概要
太平洋戦争中の1942年1月に海軍横須賀鎮守府第一特別陸戦隊が、翌2月に陸軍第一挺身団によりそれぞれ初めての空挺作戦が行われ、現地住民の「空から神の兵隊がやってきて自分たちを助ける」という伝承に因んだ。
帝国陸軍挺進連隊(空挺部隊)とその兵士たちの愛称となり、軍歌としてレコード化した。
また1942年には日本映画社製作の記録映画『空の神兵』も製作されている。
現在でも陸上自衛隊第1空挺団に事実上の隊歌として使用されており、公開演習時に演奏または音楽で流される。
軍歌『空の神兵』
作詞:梅木三郎
作曲:高木東六
映画の公開に先立ち、昭和17年(1942年)4月、ビクターレコードより発売された。
当初は、
(いずれも日本ビクターの後身であるJVCケンウッドよりYouTubeで公開されている)
開始早々、鉄琴楽器の一種であるグロッケンシュピールが「キンコンカンコン」と甲高く鳴り渡る。それまでの勇ましくもどことなく儚い軍歌とは一線を画す、明るい曲調が終始続く。
それもそのはず、作曲者の高木東六は演歌や軍歌は暗いため、嫌いと公言して憚らない人物であった。そんな彼が得意とするシャンソンやワルツにも似た明るい曲調が特徴の一つ。
また、梅木三郎による詞も藍より蒼き大空にや真白き薔薇の花模様などと、色彩表現に富んだ華やかなものとなっている。これらの点が『空の神兵』の魅力ともいえよう。
なお、高木東六は「軍歌はイヤイヤ作っていたが、梅木先生の詞を読んだ瞬間、頭の中にイメージが浮かびました。僕の代表作の一つです」と、雑誌「諸君!」での久世光彦との対談にて明かしたことがある。
陸上自衛隊第1空挺団での使用
先述のように、我が国唯一の空挺部隊である陸上自衛隊第1空挺団では、年頭の「降下訓練始め」や各地の駐屯地祭りや自衛隊イベントでの空挺降下実演時に、歌唱入りの『空の神兵』(東京フィルハーモニックコーラス盤)が流されることがある。
空挺団長(兼習志野駐屯地司令)の机上に『空の神兵』の歌詞カードが置かれていたこともあるようだ。
(池上彰氏のTV番組にて取り上げられていたが、歴代通してか否かは不明。)
というのも、第1空挺団の発足当時、中心となった20名の研究生は、大戦末期に旧帝国陸軍の挺進部隊にて訓練を受けていた隊員らであった。
以後第1空挺団は、旧陸軍挺進部隊の後継として、盛況さや精鋭さなどのよい伝統を受け継ぐべく団のテーマソングとして『空の神兵』を伝統的に唄い続けている。
映画『空の神兵』
空の神兵のレコード発売に遅れること数ヶ月、昭和17年(1942年)9月に国威発揚を目的とした国策映画として公開された。
配給:日本映画社
監督・脚本:渡辺義美
陸軍航空本部監修の映画であり、登場する九七式輸送機を始め九九式短小銃、九四式拳銃などの火器、さらに九四式三十七粍砲などの火砲に至るまで実物を使用している。
〈あらすじ〉
陸軍空挺部隊(挺進部隊)に志願し、念願かなって配属された新隊員(新兵)たちが、数々の訓練を通じ、一人前の隊員(神兵)へと成長する物語である。
主題歌として軍歌『空の神兵』が用いられ、作中のBGMとなっている。
2004年には日本映画新社からDVDが発売された。
関連タグ
加藤隼戦闘隊:1944年公開の映画版では1942年2月のパレンバン降下作戦が描写されている。
アニメンタリー決断:第10話「海軍落下傘部隊」の主題。