歴史
千葉県を営業エリアとする、京成グループの準大手私鉄。鉄道事業以外では不動産業を行っているほか、分社化により新京成バス3社の経営にも関わっている。
1947年12月27日に唯一の鉄道営業路線である「新京成線」の最初の区間が開業。旧日本陸軍の演習線(軌間は600mmのナローゲージ)だった軌道敷を、西武鉄道と京成電鉄の2社が鉄道敷設のための使用許可を申請し、最終的に後者のほうが認められた。
あたかも京成電鉄の子会社のような社名であるが、元々は京成の出資比率は50%を下回っており子会社には該当しなかった(法的には子会社ではなく関連会社)。
その後2022年9月1日付で簡易株式交換により京成電鉄の完全子会社に(2022年8月30日に東証スタンダード上場廃止)、更には経営効率の向上を目的に2025年4月1日付で京成電鉄への吸収合併が行われる予定である。これに伴い、新京成線は京成松戸線と改称される予定である。
かつては松戸〜柴又間・国府台間の免許も取得していて、松戸市内では路線用地も買収していたが、千葉大学園芸学部や柴又駅周辺の反対にあって計画は頓挫し、未成線化されたまま1971年(昭和46年)頃に免許を失効。買収した路線予定地のうち三矢小台駅(仮)はリブレ京成三矢小台店・松戸新京成バス折り返し場に、松戸駅付近は常磐線の複々線化用地に、その他も多くが住宅地に転用されている。国府台駅迄の延伸計画は、総武流山電鉄(現・流鉄)が市川駅へ延伸する免許を取得し延伸が実現してしまえば、京成系列の縄張りに深く侵入し総武流山電鉄が路線バスも運行して経営権を侵される恐れがある事から、延伸を阻止する目的もあった。
この延伸計画は、新京成線と京成金町線を接続する構想で、実現していたら新京成線の都心乗り入れもあったかもしれない。
保有路線
- 新京成線:松戸~京成津田沼間26.5km
歴代車両
京成電鉄よりも先進的な機構を採用する例が多く、2013年には全保有車両のVVVF化を達成している(京成に至っては2024年現在も未達成)。
かつては8両編成も存在したが、2014年に全営業列車が6両編成に統一されている。
合併時点で保有していた形式
80000形
最新型車両で、京成3100形と共通設計の「京成グループ標準車体」採用車として2019年より増備されている。
N800形
↑左が搭乗時の新京成マルーン塗装、右が2014年以降採用されたジェントルピンク塗装
京成3000形と共通設計の「京成グループ標準車体」採用車で、800形や8000形の置き換えを目的に開発された。
8900形
新京成では初の軽量オールステンレス車。8両編成3本のみが製造されたが、6両編成統一化の際に中間のサハ車2両を抜き取り廃車除籍。
京成乗り入れ非対応車…であるが行先表示器に「千葉中央」が収録されているため、今後乗り入れの改造を受ける可能性はある。屋根も京成の無線アンテナが取り付けられるように、製造時から台座自体は取り付けられている。
新造時、パンタグラフには当時普通鉄道用車両では珍しかったシングルアーム式をいち早く採用した。
8800形
日本の直流1500V鉄道路線用としては、VVVFインバータ制御を本格採用した車両のひとつ。というか、公式には「世界初の長編成でVVVFを使用した」とうたっている(大阪市営地下鉄20系は750Vだったし、近畿日本鉄道1420系は2両編成だったから…)。
運転台が関東の電車では珍しい横軸ツインレバー式となっている。
2006年から2014年にかけて、既存の8両編成から中間の2両を抜き取り6両編成への組成変更が行われた。その際抜き取った中間車を先頭車化改造して、最終的に8両編成12本から6両編成16本に組み替えた。
京成乗り入れ対応(現在の第1~4・8・11・12・16編成)と乗り入れ非対応の編成(現在の第5~7・9・10・13~15編成)が存在。乗り入れ装置の有無・各種機器の違いなど、編成によってかなり違いがある。最後の旧塗装車であった15編成は2018年7月に現行塗装となり、8800形の旧塗装車は消滅した。
過去の形式
旧型車
極めて多種多様かつ変遷も複雑なので、簡単な概要のみを記す。
1947年の開業後、1970年に新造(実質的には車体更新車)された250形までは、全ての車両が京成電鉄からの中古車、またはそれらを更新した改造車であった(中には試験的にアルミ製車体を新造したものも存在した)。
バブル期まで沿線開発による需要の爆発的増加が続いたため、自前の新車である後述の800形の製造後も1978年まで中古車の購入は続き、また既存車の更新・再更新による近代化が進められ、さらに1982年以降は8両編成化が進んだ。
1970年代後半に、14メートル級の小型車や未更新の老朽車の廃車はあったものの、8000形の増備による旧型車の本格的な置き換えが始まったのは1984年以降になってからであり、最終的に1990年に8800形によって全車が置き換えられるまでその活躍は続いた。
現在、最後まで残った200形204号車が京成時代末期の姿に復元されて、宗吾工場内で保存されている。
800形
1971年から75年にかけて36両が製造された。
当社は4両編成と2両編成が存在したが、間もなく6両固定で運用されるようになり、1981年からはアイボリーとマルーン帯の塗装に変更されている。さらに1985年以降の冷房化、さらに8両編成化で様々な更新・改造が行われたほか、1995年には東葉高速鉄道が開業した影響で、編成出力を増強するための組み替えを行っている。
変わったところでは、北総線2期開業時に1編成8両が「譲渡」され、1年後の直通運転廃止時に出戻りで復籍するなどの動きもあった。
2010年7月17日に実施されたダイヤ修正で朝ラッシュ時の運転間隔を現行の4分毎から4分30秒毎に変更されたのにともない、定期運用から離脱した。
そして翌週の7月24・25日に事前申込制の「さよなら800形イベント」が開催され、営業運転を終了した……筈だが、その後も、何事も無かったかの様に営業列車(しかもラッシュ時に)として走っている姿を、沿線のファンに何度か目撃されていた。
なお、本形式は1990年代に旧型車の置き換えを見込んでいたうどん県の某私鉄へ、京王重機で車体を16mへ短縮する魔改造を施した上で譲渡する計画があったという。しかし、東葉高速鉄道の開通に伴う乗客減の影響でそれどころではなくなり撤回する羽目になったうえ、前述の編成組み換えが行われる結果となった。
8000形
1978年から1987年にかけて6両編成9本が製造された。前面のデザイン・配色から「くぬぎ山のたぬき」の愛称で呼ばれていた。1979年製の8504編成からその後30余年続くアイボリーとマルーン帯の新塗色で登場、1981年製の8506編成からは界磁チョッパ制御が採用されている。また当初は北総線への乗り入れは行っていなかった。
2011年以降順次廃車が行われ、最後まで残っていた8512編成が2021年11月1日をもって運用を離脱、廃車となり全廃となった。
現在は8502編成の8501号車がカットモデルとしてくぬぎ山車両基地に保存されている。
キャラクター
京成合併後の扱いについては未定。
しんちゃん・けいちゃん
1996年に登場したツバメのキャラクター。
五香たかね
駅務掛。