概要
1962(昭和37)年〈週刊朝日〉に一年間予定で連載されるも完結せず、約500枚加筆した上で翌年朝日新聞社から単行本として初刊行。
作者水上勉の代表作筆頭に挙げられることも多い(が、この作品での文学賞受賞歴は何故か無い)。
昭和29(1954)年の台風15号が起こした2大災害、青函連絡船洞爺丸沈没事故と北海道岩内町大火をモチーフに、作中設定を戦後間もない昭和22年に変更され創作された。敗戦後の混乱に翻弄され明日の全く見えない貧困に喘ぎ苦悩苦慮する、特に生まれつき恵まれない境遇の真面目な善人ほど馬鹿をみることになる日本国民の悲哀がメインテーマで、事件を起こした側も追う側もそれに関与する者達もそのほぼ大半が悲劇の被害者だといってもいいやるせなさ大炸裂な作品。
松本清張の『点と線』に影響を受けて推理小説を書き始めた水上らしく、北海道・青森・東京・舞鶴と日本各地を股にかけるスケールの大きさと、その各地でそれぞれ地道な捜査にあたる非天才型警察官達が決して目立たず華々しくない活躍をする「ザ・社会派推理小説」である。
あらすじ
昭和22年9月20日、津軽海峡を襲った台風の影響で起きた青函連絡船層雲丸沈没事故は532名の犠牲者を出す大惨事となったが、何故か乗船者数から生存者数を引いた数よりも見つかった死体数の方が2体多かった。その同日朝に発生した北海道岩幌町の三分の二を焼き尽くした大火、それは町の南海岸にあった質店に泥棒が入って店主一家を殺害、放火した炎が同じ台風に煽られ延焼したものだった。
事件捜査にあたった函館・岩幌・札幌署それぞれの刑事達は、岩幌町で犯行をおこなった三人組が逃走途中に仲間割れし一人が二名(網走刑務所を出所したばかりの木島忠吉と沼田八郎)を殺し、偽装のためその死体を連絡船事故犠牲者の遺体の中に紛れ込ませた――と推察するが、残る「犬飼多吉」と宿帳記名をのこした謎の大柄で関西訛言葉の男の正体と行方は杳としてつかめなかった。
下北の貧漁村出身の酌婦、八重は一晩世話をした犬飼を名乗る男から「闇商売で稼いだ」という6万8千円(註:公務員平均月給が約3千5百円、闇市屋台のスイトン一杯7円な時代の)を礼として受け取る。その犬飼を追ってきた刑事達に八重は追及を受けるが、彼への情と、ようやく手にしたこの大金を手放したくない思いからとぼけ通し、今よりもっとまともな生活を求めて東京へと出る。
こうして容疑者犬飼の足取りはそれきり途絶え、事件は一旦迷宮入りするが‥‥。
主要登場人物
犬飼多吉
岩幌町質屋強盗殺人放火事件の犯人(の一人)と目された男。身長6尺(約180センチ)弱と、この時代では際だって目立つ大柄な体格。
木島忠吉
沼田八郎
網走刑務所を出所したばかりの、犯人三人組のあと二人。層雲丸事故の犠牲者に混じって死体で発見。
杉戸八重
本作のヒロイン。逃亡途中の犬飼を青森で世話した後、そこで得た大金を手に上京するが‥‥。
葛城時子
八重の下北時代の酌婦仲間。一足先に東京に出て、進駐軍相手のナニを生業としている。
本島進市
八重が東京で勤めた店「梨花」の主人。この人物のある記憶が後に‥‥。
弓坂吉太郎
函館署警部補。事件発生当時48歳。剣道の達人でしゃくれ顎顔。年老いて警察を退職し剣道場主になってからも、この事件の真相究明に執念を見せる。
田島清之助
岩幌署巡査部長。同町で起きた質屋強盗殺人放火事件を捜査する。町では人望が厚い。
巣本虎次郎
網走刑務所看守部長。出所者の木島と沼田に関連して事件捜査に関与。今回の一件で出獄者のその後の更生制度不備を思い知らされる。
宮越
札幌署主任警部補。札幌での捜査責任者。横柄で気短な性格。
小泉龍男
弓坂の剣道恩師小泉七郎の息子で、警視庁巡査部長→警部補。弓坂らの東京での捜査に協力する。
味村時雄
舞鶴東署警部補。年齢38だが、額の禿げあがったテカテカ頭。
ちなみに65年映画版で演じたのは、原作キャラ設定とは大違いの高倉健。
樽見京一郎
舞鶴の樽見食品工業株式会社社長。事件後しばらく経ってから、3千万円を刑余者更生事業にポンと寄付した篤志家。
樽見敏子
その妻。
竹中誠一
樽見の書生。
映像化
過去幾度も映画・TVドラマ・舞台化されているが、特に名高いのが当時の映画賞を数多く獲得するなどヒットした内田吐夢監督、三國連太郎主演の1965年東映映画。
だがこの作品、当時の東映の内幕ドタバタもあって制作事情に関する面白(といってもいいのかどうかな)逸話が盛り沢山すぎることでも有名。ここには到底書ききれないので、Wikipediaの同項目を是非参照されたし。
関連タグ
虚無への供物:中井英夫作のミステリ小説で、いわゆる日本三大奇書のひとつ。同じ洞爺丸事故がキッカケとなって生み出されたが、書いた人間が違うとこうも異なるのか‥‥な作品。