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三河島駅

みかわしまえき

東京都荒川区にあるJR常磐線の駅。
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概要

東京都荒川区西日暮里1丁目に位置する常磐線の停車駅。駅のすぐ隣は荒川3丁目と東日暮里3丁目。
高架線真下に直接駅舎が位置するという西日暮里駅に似た構造を持つ。駅名の由来は元々この地区周辺が三河島という場所だった事から。
ローカル駅でありながら、周辺は飲食店が充実しており、戦前に済州島からやってきた在日韓国人も多く移住している。実は新大久保よりもコリアンタウンの歴史が古い。

駅近くのガードレール下には自転車回収置き場があるため、自転車駐輪には非常に厳しい事で有名で、駅周辺を回収業社がひたすら監視している。ガードレール真下がやたら汚いのは元々ここが住居であり、室内の壁紙をはがした跡が残ってしまったためである。
基本南側の登録制駐輪場以外での駐輪は禁止だが、飲食店で何かを買う目的での駐輪は許可されている模様。これを利用して飲食店前に自転車を駐輪し何か食べ物を買う→そのまま常磐線を利用する者も少なくない。

京成本線に新三河島駅という似たような名前の駅があるが、距離は結構離れている。それどころかこの二つの線路は日暮里駅以外では一切交わる事がない。

なお、この駅から日暮里駅まで常磐貨物線を通した代償に、見事に尾久橋通りが干渉してしまったため、交差する線路の真下に歩行者用スロープを設ける事で無理矢理通路を通している。このため上下方向に尾久橋通りを横切るのがかなりめんどくさいことになってしまっている。
これだけならまだいいのだが、「自転車降りてください」と書かれた歩行者専用スロープをバカ正直に降りようとすると注意書きを無視して坂道を猛スピードで降りてきたチャリカスがそのまま弾丸のごとく歩行者に突っ込んでくるという光景が珍しくなくなっており、実質歩行者用スロープとは名ばかりにチャリカスに乗っ取られたチャリカス専用通路と化してしまっている。チャリカスが怖いなら京成本線沿いか、道灌山通りの踏切を渡る事推奨。

三河島事故

1962年5月3日、現在の荒川3丁目〜東日暮里3丁目間で発生した事故
元々は安全側線の停車をミスった貨物列車の脱線事故に過ぎなかったが、三河島駅から発車した電車列車2117Hがこれに衝突し脱線。その後逆方向から猛スピードで走ってきた2000H列車が脱線した2117H列車1両目と衝突し、非常用ドアコックを開け駅に戻ろうとした2117H列車の乗客を次々と跳ね、2000H列車1両目は木端微塵、2〜4両目以降は周辺の民家に転落し160名の死者とおよそ300名の負傷者を出したという戦後最悪の列車事故にまで膨れ上がった。当時の写真はググれば何件でも見れるが、ほぼスクラップ同然の形で破壊された2000H列車1両目の無様な姿は福知山線脱線事故の比ではなくトラウマものである。
現在でも鉄道ファンや当時の事件を知る団塊は三河島駅=三河島事故の印象を持つものは多く、地図から三河島の地名が消えた有力説と呼ばれるほどに悪名高い駅。霊感の強い人が駅周辺で幽霊を見たとの報告もあるとか。

この影響でJRの社員でも三河島駅の担当を避けたがる者がいたり、駅周辺、特に当時の事故現場だった荒川3丁目〜東日暮里3丁目間に住む事を避けるようになった日本人が続出するようになった。
それに目を付けたのが在日韓国人であり、日本人から不人気の駅周辺に韓国人が多く住み着くようになったというわけである。…そのため荒川3丁目〜東日暮里3丁目の治安が悪いのはいうまでもない。

また、国鉄がプロ野球球団運営をあきらめたきっかけのひとつでもあるうえ、漫才師の春日三球の最初の相方がこの事故の犠牲者のひとりになってしまった。
さらに、東映東京撮影所制作のテレビ映画(刑事ドラマ)「特捜最前線」でも取り上げられたことがある。これは、たまたま線路の上を歩いていてこの事故に巻き込まれた人物が作品制作当時身元がわかっていなかった(どころか2017年4月末時点でも身元不明のまま)ことから、その人の「正体」にスポットを当てたものだった。

隣の駅

常磐線

日暮里駅 - 三河島駅 - 南千住

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