概要
ペイトイアとは、古生代カンブリア紀に生息したラディオドンタ類の節足動物の種類(属)の一つ。アノマロカリスと並んで、最初に全身を復元されることで有名なラディオドンタ類である。
日本語での名前(片仮名転写)はとにかく表記揺れが多く、旧学名 Laggania からには「ラガニア」「ラグガニア」「ラーガニア」「ラッガニア」、今の学名 Peytoia からでも「ペイトイア」「ペユトイア」「ペトイア」が挙げられる。
カナダ、アメリカ、中国、ポーランドなど数多くの化石産地で見つかっているが、カナダのバージェス動物群に属する「ペイトイア・ナトルスティ(Peytoia nathorsti)」という種が一番よく知られている。
ラディオドンタ類の中ではフルディアやエーギロカシスなどと共に「フルディア科」に分類される。
形態
全身が平たく縦長い楕円形で、体長30cm程度の中型ラディオドンタ類(フルディアやカンブロラスターと同格、40cm位のアノマロカリスより小さい)。
頭部は体長の3分の1ほど大きく、他のラディオドンタ類と同様3枚の甲皮に覆われるが、腹面左右の2枚だけ顕著に見られ、背面の1枚はよく分かっていない。1対の複眼は頭部の両後方から突き出している(頭頂部に第三の目を持つという説もある)。
先頭1対の腕(前部付属肢)は頑丈な熊手のような形。5本のギザギザなブレードが下に伸びて、各節の縁辺部や先端にも棘が並んでいる。
(イラストは上がアノマロカリス、下左右がそれぞれペイトイアとフルディアの口元)
腕直後の口は菊花紋章のような形で、十字方向の4枚の歯が特に大きく、中央の口が正方形に開いている。アノマロカリスのような表面の粒々や、フルディアのような奥の多重構造は存在しない。
胴部はエーギロカシスと同様、体節ごとに背面全体を覆い被さった鰓と背腹2対の鰭を持つ。鰭のうち首の3対は頭部に覆われて目立たなく、残り腹面の11対はアノマロカリスと同じ程度に発達。お尻はただの丸い突起で、他のラディオドンタ類によく見られる特殊な尾部(尾鰭や尾毛)を持たない。
生態
のんびりとされる種類が多いフルディア科にしては機動性が高い部類と思われる。俊敏に海中を泳ぐアノマロカリスのような大きな鰭と、のんびりと海底を泳ぐフルディアなどのような寸胴体型を兼ね備えるため、両者の中間程度の機動性で海を泳いでいたと考えられる。
食性はフルディアと似た広食性(捕食から腐肉食)、腕のブレードで海底の泥からあらゆる生き物を篩い分けて餌にしたと考えられる。また、アノマロカリスより歯や口が大きく、フルディアより腕が器用で棘が多いため、これらのラディオドンタ類が食べなさそうな、比較的大きくて硬い動物をも捕食できたと考えられる。
発見史
本属の代表種「ペイトイア・ナトルスティ」の発見史はラディオドンタ類の中で一番錯綜したと言っても過言ではなく、特にアノマロカリスの発見史と複雑に絡み合っている。研究の進展に連れて、その名前も「アノマロカリス・ナトルスティ」「ラガニア・カンブリア」「ペイトイア・ナトルスティ」の間にゴロゴロ変わっていた。
「体がかつてバラバラに別生物とされ、後に一体の生物に復原した」という、一般に「アノマロカリスの発見史」として紹介された内容も、実際にはアノマロカリスではなく、ただ体のパーツが一時的にアノマロカリス由来と誤解されたせいで、アノマロカリスに持っていかれた本種の発見史である。
- 1910年代:体のパーツがバラバラで見つかり、口:クラゲの「ペイトイア・ナトルスティ」(以下ペイトイア)、胴体:ナマコの「ラガニア・カンブリア」(以下ラガニア)、腕:別の節足動物シドネイアの前脚という、全てが別生物と解釈された。
- 1970年代:「ペイトイア」は依然としてクラゲ、「ラガニア」は別種の海綿、腕は正体不明の巨大節足動物の脚と解釈された。
- 1980年代:前述したパーツを全て揃った全身化石が見つかり、ついに一体のラディオドンタ類として復元された。ただし本種はアノマロカリスの1種として分類され、「ペイトイア」と「ラガニア」もそれぞれアノマロカリスの口と胴体と解釈された。
- この頃の本種の名前は「アノマロカリス・ナトルスティ」。
- 1990年代:アノマロカリスの正しい胴体はスレンダー体型であり、寸胴な「ラガニア」ではない。これで本種はアノマロカリスの1種として看做されないため、アノマロカリスから区別されるようになった。
- この頃の本種の名前は「ラガニア・カンブリア」。
- 2010年代前期:アノマロカリスの正しい口は三放射構造であり、十字放射構造の「ペイトイア」ではない。これで元の「ペイトイア」も「ラガニア」も本種だけのものであることも判明。
- それ以降から本種の名前は「ペイトイア・ナトルスティ」。
- 2010年代後期:頭部の甲皮と背側の鰭が判明。
更に言うと、フルディアのバーツも本種と一緒に別生物(1910年代に腕がシドネイア、1970年代に腕が正体不明巨大節足動物、1980年代に胴体がアノマロカリス、2010年代前期に腕が本種)と混同されており、非常に紛らわしいことになっている。