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概要

大阪府富田林市にある学校法人。1955年創設。

その名の通りパーフェクトリバティー教団の傘下ではあるが、信者でなくても入学は可能である。

幼稚園小学校高等学校、衛生看護専門学校 からなる。

かつては短大もあったが2009年に廃止。

中高はかつては全寮制だったがのちに通学も可になった。

しかし後述の野球部のトラブルや、近年の教団上層部のゴタゴタや信者数の減少から志望者数が減りつつある。

かつては運動部の名門校としても名高く、特に野球部ゴルフ部は多数のプロ選手を輩出している。

また少数ながら野球以外でお笑い芸人河中美二山本奈臣美レーシングドライバー阪口晴南を始め各分野の著名人芸能人)出身もいる。


野球部の栄光と凋落

PL教の2代目教祖、御木徳近氏の意向で運動部に力が入れられており、特に高等学校の野球部は大阪府を代表する超名門として有名で、甲子園大会で春は20回出場で3度、夏も17回で4度の全国制覇を果たした全国屈指の強豪だった。

かつての野球部は各地の名門少年野球チームからスカウトされた推薦入学者のみが入部を許される部活で、部員全員が野球部専用の寮でほぼ野球漬けの生活を送っており、一般生徒とも隔離された状態にあった。

上下関係も非常に厳しく、後輩は「付き人制度」の下、先輩に部屋子や世話係として下僕の様に仕えなければならず、共学校なのに「女子を見てはいけない」等現代の感覚では理不尽極まりない仕来りが多数存在していた。しかも「3年生は神様、2年生は平民、1年生は奴隷」というとんでもないカースト制度が同学園に敷かれており、同野球部OBの宮本慎也氏は「リーグ優勝、日本一、WBC優勝よりもPLの2年生になれたのが人生で最も嬉しかった、1億円を積まれてもPLの1年生にはもう絶対に戻りたくない」と供述していた。と言うのはPL学園に限らずそれ以外の有名高校出身のスポーツ選手や芸能人も似たような理不尽を経験したエピソードがある。

昭和の強豪野球部みたいなLiella!


練習も無論ハード極まりなく、部員は授業を形だけ受けているものの殆ど寝ており、実質「野球のみしかしていない」状況だった。


このような閉鎖的な環境や過剰な上下関係のせいで、上級生によるしごきやイジメといった部内の暴力問題が後を絶たず、負傷者が出ても学校や系列の病院が隠蔽していたという。SNSが普及してる現代社会だったら炎上して社会問題かつ刑事事件に発展してもおかしくないだろう。

(※但し、当時はまだ運動部根性論や体を壊す程のしごき・体罰や「水を飲まさない」等の誤った指導法や上級生による圧政が蔓延していた時代であり、似たようなノリのスポーツ名門校は珍しくなかった。と言うのはダウンタウン松本人志浜田雅功吉本興業及び吉本芸人でさえ似たような経験してたのは事実であり、それらを自虐ネタにしている。)

しかし1986年にはイジメによる死亡事故が起きてしまい、1997年にも上級生が下級生に暴行を加えて重傷を負わせ、2001年にはイジメの被害者が加害者を訴えたことで遂に裁判沙汰となり、高野連からも処分を受ける。

その後、教団上層部の状況の変化もあり、学校側は2002年をもって野球部の全寮制度および野球部専用寮、野球推薦入学を全て廃止し、部員は一般入試で入学した生徒のみとした。

また代替わりした教団上層部の意向より、部員や監督にもPL教の信仰と勉学をより強く求められるようになった。

これで上下関係の過剰な厳しさはある程度マシになったものの、同時に野球部自体の実績も降下するというジレンマに陥り、その後も暴力事件や部員の喫煙などの不祥事はなくならず、ただでさえ野球嫌いとの説が高かった3代目教祖夫人を含む教団上層部からの当たりも冷ややかになっていった。

PL教の信仰が監督にも必要とされたことから監督もなり手がいなくなり、2013年より監督不在状態に陥ってしまい、野球経験のない校長が監督を務めた。翌年から野球部は新入部員の受け入れを停止、2016年には休部が決まってしまった。これに危機感を覚えたOB会が部の存続を求める嘆願書を提出したが、そんな時にPL野球部OBの代表格とも言える清原和博覚醒剤使用の容疑で逮捕されてしまう。これがダメ押しとなり、野球部復活の芽は最早絶望的となったどころか、学園そのものの存続が危ぶまれている。

最後のPL学園出身者としてのプロ野球選手である中川圭太の在学時代には、もはや上下関係がどうこうというレベルではないほど衰退していた。

2016年夏に最後の甲子園を目指した野球部だったが、かつての栄華は見る影もなく、大阪府大会の2回戦で敗れた。

そして2017年3月29日、大阪府高校野球連盟からの脱退が正式に決定し、その歴史に一旦幕を下ろすことになった。その後テレビ大阪がPL学園のドキュメンタリー番組を放送したり、著名人によるPL学園に関する本が出版され、話題になった。


その後2020年に12月5日に3代目教祖御木貴日止氏が死去。

数々のスキャンダルや不祥事でPL学園野球部復活は絶望的と思われたが2024年大阪市内のホテルで開催したPL学園野球部OBの懇親会で桑田真澄や著名人が出席し、その後メディアの取材に答え、PL学園野球部復活に向けて全力投球するとコメントした。


野球部の大会においては、プラカードを掲げて人文字を作る応援が有名であった。

Pixivにおいてもこの応援を再現した絵に「PL学園」のタグが付く。


主な野球部OB

入来祐作/金森栄治/木戸克彦/清原和博/桑田真澄/立浪和義/片岡篤史/宮本慎也/福留孝介/松井稼頭央/前田健太/平石洋介/上重聡/なきぼくろ

関連タグ

バトルスタディーズ…まだ厳しいしきたりが残っていた時代のPL学園野球部に在籍していた作者が当時の体験をもとに描いた漫画作品。作中では「DL学園」とされている。

1024人応援団!


関連HP

公式HP

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