サウスショアー線は、アメリカ合衆国に存在し、イリノイ州シカゴ市のランドルフ駅とインディアナ州のサウスベンド市にあるサウスベンド駅を結ぶ鉄道であり、現存するインターアーバン路線のひとつである。
現在の運行主体は北インディアナ通勤輸送公社(NICTD)である。
1927年当時のサウスショアー線路線図
路線の特徴
本路線は、かつて全米各地に展開されていたインターアーバン、すなわち路面電車による軽量規格の都市間鉄道の最後の生き残りといわれている。ほかにもフィラデルフィア近郊のノリスタウン線(フィラデルフィア・ウェスタン鉄道により敷設された鉄道、第三軌条かつ全線専用軌道の高規格路線、この路線はノリスタウンとアレンタウンを結んでいたリーハイ・バレー鉄道(Lehigh Valley Transit Company)の電化路線と連絡していたためインターアーバン扱いであった)もインターアーバンといわれているが、こちらは1951年に市内区間は廃止され郊外区間のみが残っているだけで、インターアーバンと呼ぶにはふさわしくないかもしれない。途中のミシガンシティー市内には併用軌道区間と路上の停留場が存在するなど、かつてのインターアーバンのイメージを多く残している。
現在のサウスショアー線の併用軌道区間の映像。
歴史
この路線は1903年シカゴ&インディアナ航空鉄道、後のシカゴ・レイクショアー&サウスベンド鉄道によって敷設され、1908年までには電化され開業した。当時は交流6600v電化(これは長距離路線の送電効率のため)だった。
1925年にこの会社は破綻し、サミュエル・インスルによって買収されて旅客および貨物営業を行うシカゴ・サウスショアー&サウスベンド鉄道となる。1926年には乗り入れを行っていたイリノイ・セントラル鉄道が電化されたためそれに合わせ当時の技術では扱いにくかった(モーターの制御が難しく、併用軌道内では送電が出来ないためそれに対応する必要があるため車両が重くなる)交流より直流1500vに変更し、また車両も更新する必要があったためそれまで木造車であったものを鋼製車を導入するなどの近代化がおこなわれる。
1930年には世界恐慌の影響がありサミュエル・インスルはこの鉄道を手放し新たなオーナーにより支配されたものの、この近代化によりこの路線は生き延びることになる。
第二次世界大戦後はモータリゼーションによって経営が悪化、1970年にはサウスベンド市内の併用軌道が廃止され、1976年には旅客営業の廃止を行う予定であった。
しかし、1970年代よりオイルショック(1973年の第四次中東戦争および1979年のイラン革命を引き金とした原油の供給逼迫および原油価格高騰、および経済的な混乱)の影響やモータリゼーション(自動車化、道路の整備および自動車の普及により大幅な影響が出ること)への反省(公共交通機関の縮小などによりドーナツ化現象や公共交通機関により成立していた都市スラム化などが発生したことを受けている)などによる公共交通機関の見直しにより、公的補助がおこなわれるようになったものの、すでにとき遅く1989年には運営会社が倒産し旅客営業を断念したため、公的補助を行っていた現在の運営主に運営が引き継がれ、1990年には路線が譲渡される(その他の路線はアナコスティア&パシフィック社が設立した同名会社に引き継がれた)。
その後1992年にはサウスベンドの終点が、サウスベンド空港に延長された。
車両
交流電化時代の車両
サウスショアー線の車両の特徴は、シカゴ都心へはイリノイセントラル鉄道(シカゴからミネソタやネブラスカなど西へ延びる路線およびシカゴからニューオリンズへの南向きの路線を所有していた鉄道会社、合併によりイリノイ・セントラル・ガルフ鉄道となった後、カナディアン・ナショナル鉄道に買収された)の近郊電車線に乗り入れるために、アメリカの一般的な鉄道に近いサイズをしているということがある。
初期の交流電化時代には、併用軌道区間は保安上の問題から直流電化にしなければならなかったために、交流モーターを使用した交直流電車を使用していた。また、当時はイリノイセントラル鉄道が非電化だったため、シカゴの都心へは付随車を蒸気列車に連結して対処していた。
直流電化後の車両
1920年代にイリノイセントラル鉄道の近郊区間が電車化されることになったため、サウスショアー線もそれに合わせて電化方式が直流1500vに変更された。
これに合わせて従来の電車はモーターを直流モーターに変更するなどの改造をおこなったほか、車体長60フィート鋼製車を導入して近代化を図った。
鋼製車は座席車のほかにも合造車(荷物車や郵便車などとの混合車両)、食堂車、パーラーカーなどが存在した。
1940年代には、車体長を延長する工事が一部の車両に行われた。
このほか、冷房化、固定窓化などの改造工事がおこなわれたため、サウスショアー線の鋼製車はバラエティーが非常に富んでいる。
このほか、1100号というインディアナ鉄道から導入された車両があり、事業用車として近年まで使用されていた。
現在の車両
1982年から日本車輌製のステンレス製電車が導入された。近年、サウスショアー線の利用者増により混雑が激しくなってきたことから、2009年には二階建て電車が導入され始めた。
機関車
交流電化時代には箱型の電気機関車が導入されていた。直流電化後の電気機関車は、凸型電気機関車の1010型、旧ニューヨーク・セントラル鉄道(アメリカ合衆国北東部で営業していた鉄道会社、1853年に10の鉄道会社が合併して誕生、1968年にペンシルバニア鉄道と合併しペン・セントラル鉄道となった後破綻)の機関車を改造した700型、ソビエト国鉄向けの電気機関車を転用した800型(愛称リトルジョー)などがある。なお、現在の貨物輸送はディーゼル機関車を使用している。
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