概要
空想科学読本を出版している空想科学研究所の客員研究員・盛田栄一による、漫画やアニメ・特撮番組などで学ぶ法律指南書。念のために書いておくが、柳田理科雄は一部の科学検証を除き一切かかわっていません。
本作は「空想科学読本」とは違い、徹底して文系の目線で書かれているため、「こんなことできるわけないじゃん」などといった結論ではなく、「作中で行われている無謀な行為について法律的観点で見たらこんなことになります、だから皆さんマネしないでね」といった文体を取っている。
実質的には「考察」をメインに据えた「空想科学読本」とは異なり、「法律の解説」をメインにしているフシがある(第2巻の『ウルトラマンダイナ シナリオライター外患援助事件』など)。従って、あくまで「法律を楽しく学ぶ本」として読むことを推奨する。
最近は空想科学図書館通信にて隔週配信されており、1.2巻は描き下ろし、3巻以降は読者からの質問に答えるパターンになっている。
また、近年では実際に起きた事件を検証することもある。
イラストは『空想科学読本』同様に近藤ゆたかが担当しているが、こちらはモノクロのままである。
宝島社から発売されている『空想科学裁判』(円道祥之)は同じコンセプトの別書なので注意。こちらのほうが発売が先なので「空想法律読本」のパクリではない。ただし「空想科学読本」よりは後である。
本作における解釈
当然ながら現行法は「人間以外の知的な行動主体」の存在をまったく想定しておらず、彼らの法的地位については一切規定されていない。フィクションに登場するこうした存在については以下のように解釈している。
- ウルトラマンなどの高い知性を持った「異星出身の知的生物」に関しては、一律「人間(外国人)」と見なし、人権を保障する。ただし税関を通らなければ密入国者扱い。
- 地球征服のために国内で犯罪行為を行った場合は、「内乱罪」という極めて重い罪(刑罰が死刑と無期懲役のみ)が適用される。余りにやり過ぎてしまうとジェノサイド条約も適用される。
- 人間に匹敵する知能が無い怪物・怪獣・地球外生命体の類は、元が人間でない場合には一律単なる動物として扱う。
- ゾンビは死亡届が出された場合は器物とする。ただし、死亡直後に生き帰った場合に関しては酔っ払いなどの心神喪失者と同じ扱いとする。
- 機械はどれだけ進化しても機械=器物扱いであり、人権は保障されない。ロボットによる被害はそのロボットの所有者もしくは製造元が責任を負う。
現行法を前提とする本書では、「当該の作品世界で、こうした人外の法的地位を定義するためにどのような法整備が進められているか」という考察は関心の外である。
ほか、現実世界と異なる作品世界の事情についても以下の通りである。
- 脳改造を受けていても脳死になっていなければ、サイボーグは改造される前の人間と一切変わらない法的保障を受ける。脳さえ生きていれば人権は認められる(ジャミラやショッカー怪人、脳しか残っていないハカイダーでも人間として扱う)。
- マインドコントロールを受けて罪を犯した者は、責任能力を持たないため刑法39条が適用される。よって、マインドコントロールを受けた者による犯罪は、マインドコントロールを行った者が全責任を負う。ただし目的において自由な意志があった場合(例:自ら薬を服用する、自ら進んで悪の組織に入って改造される、反動で意識を失うリスクを知っていてその能力を行使するなど)は含まない。
- 日本人が空を飛んで勝手に出国した場合には出入国管理法違反だが、入国する場合には漂流者が流れ着いたのと同じで罪には問われない(航空法には引っかかる)。
- 精神体が法律の客体(要は日本国民)と融合・憑依した場合には、宇宙人・異世界人など本作の定義における外国人であっても日本人と同じ責任を負う。
- 軍事組織は、一律自衛隊と同様に扱う。
扱われた作品とその事件の例
以下、()内は法学的な見地から見たテーマ
1巻
- 『帰ってきたウルトラマン』メイツ星人惨殺事件(法の対象)
- 『仮面ライダー』改造人間私闘傷害致死事件(正当防衛と過剰防衛)
- 『人造人間キカイダー』キカイダー器物損壊・暴行事件(民法上の責任者)
- 『ウルトラマン』竜が森小型ビートル撃墜事故裁判(損害賠償)
- 『ウルトラマン』戦闘時建造物倒壊事件(緊急避難)
- 『ウルトラマン』ジャミラ放水殺人事件(因果関係)
- 『ジャイアントロボ』ジャイアントロボ窃盗事件(窃盗罪)
- 『エイトマン』エイトマンスピード違反問題(道路交通法)
- 『モスラ』小美人モスラ災害誘発事件(災害と因果関係)
- 『マジンガーZ』光子力研究所スーパーロボット不法所有事件(相続)
- 『仮面ライダー』少年ライダー隊違法就労問題(未成年の就労)
2巻
- 『仮面ライダークウガ』警視庁民間人拳銃貸与事件(警察官の捜査における民間人の関与の限界)
- 『ウルトラマンレオ』L77星戦争難民密入国事件(亡命)
- 『ウルトラセブン』セブン過労死事件(労働基準法)
- 『ウルトラマン』怪獣死体不法投棄事件(廃棄物の取り扱い)
- 『ドラえもん』ガキ大将リサイタルチケット強制販売事件(予見可能性)
- 『ウルトラマンダイナ』侵略の脚本事件(外患罪)
- 『仮面ライダー』ナチス財宝盗掘事件(埋蔵物の所有権)
- 『ウルトラマン』ザラブ星人名誉損害事件(名誉棄損、併合罪)
- 『仮面ライダー』ショッカー怪人密入国事件(出入国管理法)
- 『人造人間キカイダー』光明寺ミツコ指名手配犯隠匿事件(犯人蔵匿並びに証拠隠滅に関する罪)
- 『ウルトラマンレオ』異星人民間人殺傷事件(公務員の失態と責任)
- 『恐怖新聞』恐怖新聞社強制購読殺人事件(自由権の侵害)
- 『怪奇大作戦』狂鬼人間連続殺人事件(責任能力)
3巻
- 『名探偵コナン』少年探偵強制催眠成りすまし事件(暴行罪の成立要件)
- 『けいおん!』桜ヶ丘高校軽音部楽器強制値引き事件(財産に関する罪)
- 『ケロロ軍曹』ケロロ小隊地下違法改造事件(土地の所有権)
- 『侵略!イカ娘』深海人無賃金強制労働問題(自力救済の禁止)
- 『ルパン三世』銭形警部拳銃乱射事件(警察官の発砲)
- 『仮面ライダーアギト』仮面ライダーG3過剰発砲事件(警察官の発砲並びに緊急避難の限界)
- 『金田一少年の事件簿』金田一少年の殺人(住居侵入罪)
- 『愛の戦士レインボーマン』レインボーマン密入国事件(出入国管理法)
- 『宇宙兄弟』ミラクルカー社就活妨害事件(名誉棄損罪)
- 『ハヤテのごとく!』綾崎ハヤテ借金返済問題(相続放棄)
- 『救急戦隊ゴーゴーファイブ』活動停止命令事件
- 『MAJOR』海堂学園高校野球部過失傷害事件(共犯と教唆犯)
- 『名探偵コナン』赤鬼村火祭殺人事件(証明力と証拠能力)
- 『DEATHNOTE』デスノート連続殺人裁判(不能犯と立証)
赤
- サンタクロース住居侵入事件(正当行為)
- 『遊戯王』カードゲーム決闘殺人事件(決闘罪)
- 『機動戦士ガンダム』民間人モビルスーツ無許可操縦戦闘事件(自衛隊法)
- 『ハピネスチャージプリキュア』女子中学生警察官成りすまし事件(公務員への成りすまし行為に関する罪)
- 『サーバント×サービス』命名権乱用事件(戸籍法における改名)
- 『逆転裁判』女性検事法廷武器持込み事件(法廷における司法関係者の権限)
- 『ソードアート・オンライン』SAO殺人事件(仮想現実における司法)
- 『アカギ』吸血麻雀事件(賭博罪)
- 『キングオブコント2012』さらば青春の光超高額飲食代金請求事件(公序良俗による契約の無効)
- 『神様はじめました』ホームレス高校生扶養義務違反事件(未成年者扶養義務)
青
- 『黒子のバスケ』自転車牽引車両乗車事件(道路交通法)
- 『デュラララ!!』平和島静雄道路標識損壊事件(自動車事故における錯誤の問題)
- 『ノラガミ』視認不可能落書き事件(建造物損壊罪)
- 『ドラゴンボール』魔人ブウ釣り銭返却拒否事件(釣り銭の取り扱い)
- 『頭文字D』藤原豆腐店連続無免許運転事件(公訴時効)
- 『魔法少女まどか☆マギカ』魔法少女禁制品窃盗事件(禁制品に関する窃盗)
- 『賭博黙示録カイジ』超多額金利貸付事件(公序良俗と不法利得返還義務)
- 『半沢直樹』銀行員土下座強要事件(強要罪)
- 『絶体絶命でんぢゃらすじーさん』小学生学習権侵害事件
- 『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』スタンド使い拾得物横領事件(占有離脱物横領罪)
その作品に目を通したことがわかる方であれば、事件の名を見ただけで笑える人は笑えるであろう。
注意すべき点
「フィクション作品のキャラの行為を現行法によって裁く」というコンセプトの本なので、当該の作品世界では法制度が現行のものと異なるという可能性は基本的に想定していない。
- 一応、実在しない法律に対しては「このようは法律は作中にしかない」と注釈で記載した事はある。
例えば、22世紀が舞台の『機動戦士ガンダム』や、23世紀が舞台の『宇宙戦艦ヤマト』、動物が人権を有している『ドラゴンボール』などであっても、基本的には現行の法律条文を適用している。現代が舞台の作品であっても、その世界の法制度が現行とは異なっており、現行法に照らせば違法と本書で判定される行為も、作品世界内では適法である可能性もある。
まして、例えば『北斗の拳』の世界の中では法律論を云々する意義は皆無であろう。
- ただし、類似作『空想科学裁判』では前述の「不能犯」を解説する為にこの作品が用いられた。
そういう意味でも、安易に本書の流儀を持ち出してフィクション作品のキャラの行為を合法、違法と云々することは荒れの元にもなるので、相手と話題を共有できることが明らかな状況でない限り避けた方が順当である。
余談
第2巻では旧版と新装版で改定が行われており、新装版では「一条薫刑事は仮面ライダークウガに拳銃を貸し与えていいのか」及び「『罪に濡れたふたり』で母親が主人公姉弟の近親恋愛を妨害していたがあれこそ罪に濡れてないのか」という2章がカットされている。