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狂鬼人間

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きょうきにんげん

円谷プロ特撮番組「怪奇大作戦」の第24話のサブタイトル。 1969年(昭和44年)2月23日放送。

概要

特撮番組『怪奇大作戦』において、ある意味一番有名なエピソード。

あまりに題材が危険すぎたために封印作品欠番)となっており、DVDにも収録されていない。作中では幾度となく「気○い」などの放送禁止用語が連発されるため、ビデオ(ベータマックス)やLDには収録されたが、1995年に全話収録予定だったLDボックスが発売当日に回収となって以降は欠番となり、情報さえほとんど世に出ない状況にある。

あらすじ

ある夜、狂った笑みを浮かべた女・ユキ子が殺人を犯した。彼女は逮捕されたものの重度の精神異常者であったため、刑法第39条第1項の「心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス」(現在の刑法では「心神喪失者の行為は、罰しない」)という規定により不起訴処分にされ、しかもわずか2ヶ月で精神状態が回復して精神病院を退院してしまう。さらに別の精神異常者による同様の犯行が多発したが、やはり彼らもすぐに自由の身になってしまった。

一連の事件を不審に思った警察とSRI(科学捜査研究所)は捜査を開始。退院したユキ子が洋装店店主の美川冴子に何かを懇願していた事を突き止める。まもなく彼女は再犯を犯したが、今回は精神鑑定で正常と判断され、殺人罪で起訴されることになった。SRIはユキ子に司法取引をチラつかせて冴子の情報を聞き出そうと試みる。

冴子の正体は「狂わせ屋」だった。彼女は強い恨みを抱く者の前に現れ、「私が手を貸せばあなたを無罪に出来る」という謳い文句で復讐を承諾させると、「脳波変調器」という機械を使って精神を狂わせているという。ユキ子は脳波変調器を使って自分を捨てた元恋人を殺害したが、彼の浮気相手を殺せておらず、冴子に二度目の協力を断られたので素面のまま再犯を犯したのだ。

ユキ子の証言を確かめるためにSRIは一芝居を打ち、所員の牧史朗が野村洋の起こした交通事故で恋人を殺されたという事件を捏造する事で冴子との接触を試みる。

狙い通り冴子は牧の前に姿を現し、復讐を持ちかけると同時に自らの素性を語り始める。かつて、彼女とその夫は脳波の研究を行う科学者だった。彼らは幸せな家庭を築いていたが、突如として精神異常者に家を襲撃され、夫も子供も殺されてしまった。冴子は犯人に復讐することが出来ず、代わりに精神異常者を裁かない社会に対する復讐を志したのだという。

牧は殺人を実行するふりをして証拠となる脳波変調器を確保しようと試みる。しかし、冴子は牧の正体に気付き、彼を脳波変調器にかけたうえで実弾を装填した拳銃を渡してしまう。完全に発狂した牧は銀座の街で拳銃を乱射しながら野村を襲撃し、すんでのところで警官に取り押さえられた。一方、冴子は尾行していた的矢所長に追い詰められるが、一瞬の隙を突いて自らに最大出力の脳波変調器を使用してしまう。

事件解決後、牧は無事に回復してSRIへ復帰した。脳波変調器の事を「完全犯罪製造機」と評した的矢は「日本のように精神異常者が野放しになっている国はないんだ。政府ももっと考えてくれないとね」と事件を総括する。一方、脳に急激なショックを受けた冴子は一生回復する事の無い錯乱状態に陥り、精神病院へ入院していた。虚ろな表情で窓の外を見上げながら童謡「七つの子」を口ずさむ彼女は、歌詞が「可愛い七つの子があるからよ」のところに差し掛かると共に絶叫した……

本作と現実の刑法39条の違い

本作では機械による精神異常を利用して39条の盲点をついた完全犯罪が行われている。

しかし、現実的には自らの意思で心神喪失に陥ってから罪を犯した場合は「目的において自由な意志」が存在するため、「自らの意思で心神喪失に陥った」ことを証明できたら、刑法39条の規定は適用されず、即有罪となる(でなければ犯行前に酒を呑み、後は「酔っていたので覚えてない」と言うだけで全て無罪になってしまう)。

ましてや、本作の事案のように裁判終了後に即健常者に戻っていれば、無罪判決を勝ち取るのはもはや不可能になる。作中では描かれていないが、脳波変調器の存在が明らかになった以上、冒頭で不起訴となった殺人者たちも後に改めて起訴され、有罪となったことは想像に難くない(不起訴処処分が下った場合でも、検察審査会の審査にかけられ「不起訴不当」と議決した場合は、起訴される)。

結局、これだけの命を奪ってしまえば最後は自ら責任を負うことを残りの人生すべてと引き換えに放り出すか、おとなしく縛り首になるかのどちらかしかない。人を殺すとはそういうことなのだ。

ではなぜ39条は心神喪失者を罰しない、あるいは減刑するのか?

最初に書いておくが、刑罰というものは被害者感情に起因する報復行為ではない。それは西部劇マフィアの世界の話であり、現代日本において他人の法益を侵害した人間が自己の自由や財産を剥奪されるのは、「自分自身の所有するそういった法益(牢屋に閉じ込められず、金も奪われないということ)を護る自由」を自ら率先して放棄したからのしかかってくるわけである。だから罪を犯すということは、たとえそれがどんな大義名分があろうが自らを苦しめる行為に他ならないというわけだ。

で、話を元に戻すと、幼い子供や「そういう人」は「自己の法益を護るという行為」が存在すること自体全く分かっていないので、結果として「罪を犯さない自由」を選べない。これが「責任能力の有無」といわれる問題だ。

例えば、みんなが何らかの方法で異国に辿り着いて、たまたまミミズを踏んで殺してしまったとしよう。そこでその国の住民にみんなが捕えられ、「我らの国の聖獣であるミミズ様を殺した貴様は死刑だ」などと言われたとする。その時みんなはどう反論する?

…人の命と虫の命を比べてはいけないことくらいは、誰でも分かるだろう。だが、みんなは「ミミズを殺す」という行為が全く悪い事だともいいことだとも思っていない。そこに責任能力が生じるか? 罰を下していいものか?

39条とは、単に責任能力のない者を野放しにして被害者を泣き寝入りさせるという目的で制定された条文ではない。まして差別を正当化する法律なんぞでは断じてない。刑法という概念の最も根幹に当たる問題を抉り出しているのが39条に他ならないのだ。

なぜ公式に言及されないのか

作品内では、「精神異常者=社会に害をなす危険な怪物」と描写され、人権を享有する人間とみなされていない。そのため、精神異常者は社会から排除・隔離すべきものとされ、終盤の的矢所長の「日本のように精神異常者が野放しになっている国はないんだ。政府ももっと考えてくれないとね」という発言へと収斂していく。

現在の人権感覚ではかなり危うい作品に見えるが、制作・放送された1969年当時の一般的感覚はこのようなものであった(よって、本作品の制作者たちが特に差別的な考え方の持ち主であったわけではない)。1964年に発生した「ライシャワー駐日米大使刺傷事件」(駐日アメリカ大使が、精神異常の少年にナイフで刺され負傷した事件)が大きな問題となり、精神異常者を隔離するという観点から法律(精神衛生法)が改正されている。「精神異常者は危険な存在であり、排除・隔離すべきだ」という方向に社会が動いていたのだ。

封印に至る経緯は、多くの点で『ウルトラセブン』第12話「遊星より愛をこめて」と対照的だ。第12話は、放送から3年後の1970年に封印された。被爆者団体の抗議から円谷プロの封印の決定までは報道され記録に残っている。家庭用ビデオデッキが普及するはるか以前に封印されたため、本放送・再放送の録画やVHS・LDの販売は当然不可能であった。その後はマニア向けの上映会や、同じくマニア間で流通していたビデオを入手する以外に視聴する手段がなかった。映像は封印されたものの、円谷プロ公式の書籍で明確に、あるいはほのめかす程度で取り上げられることもある。

一方、「狂鬼人間」は放送から26年後の1995年に封印された。直接には、某団体からの円谷プロや満田かずほ監督への強硬な抗議が原因でLDボックスの回収→封印へ至ったとされる(安藤健二(2004)『封印作品の謎』太田出版)。だが、その経過については一切公表されていない。それまでは再放送やVHS・LDの販売が正規に行われており比較的容易に視聴できたが、映像の封印後は円谷プロ公式の書籍でも言及されていない。「第24話は欠番となっています」の注意書きのみで、サブタイトルさえ記載されないなど、その徹底した秘匿措置は、第12話をはるかに上回ると言ってよい。

なぜ円谷プロは「狂鬼人間」に対して徹底した秘匿措置をとっているのか。それは、作品の内容に大きな弱みを抱えているためと思われる。「遊星より愛をこめて」が封印された原因は、「被爆者を怪獣扱いしている」という抗議を受けたためであった。これが誤解であることは明らかだが、当時の事情から円谷プロは作品を封印せざるを得なかった。しかし、「被爆者を怪物として扱うような差別的な内容ではない」と判断し、映像は公開できなくとも書籍上での言及は続けているものと思われる。一方、「狂鬼人間」は「精神異常者を怪物扱いしている」という批判を避けることができない。前者は内容それ自体には弱みがないが、後者は内容それ自体に問題を抱えている。同じ封印作品であっても、言及がより困難になるのは必然だ。

「狂鬼人間」の封印が将来に解除される可能性はもはや望めない(円谷プロにとって、強い批判を受けてまで「狂鬼人間」を復活させる利点が特にない)。過去に販売された正規品が存在する以上、合法的な視聴が不可能になることはない点で、他の多くの映像系封印作品と比して恵まれているといえる。

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