牛の首
うしのくび
「牛の首」という余りにも恐ろしい怪談があり、これを聞いた人は恐怖のあまり身震いが止まらず、三日と経たず死んでしまう(あるいは、正気を失い元には戻れない)。
怪談の作者は、多くの死者を出したことを悔いて仏門に入り、生涯誰にも話すことなくこの世を去った。
今では「牛の首」という題と、「それがあまりにも恐ろしい話」だと言う事のみが今に伝わっているという…。
実際のところ、そもそも「牛の首」という怪談自体存在せず、「聞いた人が死んでしまうほどの怖い話」という形骸のみが一人歩きしている…という、いわば都市伝説である。
そして「聞いた人が死んでしまうほどの怖い話」とはどういう話なのか知りたいと言う好奇心から、次々と付随する噂が生まれ、結果「牛の首」の実態が無いまま、その恐怖だけが一人歩きし、それが更なる噂を生み、広まっていくのである。つまり、「牛の首」そのものが都市伝説なのではなく、「牛の首を取り巻く事象」こそが都市伝説なのだといえる。
いつ頃から都市伝説が広まったのかは定かではない。
小松左京が1965年に発表した小説『牛の首』では、そのタイトル通り「牛の首」伝説を題材としているが、小松によれば当時すでに出版業界で噂されていた話を元にしたという。また、1973年には「今日泊亜蘭から聞いた、世界一怖い怪談」として筒井康隆がエッセイで紹介しており、これが切っ掛けで大きく広まったとも言われている。
なお、大正15年に刊行された『文藝市場』に、ルポルタージュ作家の石角春洋が「父親から聞いた話」として『牛の首』と題した記事を寄せている。→参照記事
なお、本当に「牛の首」という怪談があって、それに(聞いた人が死んでしまうなどの)尾鰭がついて都市伝説となったのか、それとも本当に最初から「牛の首」は存在しない話で「怖いと言われている」という所まで含めた創作なのかは不明のままである。
2chでは、同じように実態のない噂を取り巻く事象そのものが都市伝説である「鮫島事件」という創作都市伝説がある。
イギリスには類話として「殺人ジョーク」と言う『モンティ・パイソン』のスケッチがある。
「イギリスの作家が『あまりにも面白くて、聞けば笑い死んでしまうジョーク』を創作してしまう。イギリス陸軍は、これをドイツ軍に流布させれば戦争に勝てると考え、そのジョークをドイツ語へ翻訳、ジョークは実戦投入され大変な成果をあげる。ドイツ軍はこれに対抗し自国でも殺人ジョークをつくろうとするが、ドイツ人にはジョークの才能がなかったため失敗に終わる」と言うもので、結局ジョークの内容は分からないままである。
2022年には、「牛の首」は実在した、という設定の映画『牛首村』(清水崇監督)が公開された。
インターネット上では「これが『牛の首』の全容である」とするような怪談がいくつか公開されているが、そもそも「話を知った聞き手は死んでしまうのに、一番よく知っているはずの語り手は死んでいない」という矛盾がある。
(先述したパイソンズのスケッチでは、殺人ジョークの第一犠牲者は考案した作家本人で、二人目の犠牲者はその母親、となっており後発だけに矛盾は生じていない。)
- 天草市本渡町に、牛の首という地名がある。Google MAP
- 叙火が連載していた『八尺八話快樂巡り~異形怪奇譚』では、諸説ある中の話の1つ(漫画『宗像教授伝奇考』の一篇『贄の木』に登場する猪頭神事を翻案したもの)が漫画化されている(内容は18禁なので注意)。
- 『東方Project』の公式漫画作品東方鈴奈庵では、この都市伝説の実体化を避ける為、「牛頭天王がパトロールに来た、と説明づける」という対処が為された。
- 偶然だが、牛頭天王とも関係の深い蘇民将来説話とそっくりな「宿を求めた牛の首と言う妖怪を泊めて、宝を授けられた娘と追い払って酷い目に遭った義姉」の話がウクライナに実在する。
- 西洋の民間伝承に、牛ではなく、『ロバの首』という話が存在する。これは「ショック」という妖精が行う悪戯の中で、最も知られているもので、村の出入口でショックがロバの首に化けて、不審に思って近付いた人間の腕に咬み付く。悪戯に成功したショックは姿を消すが、被害者の腕に残ったショックの咬み跡は、何時までも消えないとされる。
- 日本を含めた東アジアでは、雨乞いなどで牛を殺して神に捧げる「殺牛儀礼」や、馬を捧げる「殺馬儀礼」という風習があった地域も存在する。ここから「牛の首」にまつわる話が想起されたのではないかという意見もある。
- 牛ではなく、馬の首にまつわる話としては、岡山県邑久郡(現・瀬戸内市)や熊本県南ノ関町大字関下宇迎町(現・玉名郡南関町)に伝わる妖怪『さがり 』が存在する。