本名:米浜裕暁(1946年12月8日~2016年3月10日)
概要
1982年から連載されたサラリーマン漫画『なぜか笑介』は続編の『だから笑介』も含めて18年にわたる長期連載となり、登場人物の「ズッ」というリアクションはパロディのネタとなった。
略歴
1946年12月8日、札幌市(北海道)に誕生。父は教員で、小学校の校長も務めた。
1965年、大学受験のために上京するが受験は失敗。そのまま東京に居座り漫画家を目指す。
1968年、貸本漫画『一発野郎』(東京トップ社)で漫画家デビュー。当初は川崎のぼるの亜流のような絵柄だった。水島新司のアシスタントを務める。
1970年、「週刊少年ジャンプ」(集英社)で『人生二勝一敗』(原作:梶原一騎)を連載。
1972年、「週刊少年キング」(少年画報社)で『おいら熱血くん!』を連載。
1973年、「週刊少年サンデー」(小学館)で『ドクター・ジュン』(原作:佐々木守)を連載。
1976年、「週刊少年サンデー」で『試験あらし』、「週刊少年キング」で『お勉強クラブ』を連載。
1977年、「マンガくん」(小学館)で『生徒ドンマイ』を連載。
1982年、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で『浪漫くん』、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で『なぜか笑介』を連載。
1991年、「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で『だから笑介』を連載。
2002年、「ビッグコミックスペリオール」で『社長大原笑介』を連載。
2016年3月10日、胃がんのため死去。