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窓ぎわのトットちゃん

まどぎわのとっとちゃん

『窓ぎわのトットちゃん』とは、タレントの黒柳徹子氏の幼少期を綴ったエッセイである。
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概要

タレント女優黒柳徹子氏が、自らの小学校時代のエピソードをを綴った自伝エッセイとして、1981年講談社から出版。日本国内で750万部の戦後最大のベストセラーを記録し、芸能人が著すいわゆる「タレント本」の先駆けとなった。これまで世界35カ国で発売され、この記録は一般書の記録として現在も破られていない

タイトルの「トットちゃん」は、黒柳氏が舌足らずで「徹子」をうまく言えなかったので、自分のことを「トットちゃん」と呼んでいたことに由来する。また、「窓ぎわ」は出版当時、周囲から疎外されているサラリーマンを「窓際族」と呼んでいたのと、彼女が小学校時代にチンドン屋を呼ぶために、授業中に窓辺にいたことから名づけられた。物語は、黒柳氏が問題児とみなされて区立小学校を退学させられ、トモエ学園という私立校に転校したところから始まり、以降トモエ学園での様々なエピソードが、同級生の実名とともに紹介されている。

他のタレント本との違い

「窓際の~」が発売されてから、数多くの芸能人やスポーツ選手が自伝などを綴った「タレント本」を出すようになったが、たいてい数か月や1年程で飽きられ見向きもされなくなるが、この本は30年近く経った現在でも読者を増やしている。
著者は幼少期の頃から、自他ともに認める注意欠陥・多動性障害(ADHD)学習障害(LD)を抱えており、小学校を退学させられたのもそのため、と現在は考えられている。その個性ごと肯定した当時の特別支援教育が現在に通じるものがあり、当時の初等教育や発達障害を考える上でも非常に重要な資料という側面を持っていることも、この本が今尚多くの人から愛読されている要因であろう。

この本の主な舞台となるトモエ学園(旧自由が丘学園)は1937年から1945年までの8年間、自由が丘に実在した小学校であり、「リトミックと創造」を理念として現在の視点から見ても非常に自由闊達な教育が実践されていた。学校の存続した期間は10年にも満たなかったが、その短い間に輩出されたのが著者である。
校舎が東京大空襲で焼失したのち再建はされず、現在は自由が丘の地名と記念碑にその名前を残す限りとなっている。

ちなみに余談だが、愛知県では発売された当時、「芸能人が書いた本は子供の教育に相応しくない」と言う理由から、窓ぎわのトットちゃんが学校の図書館に置かれなかったことがあった。

関連項目

黒柳徹子 エッセイ
いわさきちひろ - 挿絵を担当。

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