概要
自由惑星同盟が実行した同盟の歴史のみならず、銀河の歴史に残る空前絶後の壮挙
等ではなく、最低にして最悪の愚挙の一つ。
『帝国領侵攻作戦』というのが公式名称ではあるものの、当事者やその結果と実態を知る者からは総じてその大惨事の最終舞台である宙域から『アムリッツァの愚行』、もしくは恒星の名前の『アムリッツァ』と呼ばれている。
愚行の発端
銀河帝国と自由惑星同盟は150年に渡って、戦争を継続していた。その中、帝国と同盟の境目にある宙域にある要塞イゼルローン要塞がヤン・ウェンリーによって無血攻略された事によって、愚行の導火線に火が付いてしまった。
ヤン「それでは逆だ!何のために、イゼルローンを!」
七度目による無血攻略はヤンを英雄とたたえる一方で、帝国への勝利が容易と同盟中が錯覚してしまい、憂国騎士団の扇動も相まって、帝国領侵攻を叫ぶ声が高まってしまった。和平交渉を求めたヤンと統合作戦本部長のシドニー・シトレ元帥の期待を最低最悪の形で裏切ることになる。
この時、同盟は150年にも及ぶ戦争継続によって社会、経済が大きな打撃を受けており、政府の支持率は大幅に低下していた。
そこへ更に、ヤンを個人的にライバル視するアンドリュー・フォーク准将が提案した作戦を実行することで、政府は選挙に勝利する布石を打とうとしたのである。
コーネリア・ウィンザー「大義を理解しようとしない市民の利己主義に迎合する必要はありません。」
以下略
「安っぽいヒューマニズムに陶酔して、その大義を忘れ果てるのが果たして大道歩む態度だと言えるのでしょうか?」
ジョアン・レベロ(Die Neue These)「貴方こそ、安っぽいヒロイズムに陶酔しているのではないのか!?」
ホワン・ルイ(石黒版OVA)「どっちが陶酔しているんだか。」
そもそも、イゼルローン攻略戦の前に勃発したアスターテ会戦で同盟は第2,第4,第6の三個艦隊を失っており、ヤンが指揮する第13艦隊はその残存艦隊で構成された実態もある上に、その時の戦死者は100万人を超えていた。その分の遺族補償に加え、味方の犠牲を少なくしようと苦心したヤンの作戦で同盟はイゼルローン要塞内にいた帝国軍兵士のほぼ全員を捕虜にしたことで、彼らの食事や収容所での生活の費用までも抱え込むことになってしまったのである。
これまで、何とか財政の保つ範囲でのみの戦争にとどめてきた同盟であったが、この上大侵攻などしたら、財政が破綻することは必至。
さらに、民間では人材が軍に偏り、高齢者や未成年者に十分な教育や職業訓練を施せないまま労働させざるを得ない状態になっており、同盟のソフトウェアは弱体化しつつあった。
財務委員長のジョアン・レベロはそうした同盟の財政状況の悪化、人的資源委員長のホワン・ルイも社会の人材が涸渇し、もはや戦争をするだけの力さえ失われつつある窮状を訴えて和平ないし休戦条約の締結を提案する。
幸い、イゼルローン要塞の奪取によって帝国は急に同盟に攻め入ることは不可能な情勢になっており、帝国を交渉のテーブルにつかせる程度の条件は整っていた。仮に戦争状態を継続するにしても、今度はイゼルローン要塞攻略の攻守が逆転し、しかも帝国軍はイゼルローンの強固さを身を以て知っている。つまり、同盟はイゼルローンに戦力を集中して守りに徹すれば良いため、これまでのような多大な犠牲を抑えることができるはずであった。
だが、安っぽいヒロイズムに陶酔した上に、戦争で権力を得ることしか考えていないコーネリア・ウィンザーとロイヤル・サンフォードは社会の窮状など全く無関心で、次の選挙で勝つことしか頭になかった。その布石として、今回の無謀な遠征を実行させようとしていた。
要するに、将兵達に『自分達が選挙で勝つために死んでこい。』などという命令を下したのである。しかも、この作戦もフォークが私的ルートで政府に持ち込んだものであって、『統合作戦本部長のシトレの決裁を得ていない。』という有様で、『ヤンを超える戦果を自分に提供するために死んでこい。』というフォークの出世欲だけで考案されたもの。
更に追い打ちを掛けるかのように、作戦内容などは
『大軍を持って帝国領に侵攻して、帝国軍の心胆を寒からしめる。』
『高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する。』
『同盟の空前の大艦隊が自由惑星同盟正義の旗を掲げて進むところ、勝利以外ない』
『今回は戦略目的が帝国の圧政から250億の民衆を救う解放軍としての行動』
『敵に地の利や想像を絶する新兵器があっても怯むわけにはいかない』
等々、フォークは全く具体案を考えていない有様で、慎重論を唱えるヤンとアレクサンドル・ビュコックをさりげなく侮辱した挙げ句に上述されるような大層に見えて中身などまるでない妄想と期待を延々と並べる始末。
しかもこれを総司令官であるラザール・ロボスも、総参謀長であるドワイト・グリーンヒルも全く止めようとしないどころか助け船さえ出してしまう始末。
ヤン「それこそ予測ですら無い。一方的な期待に過ぎない。」
「帝国人民が現実の平和より、空想上の自由と平等を求めているとどうして言える?遠征計画そのものも無責任なら、運用も無責任極まりない。」
ユリアン・ミンツ「やめちゃえば良いのに。そんな無謀な遠征、いくら政府の決定だからって…」
いくらヤンが保護者であったとはいえ、まだ軍人ですらないユリアン・ミンツから見ても今回の遠征は無茶で無謀であった。だが、この無茶で無謀で無責任で杜撰な遠征を決めた政治家を選んだのは、同盟市民である。
無能で腐敗した政治家の美辞麗句を鵜呑みにして、無関心な市民が選んだ政治家とそれにへつらう無能な軍人による愚挙は民主国家が滅びる末期症状であり、既に同盟は滅亡への道を歩み続けていた。
シトレ「私も甘かったよ。イゼルローンを手に入れれば戦果は遠のくと考えていたのだから…私自身にとっては自業自得だが、君などにはいい迷惑だろうな。」
「この際だから言ってしまうが、私はこの遠征が最小限の犠牲で失敗してくれるよう望んでいる。」
「惨敗すれば無用な血が流れる。かといって勝てばどうなるだろう?主戦派は付け上がり政府や市民のコントロールを受け付けなくなるのが明らかだ。」
「いずれ暴走しついには谷底へ転落するだろう。勝ってはならない時に勝ったがため滅亡に追い込まれた国家は歴史上無数にある。君なら知っているだろうがな。」
イゼルローン攻略の戦果を持って自身の地位を固め、必要以上の軍事行動を行わずに小康状態を保とうとしたシトレと、同盟政府や軍上層部の理性を信じて最小限の犠牲でイゼルローンを攻略したヤンの期待はこうして裏切られた。
だが、これは二人には何の落ち度もない。二人の予想を遙かに上回るほどに、政府も市民も軍も無能で腐敗し、愚かだったのである。
仮に分かっていたところで、個人的信念で軍人として任務の遂行を拒否するような行為は、民主国家の軍人にあるまじき行為と言うことでヤンが最も嫌うところである。
これとは別の思惑で、シトレがイゼルローン攻略を機に退役して年金をもらいながら歴史家の人生を歩もうとしたヤンの辞表を却下したのは、今回の作戦を不正な手段で政府に持ち込んだフォークのような輩による軍の私物化と暴走を抑制するためでもあった。
ただでさえ、同盟軍内部はトリューニヒトを初めとした腐敗政治家に媚びを売って高い地位に着いている実績も実力も無い低能な腐敗将校が溢れかえってビュコックのような実績と実力を持つ将校を冷遇するという腐敗が進んでいた。今回はその最たる例で、軍人が私的なコネで何ら成算もない作戦を政府に持ち込めるという民主国家以前に軍隊として、政府としてあるまじき醜態であった。
そして、シトレは今回の遠征が決定したことで失敗すれば引責辞任、成功すれば宇宙艦隊司令長官のロボスに本部長の座を奪われる形となり、どのみち辞任させられることになってしまった。
愚行の結末
まず結論を言えば、当然のことながらこの作戦は失敗に終わった。
ウォルフガング・ミッターマイヤーやフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトと言った帝国の勇将たちがイゼルローン回廊を出てきた同盟軍を叩くという案を出すが、ラインハルト・フォン・ローエングラムはより徹底的に同盟軍を叩くべくパウル・フォン・オーベルシュタインが立案した焦土作戦を採用。
解放軍を自称する同盟軍は侵攻先の惑星で、自分達の物資を解放した惑星の住民達に提供せねばならなかった。しかも、その数は最初に前線から補給要請が来た時点で同盟が養うべき民衆は全軍の倍近い五千万人であった。
アレックス・キャゼルヌ「全軍の2倍近くにもなる捕虜を食わせる補給計画など、誰に建てられる!?」
立案者のフォークも総司令官のロボスも具体的な侵攻計画を建てていなかったので、同盟軍は侵攻を続けていった。行く先々で物資を提供すれば、どうなるのかは必定。
ついに同盟軍の食糧供出は今回の無謀な遠征に導入した三千万の将兵の3倍以上の一億人分にまで膨れ上がるところにまで来てしまったのである。この危機を前にロボスとフォークはまるで無関心で、グリーンヒルもキャゼルヌの進言を聞いてもロボスを動かそうとしなかった。
この際限のなさが財政破綻を狙っていると解釈したレベロとルイは真っ先に撤兵を主張。実際に破綻寸前の財政に今回の無茶な軍事行動を行って、更に際限の無い出費が財政を破綻させる解釈も間違いではなく、こんな状態で無傷の敵に襲われればどうなるのか……考えるまでもなかった。が、それにもかかわらず選挙しか頭にない無能な政治家達は、もはや成功の目など殆どないにもかかわらず、せめて一戦して勝利してもらわないと選挙に勝てないために遠征を継続させた。
レベロやキャゼルヌの懸念通り本国もイゼルローンもそれだけの物資を用意できるはずもなく、辛うじて出された補給も潰されてしまった。その果て
第10艦隊ウランフ提督「馬鹿げてる!足りないものは現地で調達せよだと!?」
第8艦隊アップルトン提督「我々に略奪行為を働けというのか!?」
第12艦隊ボロディン提督「第一、無いものをどうやって略奪する!?」
第5艦隊ビュコック提督「補給計画の失敗は敗退への第一歩だ!」「司令部は大言壮語をどこに置き忘れた!?」
薔薇の騎士連隊ワルター・フォン・シェーンコップ准将「帝国軍が食料を運んでくれば、帝国臣民は迷わず皇帝万歳を叫ぶんでしょうな。」
第13艦隊フョードル・パトリチェフ准将「何故、我々が飢えてまでそんな連中を食わせねばならないのだ!!」
当然のことだが、前線の提督から将兵に至るまでが状況を理解しようとしない無能な司令部と政府に怒りを募らせた。苦渋の果てに略奪を行った結果、住民の信頼を失いこれまで同盟を辺境の叛乱軍程度にしか認識していなかった帝国人民は、自由惑星同盟を共和主義の解放軍などとは名ばかりの賊軍と再認識した。
「全く見事だ、ローエングラム伯。」
前線の提督がもはや帝国軍に攻められてはひとたまりもない状況と認識し、ビュコックを通じて撤退を具申するが、司令部は事実上フォークに乗っ取られており、フォークは状況を理解せずにビュコックの具申を握りつぶそうと試み、責任も全く自覚せずに大言壮語をはくだけの下劣さに激怒したビュコックに論破された結果…信じがたいことにヒステリーによる盲目(実質は幼児のワガママ)を発症して行動不能、総司令官も昼寝をして任務を放棄し、総参謀長も総司令官に協力していた。
既に司令部はキャゼルヌの補給部門以外まともに機能しておらず、その補給部門でさえ、ない物資はどうしようもない。
そして、状況を理解しない政府と司令部のこの怠慢の前に、同盟軍の撤退は遅れ、その間に帝国軍の多くの艦隊が弱り切った同盟軍の各艦隊に総攻撃をかけた。
個別の艦隊戦でも同盟軍は各個撃破されるばかり。事前に撤退準備をしていたビュコックでさえオスカー・フォン・ロイエンタールの猛攻の前にしたたかに損害を被る有様であった。
唯一ヤンが善戦してさしたる損害なく撤退に成功した以外他の艦隊は惨々たる有様であった。
しかも、司令部はただでさえ空腹で弱っていた上に惨敗を喫した兵力をアムリッツァ星系に集め、帝国と雌雄を決しようとしてしまう。
結果、参戦した艦隊で過半数生き残ったのはヤンの率いる第13艦隊のみで、諸提督もヤンやビュコック、分艦隊司令官のダスティ・アッテンボローやライオネル・モートン以外の殆どが戦死・あるいは降伏した。
更に、損失した艦艇は全体の八割にまでのぼり、これにより同盟軍の宇宙艦隊は事実上崩壊することになり、辛うじて残った僅かな艦艇を第13艦隊を中心にイゼルローン駐留艦隊として再編、ここに来てようやく本来とるべきだった方針をとることにしたのである。が、既に遅すぎたのは言うまでもない。
戦死及び行方不明者はアスターテの二十倍にも上る二千万人、同盟軍が有する全将兵の四割を失ったのである。
侵攻して占領した惑星は全て放棄せざるを得ず、実質的な戦果はないに等しい状態であった。
アスターテの段階で同盟の財政を圧迫していた遺族補償であったが、アスターテの比ではないその額は同盟の財政当局を震え上がらせた。
戦死者や喪失艦艇の多さから既にこれまでのような軍の再編は不可能となり、穴埋めをすべく民間から人手を割いたが、侵攻以前から高齢者や未成年者頼りに陥っていた同盟の社会構造はますます危機的になった。
このしわ寄せは遂に軍にまで及び、帝国軍の侵攻を防ぐ最重要拠点であるイゼルローン要塞の戦力さえも素人が回されていた。
元凶のフォークは病気療養で予備役に編入され、同じく元凶のロボスは軍内部の信用を失い辞任、もう一人の元凶である総参謀長のドワイト・グリーンヒルも査閲部に左遷される。そして、この三人の醜態と怠慢の巻き添えを食う形で辞任が確定していたシトレは勿論、補給失敗の責任を取らされたキャゼルヌも左遷となった。
政治界隈では、サンフォードやウィンザーと言った侵攻支持者が見苦しい言い訳で今回の失敗を正当化しようとする醜態を晒しながら退陣に追い込まれ、その後に議長となったのは侵攻反対票を投じたヨブ・トリューニヒトであった。
杜撰な選挙戦略で戦争をやらせた政治家とワガママな幼児の参謀、昼寝をして任務を放棄する司令官とそれらを排除しようとしない総参謀長、この最低にして最悪の組み合わせで行われたもはや軍事行動としての形さえなさえ成していなかった愚挙は同盟を軍事、経済、社会の全てにおいて壊滅させ、シトレの恐れていたとおり谷底へと転落させていった。
そして、コレでも尚政府はまるで方針を変えずアスターテと同じくヤンを英雄に祭り上げて誤魔化す始末である。
更に、グリーンヒルは今回の大惨事の更に上塗りをして同盟の状況を更に悪化させてしまった。
民主制の欠点である
・専門家集団が素人である政治家に操作されてしまう。
・その政治家は選挙を意識した活動をせざるを得ず、選挙向け保身に走ってしまう。
・専門家集団も政治家の顔色窺いをするようになり、専門性より人脈が優先されてしまう。
・政治家は辞めさえすればそれ以上の責任を問われない。
がこれでもかと言うほどに表出したこの戦いは、「愚行」として広く語り継がれることになる。
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アンドリュー・フォーク--最大の元凶。ワガママな幼児レベルの思考しか持たないコネだけの無能な軍人という同盟軍の腐敗を象徴する存在の一人。当然ながら、生還者や同盟軍内部では終始憎悪される。
インパール作戦--現実の大日本帝国が実行した無謀な作戦。内容、結末共にアムリッツァとほぼ同じ。しかも、立案者に到っては戦後長らく自己弁護を続けた始末。加えて、同じ軍人や遺族達から憎悪されていた点までが共通。恐らく、アムリッツァ及びフォークのモデルの一つだろう。