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概要

東欧バルカン半島にある共和制国家首都はザグレブ。
クロアチア語ではHrvatska(ハルバツカ)と呼ばれる。

歴史

現在「クロアチア」と呼ばれている地域は「ク」の字の形状をしているが、沿岸部(ダルマチア)と内陸部ではたどった歴史が異なる。

内陸側のクロアチアは9世紀にカトリック派の王国として統一されるが、12世紀に北の隣国であるハンガリー王国に同君連合として組み込まれ、さらに15世紀にオスマン帝国に、18世紀にオーストリア帝国に支配された。19世紀の二重帝国化オーストリア・ハンガリー帝国の際には大半がハンガリー領とされ、ハンガリーの中のさらに自治地域と位置付けられた。

一方のダルマチアは、アドリア海を挟んでイタリアに近いこともあり、ローマ時代の早い段階から多数の都市が築かれた。10世紀にはヴェネツィア共和国が沿岸諸都市の支配を固め、沿岸部はヴェネツィアの主要航路と位置付けられるようになる。一方、ドゥブロブニクのように自治都市として栄える都市も存在した。沿岸の多くの街が地中海貿易とともに衰えるが、結局ヴェネツィアが崩壊する18世紀末までダルマチアは大半がその領土に留まる。ウィーン会議の結果、全土がオーストリア帝国領となり、ここでようやく現在のクロアチア地域が一つの国家内に含まれることになった。

20世紀初に第一次世界大戦を経て、セルビアやスロヴェニアとともにユーゴスラビア王国となり自治州が設定された。しかし、完全独立を望むパヴェリッチ将軍率いる勢力はナチス・ドイツと手を結んでクロアチア独立国を作り、第二次世界大戦では枢軸国としてパルチザンと戦った。
戦後は社会主義国家となったユーゴの一部になったが、東欧革命が相次ぐとクロアチアも民主的自治を求める勢力が活発化し、ついに1991年に独立。しかし、独立を認めないセルビア人とユーゴ政府と対立し、1995年まで紛争が続いた。

創作上の影響

アガサ・クリスティ『オリエント急行殺人事件』の舞台は、実は現在のクロアチア・ボスニア国境にほど近い辺りである(ヴィンコビチとブロードの間)。

・ユーゴスラビア内戦で一時破壊されたドゥブロブニクの街は、その後の復興で中世期の街並みを色濃く残す都市として知られ、「ゲーム・オブ・スローンズ」での王都のロケ地としても知られている。

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