概要
幼名は秀三郎。17歳の時に家督を継ぎ医者として僧体になり玄瑞と名乗る。のち久坂義助と称す。諱は通武、義助以外にも実甫などの通称があった。
吉田松陰とは幾度かの手紙のやり取りによって感銘をうけ、1857年に正式に松下村塾へ弟子入りした。
塾では高杉晋作と共に「村塾の双璧」などと呼ばれている。
英国公使館焼き討ちや、下関戦争を経て1864年、蛤御門の変にて自刃。享年25歳。
辞世の句は 「時鳥ホトトギス 血に鳴く声は有明の 月より他に知る人ぞなき」 。
短い生涯だったが、師にして義兄の松陰を始め桂小五郎、高杉晋作、西郷隆盛、坂本龍馬らからいずれも高い評価を受けている。
登場作品
ドラマ
『花燃ゆ』
演:東出昌大
漫画
ゲーム
CV:浪川大輔
CV:福山潤
余談
久坂の肖像画は総髪姿だが、17歳から24歳までは坊主頭であり「医者坊主」と呼ばれたりした。ただし1863年に大組士に任じられてからは髪を伸ばし髷を結っている。
また奇兵隊の前身となった、光明寺党を創設したりしている。
関連動画
久坂玄瑞の生涯