エルグランド王国には、とある有名な伯爵令嬢がいた。
その麗しい美貌で老若男女を虜にし、意のままに動かす。
逆らう者には容赦せず、完膚なきまでに叩き潰し、
己が楽しみたいがために多くの人間を不幸にしてきた。
美しくも冷酷、鋭い刺を持つ『氷の薔薇』――。
「えぇと、それ、誰の話?」
これは、やることなすことあさって解釈される伯爵令嬢が、
後宮という女の戦場で、四苦八苦のちなんとか幸せになろうとする、お話。
概要
既刊はそれぞれ、書籍版が8巻で完結、漫画版が2巻。
漫画版は担当者都合により2020年4月現在2巻で完結しているが、作者Twitterより新章スタートの通知が発表された。
舞台化されており、2016年9月28日~10月2日まで東京・サンモールスタジオにて劇団た組。番外公演として上演された。
「悪役令嬢」のタイトルを銘打っているが、「悪『役』の令嬢である主人公が活躍する作品」であり、所謂「乙女ゲームの世界に転生した主人公が悪役令嬢になってしまった」という「悪役令嬢もの」ではない。
後宮に焦点を当てた「女の戦い」がテーマの作品で、王国の政治や貴族の社交界といった「表」にも多大な影響を及ぼす、権謀術数の渦巻く後宮という「奥」を描いており、主人公らが事態の解決に奔走するシリアスなストーリーとなっている。また若くして国王となってしまった男性が名君へと成長していく過程を描いた作品でもある。
あらすじ
エルグランド王国クレスター伯爵家の長女ディアナ・クレスター伯爵令嬢は、国王の後宮で最上位とされる『紅薔薇の間』へと通される。しかしそれは「国王の世継ぎである子を産む」という側室としての役割を果たすものではなく、ともすれば国を割る内乱にも発展しかねない後宮内での争いを解決するためのものであった。
主要な登場人物
ネタバレ防止のため書籍版第1巻前後までの主要なキャラクターを紹介する。
クレスター伯爵家
エルグランド王国の貴族。爵位こそ「伯爵」であるがクレイスター伯爵家はその中でも最上位で、序列上位である「侯爵家」にも匹敵しうる名家。が、悪人そのものの顔つきをしている家系としても有名で『王国を裏から支配する、悪の帝王』と揶揄されており、その誤解は半ば公然の事実として国中に広まっているため、社交界での評判は最悪。
しかし真実は情報操作や諜報活動に優れ、陰ながら民のために尽くす「貴族の中の貴族」であり、たとえ下賤な身分の人間でさえ使い捨てにせずに一人の人間として手を差し伸べることから、裏社会の人間からは「最後にはクレスター家を頼れ」と言われるほど信頼されている。『闇』と呼ばれる隠密や戦闘術に特化した集団を持ち、必要であれば王宮内でさえ諜報活動を行う。
- ディアナ・クレスター
本作の主人公。クレスター伯爵家の長女。17歳。その美貌と悪役然とした見た目から『咲き誇る氷炎の薔薇姫』『毒婦』の悪名を持ち、後宮に入ってからは王妃に等しい最上級名付き側室『紅薔薇』の名で呼ばれる。
様々な分野に広く知識を持ち、洞察力や問題解決能力に優れた才女。貴族の義務として「国や民のために尽力する」ことを当然と考えており、責任感が非常に強い。助けを求める人間は放っておけないお人好しで、特に「命を助ける」ことに執着している。反面自分自身の幸せや命には関心が薄く、自己を犠牲にするきらいがある。
公ではいかにも悪『役』の令嬢として振舞うが、本性はとても貴族とは思えない程明るく快活で、自分が知らないものを調べずにはいられない、とても好奇心旺盛な性格。
ディアナの尽力により後宮内のパワーバランスは何とか保たれているものの、事あるごとに邪魔が入り、そのたびに頭を悩ませ胃を痛めることになる。
- デュアリス・クレスター
クレスター伯爵家の現当主でディアナの父親。エルグランド王国監察局資料保管室の室長。『極悪非道冷血人間顔』と評される。恐ろしい外見とは裏腹に温厚でお茶目な人柄で、普段はのほほんとしている。領民から敬愛され、裏社会にも顔が利く人格者。エルグランド王国内屈指の智慧者であり、その気になれば人心を掌握し人を操ることさえ可能な鬼謀の持ち主。
- エリザベス・クレスター
クレスター伯爵夫人でディアナの母親。嫁入りのためクレスター家で唯一悪人顔ではない。お淑やかで控えめな物腰をしており、男に庇護欲を抱かせるか弱げな風情を持つ美女だが、本性は肝っ玉母さんで、自らの容姿を利用して相手に近づき、その話術をもって相手の持つ情報を根こそぎ搾り取る天性の悪女。社交界での付き合いが苦手なデュアリスを支える良き妻である。
- エドワード・クレスター
クレスター伯爵嫡男でディアナの兄。22歳。『甘い香りで淑女を誘惑する美しき毒花』の二つ名を持つ。後宮で奮闘しているディアナのことを心配している。武術に天賦の才を持ち、過去には国王近衛騎士団団長に推薦されていた。サバサバとしていて素直で豪胆な性格だが諜報活動に長けており、ディアナとは違い敵対者を切り捨てることや「悪役」としての立場を活かすことにも抵抗はない。
- シリウス
クレスター伯爵家直属の隠密集団『闇』当代首領。後宮から外に出られないディアナに代わり情報収集や要注意人物の監視などを指揮する。
- リタ
ディアナ専属の侍女。19歳。ディアナのことを生涯唯一の主人と決め、非常に大切に思っている。普段は冷静沈着で物静かだが、ディアナのことになると我を忘れてしまい、たとえ相手がジューク国王であっても悪態をつくほど。ディアナにとっては従者の前に友人であり姉のような存在で、後宮内で気を抜いて話が出来る数少ない相手。暗器を用いる武術を会得しており、ディアナの有事には護衛も受け持つ。
エルグランド王国
先代の王が急死し王太子であるジュークが即位して間もない。旧来貴族と新興貴族の対立や、公金横領を始めとした政治腐敗や権力闘争など深刻な問題を抱えており、特に史上稀に見ないほど側室数の多い後宮での派閥争いはそのまま政治にも悪影響を及ぼしかねず、最悪の場合内乱が起きかねないほど緊迫した状況となっている。
- ジューク・ド・レイル・エルグランド
エルグランド王国国王。22歳。幼い頃から教師役を担っていた貴族らの思惑によって臣下からの進言を深く考えず、率直に物事を判断する思い込みの激しい性格になっており、ディアナと出会った当初も社交界の噂を信じて疑わず、クレスター家を「悪の総本山」、ディアナを「総本山から来た悪女」と思い込んでいた。素直で正義感も強く民のことを想う王としての素質を持つ人物であり、当初は思慮や経験の不足から周囲を引っ掻き回すものの、アルフォードらの説得や、心ある側室らからの進言や意見を受けて反省し、徐々に名君としての器を完成させていく。
シェイラを見初めるものの、当初は空回りして周囲を混乱させ、シェイラからも拒絶されてしまうが、王として、人間として成長をしていくことで、シェイラとの距離も少しずつ狭めていく。
- アルフォード・スウォン
スウォン伯爵次男で、国王近衛騎士団団長。26歳。エドワードとは友人。ジューク国王の思慮の無い言動に苦心しているが王としての素質も見抜いており、ジュークが名君になるようその身を懸けて導いている。リタとは昔恋仲だったが破局に終わった苦い経験があり、ジュークの恋に自身を重ね応援している。
- キース・ハイゼット
ハイゼット子爵家長男で、エルグランド王国三省下部機関『外宮室』室長補佐。25歳。自他共に認める仕事人間であり、冷静沈着でバリバリと書類の山を片付ける優秀な文官。
新国王の即位に伴い一部の人間が権力争いを始め職務放棄しているため、本来業務以外も受け持っており、実質的に現在の王国実務の中核となっている。ジューク国王については当初は何の期待もしていなかったが、君主としての才覚を見せてからは考えを改めている。
エルグランド王国後宮
側室らが生活する場所であり、身の回りの世話をする侍女や統括する女官といった女性だけが入室を許されている特別な場所で、側室らも特例を除き外に出ることを許されていない。側室の中でも高貴な身分の令嬢には「名付き」の部屋が与えられ、『紅薔薇』『牡丹』『睡蓮』『鈴蘭』『菫』の序列となっており、後宮内ではその部屋の名前がその側室の呼び名として定着している。約50名程と史上稀に見ないほどの側室がつめ、旧来貴族出身の側室と新興貴族出身の側室の間では派閥争いが発生しており、政治にも影響を及ぼすほど事態が深刻化している。
紅薔薇派
新興貴族の側室らが属する派閥。筆頭は『紅薔薇』ディアナ・クレスター伯爵令嬢。革新派とも呼ばれるが実情は『牡丹派』に対抗するための派閥であり、『牡丹派』の排除を目的とする過激派の数は少ない。
牡丹派
旧来の貴族の側室らが属する派閥。筆頭は『牡丹』リリアーヌ・ランドローズ侯爵令嬢。伝統的かつ保守的な「貴族らしい貴族の令嬢」らの集まりで、新興貴族に対して敵愾心を露わにしている。ディアナが後宮での序列最上位『紅薔薇』となるまで新興貴族出身の側室らに対し陰湿なイジメを繰り返していた。
- リリアーヌ・ランドローズ
エルグランド王国の歴代の宰相を輩出している名門貴族ランドローズ侯爵の令嬢。18歳。名付き側室『牡丹』。高慢で自信家、気に入らない人間をネチネチと虐めるなど絵に描いたような貴族令嬢。新興貴族のことを毛嫌いしており、後宮で最上位となったディアナに対しても敵愾心を露わにしている。
- カイ
裏稼業に従事する少年。『仔獅子』の通り名を持つ。18歳。裏社会に顔が利くクレスター伯爵家さえも素性を把握できていないフリーの隠密。『闇』にも匹敵する隠密能力を持ち、戦闘能力も高い。リリアーヌに雇われて、ディアナに諜報活動を仕掛けていたが、その間にディアナに興味を持ち、ディアナに協力するようになる。飄々として人を煙に巻く所があるものの明るく朗らかな性格で、相手がディアナであっても臆せず話ができる稀有な人物。
ディアナも彼と話をしているうちに素が出てしまい、家族や身内以外に打ち解けて話せる唯一の人物となっている。
- サーラ・マリス
マリス伯爵夫人。エルグランド王国後宮女官長。『牡丹派』よりの人物であり、その立場を活かして『紅薔薇派』筆頭であるディアナの足を引っ張ろうとする。
中立派
どの派閥にも所属しない側室。派閥争いには関与しないものの、後宮での争いが政治に悪影響を与えることを理解しているため敢えて静観を貫いている者や、立場が特殊すぎて派閥に属することが出来ない人物が該当する。
- シェイラ・カレルド
カレルド男爵令嬢。エルグランド王国後宮下位側室。16歳。お家騒動により両親は他界しており、現在の男爵の地位は叔父夫婦が引き継いだもの。叔父夫婦から虐待されていたため自己評価が低く、当初は弱気で儚げな風情だったものの芯は強く、周囲に支えられ励まされていくうちに、何事にも逃げずに立ち向かう堂々とした姿勢を見せるようになる。ディアナと初対面した際に外見から内実を判断せず普通に会話が出来た稀有な人物であり、感情や噂に惑わされない論理的な思考の持ち主でもある。ジューク国王に見初められ、その寵愛を受ける人物となるが中々受け入れられず、一時期は疎遠となってしまっていたが、周囲の応援や本人の改心から徐々に歩み寄り、その距離を縮めていく。
- ライア・ストレシア
ストレシア侯爵令嬢。名付き側室『睡蓮』。23歳。ヨランダと共に『社交界の花』の異名を持つ。現状の後宮の派閥争いを危惧しており、パワーバランスを保つためにディアナに協力している。皆を引っ張るリーダータイプの性格で、華やかな外見ながらジューク王子相手にも不敬な態度を取れる胆力のある女性。「飴と鞭」の鞭担当。
- ヨランダ・ユーストル
ユーストル侯爵令嬢。名付き側室『鈴蘭』。23歳。ライアと共に『社交界の花』の異名を持つ。ライアとは幼い頃から付き合いのある友人同士で、同様に現状の後宮の派閥争いを危惧していたため、ディアナと協力する。しとやかで優しげな風情の美人であり、どんな時も口調を荒げることなく穏やかに場を和ませる。ライアの言動にショックを受けていたジューク王子を優しく慰める。「飴と鞭」の飴担当。
- レティシア・キール
キール伯爵令嬢。名付き側室『菫』。17歳。商売の苦手な父親の助けになるため幼少の頃から勉強をした結果、父親どころか余人をはるかに凌ぐ天賦の商才を開花させ、領地運営を軌道に乗せた。反面貴族的な社交性はあまりなく、それ故に中立を保っていたが、ディアナの要請に応じ協力する。キール領の特産品である茶葉の話題や、領地運営に関する経済の話をするときは饒舌になり、ジューク王子が部屋に来た時には政治経済について討論しそうになったほど。