葉足動物
ようそくどうぶつ
始めに
「葉足動物」という言葉には多少の曖昧さがある。混乱を避けるため、本記事は次の定義を基に葉足動物について記述する:
- 「葉足動物」は一昔前では「古代の有爪動物(カギムシ)」とも紹介されてきたが、これは21世紀以降から否定された旧学説に基づいた説明である。全ての葉足動物が有爪動物の系統に近い訳ではなく(後述の系統関係の項を参照)、葉足動物が有爪動物に内包されるわけでもない(系統的にはむしろ有爪動物が葉足動物に内包される方がマシ、ただし「2」を参照)。
- 稀にその派生群であるクマムシ(緩歩動物)とカギムシも広い意味で葉足動物と呼ばれるが、主流な括りではないため、本記事では一般通りにクマムシとカギムシを葉足動物から除外する。
- 節足動物の系統に属し、体に鰭がある種類(パンブデルリオンやケリグマケラなど)は「鰓のある葉足動物」と総称されるものの、葉足動物そのものから区別される傾向も見られる。本記事では便宜上、節足動物である同時に葉足動物ともされる。オパビニアは広い意味では「鰓のある葉足動物」に含めるが、葉足動物の特徴は不明瞭で、一般的にも葉足動物扱いされないため、本記事では葉足動物から除外する。
概要
葉足動物(学名:Lobopodia、カナ転写:ロボポディア、通称:lobopodian ロボポディアン、ロボポッド類)とは、古生代の海に栄えた古生物のグループの一つである。
30種以上知られるが、そのほとんどがカンブリア紀に生息しており、それ以降(知られる限り約3億700万年前の石炭紀まで)の地質時代によるものは極めて少ない。
バージェス動物群のアイシェアイアとハルキゲニアをはじめとして、20世紀初期から既に化石が発見されていたが、当時はゴカイと誤解されていた。20世紀後期以降では澄江動物群などから多くの種類が見つかることで姿と多様性を判明し、カギムシやクマムシ、節足動物の起源に深く関わる重要なグループとして注目を集まるようになった。
形態
体長は多くが5cm以下で、10cmを超える大型種は少ない。
姿形は種類により様々であるが、概ね「ワーム状の胴体に数多くの脚が並んでいる」という体制をしている。体は柔らかく、多くの場合は表皮にばねのような皺が生えている。
頭部はシンプルで、カギムシや節足動物のような複雑な顎を持たず(一部の種類は放射状の歯を持つ)、目や触角も種類によってあったりなかったりする。
名前はその脚である「葉足」に由来する(ギリシャ語 lobos 葉状 + pous 脚 で lobopod 葉足、ちなみに葉足動物の派生群であるカギムシとクマムシの脚も葉足である)。文面から誤解されやすいが、これはぷにぷにしてて「丸みを帯びた葉状の輪郭」を保つことが多いためこの名前が付いており、「葉っぱのように平たい脚」という意味ではない。この葉足も胴体と同様柔らかく、節足動物のような外骨格や関節構造は存在しない。種類により2本前後の鉤爪が先端にあったりなかったりする。
それ以外の構造物の有無は種類により様々で、ミクロディクティオンやハルキゲニアのように甲皮や棘で体を武装した「armoured lobopodians(装甲のある葉足動物)」がいれば、パンブデルリオンのように鰭が生えた「gilled lobopodians(鰓のある葉足動物)」もいる。
尻尾は丸くて目立たない突起であるものが多いが、ケリグマケラのように長く尖ったもの・アイシェアイアのようにそもそも尾を持たないものもいる。
生態
知られる限り全てが海洋生物である。海底で暮らし、多くがそこら中を這い回るとされるが、ケリグマケラのように鰭で海中を泳くと思われるもの・ファシバーミスのように特定の住みどころに定着し滅多に移動しないと思われるものもいる。
多くが小型で特別な捕獲器を持たないため、シンプルに死体の腐肉や泥の有機物を餌にするスカベンジャーと考えられる。ただしメガディクティオンのように強大な触手と鋭い歯で他の小動物を捕食する・ルオリシャニアのように羽毛状の脚で水中のプランクトンなどを濾過摂食すると思われる種類もいる。
主な種類
ここでは体の大部分が判明した種類(属)のみ列挙する。特記しない限りカンブリア紀のもの。
アイシェアイア(Aysheaia)
体長最大6cm。寸胴で体表がいぼいぼ、爪は脚ごとに7本でとても多い。カナダ(バージェス動物群)から発見される。
ハルキゲニア(Hallucigenia)
体長最大7cm。細長い脚と7対の棘がある。かつては上下・前後とも逆さまに復元されたことで有名。カナダ(バージェス動物群)と中国(澄江動物群など)から発見される。
ゼヌシオン(Xenusion)
体長最大20cmと推測(全身不明)。2列のこぶが背面に並んでいる。化石はドイツとバルト海の島から発見されるが、スウェーデンから氷河でそこに運ばれたと推測される。
ミクロディクティオン(Microdictyon)
体長最大7.7cm。肩パッドのような網目状の甲皮を持つ。世界中からその甲皮が発見されるが、全身は中国(澄江動物群)のみから知られる。
オニコディクティオン(Onychodictyon)
体長最大7cm。全身毛むくじゃらで、頭部から羽毛状の触角と丸い吻が突き出す。中国(澄江動物群)から発見される。
パウキポディア(Paucipodia)
体長最大10.7cm。ワームに脚が生えただけの極めてシンプルな姿で、甲皮や毛など特別な構造が一切ない。中国(澄江動物群)から発見される。
ルオリシャニア(Luolishania)
体長最大1.4cm。前脚が長い羽毛のように伸びている。中国(澄江動物群)から発見される。
コリンシウム(Collinsium)
体長最大8.5cm。背中は毛むくじゃらで棘だらけ、パワーアップしたルオリシャニアのような姿。中国から発見される。
コリンソヴェルミス(Collinsovermis)
体長最大3cm。ルオリシャニアをぼっちゃりにしたような姿。通称「コリンズ・モンスター」(コリンズの怪物)。カナダ(バージェス動物群)から発見される。
オヴァティオヴェルミス(Ovatiovermis)
体長最大2cm。胴体は棘がなく下半身ほど大きい。カナダ(バージェス動物群)から発見される。
ファシバーミス(Facivermis)
体長最大5.5cm。下半身は長いワーム状で脚がなく、ナシ状の尾を持つ。中国(澄江動物群)から発見される。
ディアニア(Diania)
体長最大6cm。脚が太くて小さな棘が満遍なく生えている。故に「歩くサボテン」とも呼ばれてきた。中国(澄江動物群)から発見される。
タナヒタ(Thanahita)
体長最大3cm以上と推測(頭部不明)。背中に小さな花のような形をした突起がたくさん並んでいる。シルル紀に生息。イギリスから発見される。
カーボトゥブルス(Carbotubulus)
体長最大3.5cm。ハルキゲニアと似ているが背中に棘がない。石炭紀に生息(知られる限り最後の葉足動物)。スウェーデンから発見される。
アンテナカンソポディア(Antennacanthopodia)
体長最大1.3cm。短い脚と2対の触角を持つ。中国(澄江動物群)から発見される。
メガディクティオン(Megadictyon)
体長最大20cm以上と推測(下半身不明)。頭には1対の丈夫な触手を持つ。触手や盲腸の構造は原始的な節足動物とよく似ている。中国(澄江動物群)から発見される。
ジェンシャノポディア(Jianshanopodia)
体長最大20cm以上と推測(全身不明)。メガディクティオンとよく似ているが、脚に柔らかい枝が生えて、尾は扇子のように平たい。中国(澄江動物群)から発見される。
パンブデルリオン(Pambdelurion)
体長最大55cm。頭の触手から長い突起が伸びて、脚の上には鰭が並んでいる。口が鋭い歯に囲まれる。グリーンランド(シリウスパセット動物群)から発見される。
ケリグマケラ(Kerygmachela)
体長最大6cm。パンブデルリオンとよく似ているが、長い尾が生えて口が小さい。グリーンランド(シリウスパセット動物群)から発見される。
系統関係
葉足動物はカギムシ(有爪動物)・クマムシ(緩歩動物)・節足動物(クモ、甲殻類、昆虫など)と同じ「汎節足動物」であり、そして前述した動物群は、いずれも葉足動物の系統から進化したグループだと考えられる。
葉足動物の中で、アンテナカンソポディアなどがカギムシの祖先に、メガディクティオンやジェンシャノポディア、パンブデルリオン、ケリグマケラなどが節足動物の祖先に近い、という説が最も広く認められる。
アンテナカンソポディアは、太い触角や短い肉球状の脚などカギムシ特有の性質により前述した類縁関係を示唆される。メガディクティオンやパンブデルリオンなどは節足動物のような硬い外骨格と関節を持たないが、盲腸の構造は節足動物と共通し、脚の上に鰭を持つという構造も、節足動物の鰭と脚で枝分かれた肢の雛形に見える。両者の特徴を兼ね備えた原始的な節足動物オパビニアとラディオドンタ類(アノマロカリスなど)は、その類縁関係を更に強くリンクする(これらは鰭・触手・盲腸だけでなく、節足動物で一般的な複眼・外骨格・関節も兼ね備える)。
汎節足動物
┃
┣━?(A)
┃
┗┳┳━有爪動物の系統
┃┣━?(B)
┃┗┳━アンテナカンソポディアなど
┃ ┗━有爪動物(カギムシ)
┃
┣━緩歩動物の系統
┃ ┣━?(C)
┃ ┗━緩歩動物(クマムシ)
┃
┗━節足動物の系統
┣━メガディクティオン、ジェンシャノポディアなど
┗┳━パンブデルリオン
┣━ケリグマケラ
┗━他の節足動物
それ以外の葉足動物は類縁関係が不明確で、種類や学説によりカギムシ・クマムシ・節足動物の祖先より起源が古い(A)、もしくは有爪動物の祖先に近い(B)と考えられる。後者に関しては多くの種類が持つカギムシのような丸い尻尾が根拠として挙げられるがそれっきりで、これといった決定的な証拠もない。
ハルキゲニアは爪がカギムシと似た多重構造で、これを基にハルキゲニアをアンテナカンソポディアの次にカギムシの祖先に近いとする考えもあったが、確実性が低い。何故ならこの特徴は他の葉足動物での有無は不明であり、単にもっと原始的な葉足動物の名残の可能性が充分ある。
また、クマムシの祖先に近い葉足動物(C)についてもよくわかっていない。アイシェアイアやオニコディクティオンが候補として挙げられることがあるが、特に目立った共通点はなく極めて確実性が低い(強いて言えば尾を持たないお尻が共通)。