概要
古生代に生息した原始的な節足動物のグループの一つ、「ラディオドンタ目」に分類される古生物のこと。学名「Radiodonta」、別名「放射歯類」(ほうしゃしるい)。
一昔前では「アノマロカリス類」とも呼ばれてきたが、アノマロカリスだけでなく、ペイトイア、アンプレクトベルア、フルディアなどという、アノマロカリスでない種類をも含んだ多様なグループである(詳しい経緯は後述)。
ほとんどの種類は約5億年前のカンブリア紀に生息し、カンブリア紀を代表するほど有名なグループであるが、数百~千万年後のオルドビス紀(約4億8,000万年前)や1億年後デボン紀(約4億年前)に生息した種類もわずかに発見される。
3枚の甲皮と外骨格の関節に分かれた腕を頭部に、数多くの鰭と鰓を柔らかい胴部に持つため、現在の動物には見られない独特な風貌をしている。
体長は多くが30cmから50cmで、数cm以下種類がほとんどのカンブリア紀の古生物の中では飛び抜けて巨大である。
特徴
頭部
本群のアイコニックな特徴である1対の腕(正式には「前部付属肢」)を正面に持つ。硬い外骨格に覆われ、数多くの関節と棘がある。その構造は種類により様々で、食性や機能に応じて触手状(獲物を巻くように掴む)・ハサミ状(獲物を挟む)・熊手状(泥から餌を篩い分ける)・ブラシ状(プランクトンなどを濾過摂食する)など多岐にわたる。
1対の発達した複眼を持ち、ほとんどの場合は両背面の眼柄で突き出している。一部の種類は頭頂部に第三の目を備えている。
名前(ラテン語 Radius 放射 + odoús 歯 で Radiodonta 放射歯類)の通り、腹面の口は数十枚の歯で放射状に囲まれるのが普通である。これは菊花紋章のような形で、そのうち十字方向の4枚もしくは三角方向の3枚の歯が特に大きい。
ヘッドギアと似た3枚の甲皮がそれぞれ頭部の背面と左右を覆い被さる。その形は種類により様々で、小さなパット状のものがいれば、大きな甲羅に発達してたものもいる。
脳の構造は学説により1節と2節で意見が分かれるが、いずれにせよ今の節足動物(3節)より単調で原始的である。
胴部
胴部は十数ほどの体節に分れるが、柔らかくて外骨格を持たない。尾部に向けて次第細くなるが、前の数節は退化的で「首」となっている。
遊泳用の鰭は通常体節ごとに1対のみを持つ。この鰭を操る筋肉は発達で、コウイカやエイのように両筋の鰭を波打つして泳いでいたと考えられる。なお、背側が更に1対を持って鰭が体節ごとに背腹2対となる種類もいる。
歩くための脚を持たない。これは脚が退化したからではなく、元々脚だった部分が前述した腹面の鰭に変化した、という説が現時点最も有力視されている。(「脚のあるラディオドンタ類」として有名なパラペイトイアの旧復元像は、実は全く別系統のグループの残骸を誤ってラディオドンタ類の形に復元したものであり、当てにならない。)
各体節が櫛のような構造に覆われ、これは呼吸用の鰓だと考えられる。
尾部の構造は種類により様々で、扇子のような尾鰭・対になる長い尾毛・1本の棘・ただの丸い突起などが挙げられる。
腸の左右には丸い盲腸が並び、これで効率よく食物の栄養を消化・吸収できたと考えられる。
種類
ラディオドンタ類は多彩なグループであり、2023年現在、既に40ほどの種が知られている。
4つの科に分かれ、アノマロカリスを代表とする「アノマロカリス科」、ハサミ型の腕が特徴の「アンプレクトベルア科」、長いブラシ状の腕が特徴の「タミシオカリス科」、そして熊手状の腕が特徴の「フルディア科」が挙げられる。
以下は有名な種類(属)のみピックアップする。
アノマロカリス科
アノマロカリス Anomalocaris
体長最大約40cm、カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)、中国(澄江動物群)とオーストラリアから発見される。
言わずと知れた本群で最も有名な属。長大な腕、トライデント状の棘と扇子状の尾鰭を持つ。
アンプレクトベルア科
アンプレクトベルア Amplectobelua
体長最大約90cm、カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)、アメリカと中国(澄江動物群)から発見される。
鰭は横に長く、ハサミ型の腕と1対の尾毛を持つ。首の下には顎のような構造を持つ。
ライララパクス Lyrarapax
体長最大8cm(最小級のラディオドンタ類)、カンブリア紀に生息。中国(澄江動物群)のみから発見される。
ノコギリのあるハサミ型の腕と、アンプレクトベルアに似た長い鰭と尾毛を持つ。最初に発見された化石は脳の痕跡まで残されることで有名。
タミシオカリス科
タミシオカリス Tamisiocaris
体長おそらく30cm前後(体は不明)、カンブリア紀に生息。グリーンランド(シリウスパセット動物群)とアメリカから発見される。
ほぼ腕しか知られていないが、ブラシのようなのそれでプランクトンを濾過摂食したと考えられ、記載当時では「ラディオドンタ類=獰猛な捕食者」という従来の認識を覆した存在である。
フルディア科
ペイトイア(旧名:ラガニア)Peytoia(旧学名:Laggania)
体長最大30cm、カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)、アメリカと中国から発見される。
平たい楕円形の体と正方形の口を持つ。尾部は単調で何もない。
フルディア Hurdia
体長最大約30cm、カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)、アメリカ、中国とチェコから発見される。
寸胴な体型にしずく型の大きな甲皮を持つ。
シンダーハンネス Schinderhannes
(画像は旧復元)
体長最大10cm、デボン紀に生息。ドイツのみから発見される。
尖った1対の鰭と剣のような尾を持つ。唯一に知られるデボン紀のラディオドンタ類であり、知られる中で最後のラディオドンタ類でもある。
エーギロカシス Aegirocassis
体長最大2m(最大のラディオドンタ類)、オルドビス紀に生息。モロッコのみから発見される。
体長の半分を占める長大な甲皮と、多重の濾過装置に似た腕を持つ。タミシオカリスと同様プランクトン食であったとされる。
カンブロラスター Cambroraster
体長最大30cm、カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)と中国(澄江動物群など)から発見される。
カブトガニの甲羅に似た巨大な甲皮を持つ。機動性は他のラディオドンタ類より低く、海底の泥から餌を探すのが得意であったと考えられる。
ティタノコリス Titanokorys
体長おそらく50cm(体は不明)。カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)のみから発見される。
頭部の外骨格のみ知られ、形態・生態ともカンブロラスターに似ていると考えられるが、甲皮は前が三叉状で左右の棘が短い。
スタンレイカリス Stanleycaris
体長8cm、カンブリア紀に生息。カナダ(バージェス動物群)とアメリカから発見される。
上下とも棘だらけな短い腕と2対の尾毛を持つ。第三の目を持つことが最初に判明したラディオドンタ類である。
発見
1892年で最初に見つかったアノマロカリスの腕化石が甲殻類の腹部と誤解されることをはじめとして、様々なラディオドンタ類の腕・歯・胴体などのバーツは最初ではバラバラの状態で発掘され、当時はそれぞれが別の生物の化石として記載されていた(腕:コノハエビの「アノマロカリス」、歯:クラゲの「ペイトイア」、胴部:ナマコの「ラガニア」など)。ラディオドンタ類の全体像が明らかにされたのは1980年代の出来事であり、各部位に与えられた名も、うちいくつかそれを持つ各種のラディオドンタ類の正式名称として残された。
しかしこれで決定的になったとは言えず、特に初期の復元では、実は数種のラディオドンタ類の特徴を誤って1種に組み立てたキメラ復元であることが後に判明したケースも少なくない。アノマロカリスの腕とペイトイアの胴体が合体した最初期のアノマロカリスの復元や、長い間にアノマロカリスのものと誤解されたペイトイアとフルディアの歯が有名な例である。
従来、ラディオドンタ類はカンブリア紀特有の古生物と思われていたが、2010年代以降では、オルドビス紀のエーギロカシスとデボン紀のシンダーハンネスが発見されることにより、ラディオドンタ類は1億年以上まで存続し続けることが明らかになった。
系統分類
ラディオドンタ類は一見して現生のどの動物とも似ておらず、一時期では既存の動物群に分類不可能な「未詳化石」とも考えられた。しかし21世紀末以降では研究が飛躍的に進み、頭部の外骨格・腕の関節・複眼・鰓・盲腸などの特徴により、節足動物であることが強く示唆される。
それと同時に、ラディオドンタ類の胴部は外骨格を持たず、脳も今の節足動物より単調のため、頭部の外骨格や複眼、盲腸などを進化したが、3節の脳と胴部の外骨格をまだ揃っていない原始的な節足動物であることも示される。
同様にカンブリア紀に生息したオパビニア、ケリグマケラとパンブデルリオンはラディオドンタによく似ているが、外骨格が一切持たないためもっと原始的とされる。これらの原始的な節足動物は、恐蟹類としてまとめられる。
汎節足動物
┣━有爪動物の系統
┃ ┣━アンテナカンソポディアなど(葉足動物)
┃ ┗━有爪動物(カギムシ)
┣━緩歩動物の系統
┃ ┣━?(葉足動物)
┃ ┗━緩歩動物(クマムシ)
┗━節足動物の系統
┃
盲腸
┣━メガディクティオンなど(葉足動物)
複眼
┗┳━パンブデルリオン
┣━ケリグマケラ
鰓
┗┳━オパビニア
頭部の外骨格・関節
┗┳━ラディオドンタ類
胴部の外骨格・関節
3節の脳
┗━他の節足動物
「ラディオドンタ類」と「アノマロカリス類」と「アノマロカリス」
そもそも「アノマロカリス類」は正確にはアノマロカリス科を指す総称である。「ラディオドンタ類」が後付けの総称に見えるが、そうではなく、これはかつて(1996年から既に創設された)ラディオドンタ類というグループの全種が、そのうちのアノマロカリス科だけに分類されたため、当時ラディオドンタ類全般をアノマロカリス類と総称するのも間違いではなかった。
しかし2010年代中期以降では研究が進み、多くの種類は別科に値する程異なると判明して移行され、アノマロカリス科はアノマロカリスと特にそれに近い種類だけ残されるようになった。ただし前述の時期もあって、ラディオドンタ類は便宜上(広義の)アノマロカリス類としばらく呼び続けられていた。しかしこれはラディオドンタ類とアノマロカリス科の区別が付かず、紛らわしくなる。2010年代後期以降では「ラディオドンタ類」が普及し、「アノマロカリス類」も元(狭義)通りアノマロカリス科だけに使うように戻りつつある。
「アノマロカリス」が付く文面と(鳥=鳥類のように)「類」の有無で意味が変わらない総称の習慣的な使い方からか、アノマロカリス類(アノマロカリス科のみ、ラディオドンタ類全般かかわらず)を単に「アノマロカリス」と呼ばれることがしばしばあるが、これはイヌやネコを内包する食肉目動物を全部「ネコ」、サルや人間を内包する霊長類を全部「人間」と呼ぶほどの間違いである。
…とは言え、大半の人は「ラディオドンタ類」といきなり言われても何のことかサッパリな場合も珍しくないと思われるので、大雑把に「アノマロカリスに近い仲間」「アノマロカリスに近縁な種」ぐらいの認識でもそれほど間違いではないと言える。