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運動部

うんどうぶ

スポーツによって心身を鍛えることを目的とした部活動。 野球・サッカー・テニスなどの球技から、陸上・体操・水泳などの競技、柔道・剣道・ボクシングなどの武道まで幅広く存在する。
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運動部とは、クラブ活動のジャンルの一つである。

概要

 スポーツを通して心身を鍛えることを目的とした部活動の総称。体育会系とも。
 学校の部活動におけるメジャーどころの集まりであり、日本体育連盟などによって全国規模の大会が各種目ごとに用意されている。
 プロのスポーツ選手も、学生時代からこうした部活動を通じて技術を磨いてきた選手がほとんどであり、日本スポーツ界の土台ともいうべき位置にもある(しかし現在に至り、長年に亘って積もり積もった問題が噴き出てきている。それについては後述)。

文化部と異なり、それ自体が学業成績として認められることもあり、高校大学では成績優秀な者をスポーツ特待生として入学させることも多い。
特に高校の野球部においては、見所のある選手は小中学生のうちから各名門校のスカウトによる獲得合戦が行われ、本来の学業をほとんど度外視してもっぱら野球修練を行わせる場合もある。生徒が優秀な成績を収めれば学校の知名度上昇、高校では大学へのスポーツ推薦に直結することから、基本的に文化部より扱いが優遇される傾向が強い。野球以外のスポーツ名門私立校でも、遠方や時には外国からスカウトした学生を多数入れているところもあり、中にはスカウトされた者以外は入れないとしている所すらある。公立校では私立程派手なスカウト合戦は行われていないが、体育科をもうけるなどして事実上スポーツ推薦を中心に集める学校も存在する。
就職活動でも有利になる場合があるが、あまりに部活動に傾倒しすぎると、プロスポーツの分野に行けなかった場合につぶしが利かないという弊害もある。


一般的に部内の上下関係は極めて厳しく、下級生は上級生に対して全面的に服従させられることもある。精神修養を名目に、故意に屈辱的な立場に置かされることすらあり、いわゆる根性論も減りつつあるものの根強く残っており、時折行き過ぎて部内暴力により試合出場停止処分をくだされる事件もある。
逆に上級生は下級生の面倒を見ることを求められ、下級生に懐かれないような上級生は評価されないことが多い。下級生に何らかのトラブルが発生すると上級生も厳しく責任を問われる。
この上下関係は伝統のある部ほど顕著になる傾向が見られ、逆に新しい部では文化部と大差ないほどフランクな場合もある。
部内の上下関係は基本的に卒業後も生涯にわたって続くことが多く、OB・OGの一生に良くも悪くも影響を与え続ける。強豪校では特定部活の部員のみを集めた寮が設けられるところすらあり在学中は私生活をともにする場合もある。

企業での社会人クラブの場合、その企業のブランドイメージ向上に一役買う一方で、文化系よりコストが高いため経営状態に振り回されやすく、会社の経営状態悪化や方針転換にともなって解散させられることも多い。

いわゆる部活問題部活動問題

生徒に対する部活加入強制

 中学校高校の学習指導要領にはともに、部活動は「生徒の自主的,自発的な参加によるもの」とされている(本文へのリンク。総則「第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」(13)の一行目参照)
 にもかかわらず、入学時に部活動を「やる・やらない」の選択肢さえ与えず、事実上部活動加入が強制となっている中学校・高校が今も存在する(特に東北地方各県に極めて多い。それ以外の県でも過疎地域になっていくほどこの傾向が強くなり、運動部の割合が大きくなっていく。ひどい場合文化部が、その運動量の多さや必要な集団規律から事実上の運動部とされる吹奏楽部しかないことがある)。
 生徒の「部活動に参加しない自由」が保障されていない時点で指導要領からの逸脱は明らかで、大いに問題である。

教師に対する顧問就任強制

生徒への部活強制も問題だが、こちらはさらに根深い問題である
 公立校の運動部は、当然ながら顧問を必要とする。だがこれまた当然ながら、様々な運動競技があるうち、それらの競技の専門家が必ずしも、同校の教師の中に存在するわけではない。ゆえに、各部の顧問に就く教師はほぼ素人である。さらにいえば、スポーツの安全管理に関して学んだ教師もほとんどいないであろう。ただ教師であるという理由だけで、運動競技を行う集団の管理を任されるということ自体、異常である。
 問題は生徒の安全管理のみに留まらない。教師の本分とは何か。言うまでもなく、担当教科の指導及びそのための準備、研究である。ところが、その本分をおろそかにしてまでも運動部の顧問に就けと、校長自ら各教師に対して事実上の強制を行っている(特に、本来ならば教科指導のため十分な研究時間を要する若い教師に対し、その強制が執拗に行われる)。
 そしてひとたび運動部の顧問になってしまうと、土日のたびに行われる練習試合などで休日がほぼなくなってしまう。そればかりではなく平日の放課後においてすら、残業代に計上されない部活の面倒を見なければならなくなるため、サービス残業の山が待っている。その問題は本ページ下部の「外部リンク」先のニコ百項目に詳しいので、将来教師になりたいという方は、ぜひご一読をお勧めする。

創作における運動部

文学漫画テレビなどのメディア作品でも、上記のようなドラマ性の要素が高いことから、古くから積極的に題材として取り上げられている。しかし、その傾向は時代とともに大きく変化している。

ことに漫画においては、古く(高度成長期終焉まで)はスポ根的描写が好まれる傾向にあった。
その多くは、容姿・出自・肉体的に負い目のある、若干堅い感じの主人公が、容姿端麗なるエースに打ち勝つために、非現実的なまでの猛稽古や、自らの健康・生命をも顧みない危険な肉体改造を重ね、超人的な能力を身に着けて宿敵たるエースを打ち負かし、彼(彼女)の努力は報われる。そして、その直後に体を壊して引退するか、場合によっては死んでしまう(宿敵も同じ運命をたどることも多い)ことで作品が完結する、というのが王道のパターンである。梶原一騎作の漫画「巨人の星」はこの先駆けであり、典型的な例でもある。
当時は実際にスポーツを嗜む少年少女の間ではそのような精神が美徳とされていたことから、これ以外のパターンは基本的にありえなかった。
なお、当時の日本では普及しているスポーツは限られており、扱われるジャンルはもっぱら武道か球技であった。

しかし1980年代以降、日本が豊かになるにつれこのような空気は古臭く感じられるようになっただけでなく、スポーツ科学の普及で精神論に依拠するスパルタ式指導が医学的に有害性のある間違った指導法であることや、スポ根漫画を真似した子どもが稽古中に倒れたり、叩き上げ的な教育によって死者が出たことがマスコミによって大きく報道されるなどして、このようなスポ根漫画はイメージを悪くし、急速に廃れていく。それと入れ替わるように恋愛や友情、バトルの要素などが追加されていき、2000年以降では「スポーツに特に力を入れていない学校における運動部」を扱ったり、まるで文化系と見まごうような日常系漫画すら数多く登場している。昔は全く知られていなかった新しい競技も多く普及しはじめ、それらを扱った作品が増えているだけでなく、架空の競技の部活を創作することも珍しくなくなった。

各種運動部







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外部リンク

部活問題について(ニコ百)
部活問題対策プロジェクト

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