幼少期からあらゆる本を貪るように読み、エリートの学歴を持つため知識豊富で、記事冒頭の通り会話の中で様々な著名人や小説の言葉を引用しまくっているが、恐らく彼の小説の退屈さはそうした頭でっかちな部分が災いしてしまっている(文学界の頂点に位置している先輩作家からは「一流がスタートラインとすればもう既にスタートラインから踏み出している」と文章の実力は高く評価されているが、売れない理由は文学を突き詰めようとしすぎたことによる人生経験不足であり、そのため「書を捨てたまえよ」というアドバイスをもらっている)。
文筆では稼げないくせに、金遣いの荒さも昔の文豪並。だから生活資金が尽きたら拳願仕合に出て稼ぐというわけで、彼にとってはむしろ格闘家の方が副業なのである。そのため闘技者としての経歴は長い割に仕合数は少ないが、どう調整しているのか、ブランクをものともせずアギト以外には全勝(8勝)を収めている。本人は拳願仕合は完全にアルバイト感覚で参戦しているが、仕事はきっちりこなさないと気が済まない性格なため、負けるのは嫌とのこと。
その実力の高さや派閥の問題も無いことなどから『煉獄』との交流戦における、拳願会チームの代表選手として選出されている。
過去
学生の頃から太宰治に憧れており、自身もまた文学の道に進むことを志していた。しかしそんな彼に与えられたのは「メロスの身体」と称するほどの恵体と運動能力だった。
二徳はこの望まぬ才能を「呪い」と称するほど忌み嫌っており、後述のサンボを始めた理由も自身の才能に対する「復讐」が根底に存在する。しかしアギトの戦いで敗れた後に虚しさを感じているなど心の奥底では気にするものがある様子であった。
二徳のバックボーン武術は、若かりし頃小説の勉強をするために留学したロシアで、10年に渡って修めたサンボ。闘技者としては遅咲きの方だがその実力は"絞殺王"今井コスモをしても「剛のサブミッションなら彼に敵う者はいない」と言わしめるほどである。
関節技以外に投げも強力。また打撃も技術的には拙いものの、高い馬力からくる圧力と威力は相当な物。
そして彼もっとも特筆する点は異常なまでの打たれ強さ。相手の動きを分析しつつ、小説家を夢見ていながら文才の代わりとばかりに与えられた、本人曰く「メロスの身体」の馬力とタフネスを活かし、「肉を切らせて骨を断つ」とばかりに強引に反撃に持ち込むのを得意としている。
知性的な普段の言動に反して"脳筋"と呼べるような彼の戦闘スタイルは、自身も「不器用な戦い方」と自覚している。しかし対戦相手には一見攻撃が効いていないように見える点で、相手に精神的なダメージを与えるのに一役買っている。
最初に名前が出たのは打吹黒狼と臥王龍鬼の対戦の際で、本来復帰戦として打吹の対戦相手で出る予定だったと明かされていた。
その後再度復帰戦として元「煉獄」のA級闘士である幽崎無門と対戦し、初めて読者に姿を見せた。
序盤は対等に立ち回り、幽崎が使う『偽身』に惑わされたものの二回目の『偽身』は完全に見切り膝十字で膝を破壊し勝利を手にした。
本人は煉獄との対抗戦には出るつもりはなかったものの、新作を書くために熱海の旅館で缶詰になっていたが、わずか1ヶ月でファイトマネーが尽きたため山下に助けを求めて対抗戦に出ることを決意。試合では第10試合で劉東成と対戦することとなった。
序盤は自身のタフネスを武器に発勁を食らいながらも攻撃を加えていき、攻撃が効いていない(ように見える)様子で心を折らせかけるも劉がナイダンとの記憶を糧に持ち直し、二起脚や貼山靠などギアを全開にした攻撃で窮地に陥る。意識が朦朧とする中で本能的に腕ひしぎ十字固めに持ち込むも、劉が技をかけられている右腕を折りながらも発勁を打ったため決定打には至らず解除した。
そして戦いの中で「文学と距離を置き、自由になることも大事だ」という師の教えを思い出し今の自分なら傑作を書けることを確信するも、この時だけは書を捨てることを決意。最後の攻防に望んだ。
劉の突撃からのハイキックを躱しロシアンフックを打ち込むも、化勁で流されダメージを軽減させられたところに背面蹴りが直撃し、場外となり敗北した。
しかし互いに死力を尽くした両者の表情は晴れやかなものであり、健闘を讃え合うように握手を交わした。
・前作ケンガンアシュラの最序盤、「『牙』と渡り合える闘技者なんて俺の知る限り一人も・・・・・・いや、一人いたか・・・」というモブの発言があるが、これを二徳の伏線だと考える読者もいる。この台詞の次のコマは306勝2敗の若槻武士であるため、若槻のことを指していると考えるのが自然だが、若槻が8年前のアギト戦(回想)で「これは"戯れ"だ」と言われているのを見ると恐らく完敗であり、試合内容的には直近での闘いかつ接戦と言われた二徳を指している可能性も十分にあり得る。
・ダンベル何キロ持てる?のサンボ回にも姿だけ登場しており、ジーナ・ボイドとは同門。なおケンガンシリーズでサンボ遣いが登場したのは二徳が初めてではない(大亜細亜航空所属の下田佐治)。
・主な著書は『マンドラゴラの住人』。ひびき曰く「色物」とのこと。