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フェルナンド・トーレス

ふぇるなんどとーれす

フェルナンド・トーレス(フルネームはFernando José Torres Sanz,フェルナンド・ホセ・トーレス・サンス )はスペイン・マドリード州出身のサッカー選手。欧州リーグの数々の名門チームを経て、2018年夏よりJリーグのサガン鳥栖に移籍。ポジションはFW (CF)。1984年3月20日生まれ。身長186cm。体重78kg。
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概要

スペインマドリード州フエンラブラダ出身。フエンラブラダは労働者階級の地区で彼の家庭もそうである。がいる三人兄弟末っ子

幼少期からサッカーに興味を持ち、5歳の時にパルケ84(Parque 84)というクラブチームに入団。母が毎日の練習への送り迎えをしていた。祖父の影響もあってアトレティコファンになった。11歳の時にアトレティコの下部組織に加入した。以降アトレティコの代表的選手だったが、2007年にイングランドプレミアリーグリヴァプールに移籍。

移籍1年目にもかかわらずリーグ戦で24得点を記録し2007-08シーズンにリーグ戦1シーズン24得点をあげるなどプレミアリーグを代表する選手とされ、スペイン代表ではUEFA欧州選手権2004、2006FIFAワールドカップ、UEFA欧州選手権2008、2010FIFAワールドカップ、UEFA欧州選手権2012、2014FIFAワールドカップの6つの主要大会に出場し、UEFA欧州選手権2008では決勝のドイツ戦で決勝ゴールをあげ、チームの優勝に貢献。またUEFA欧州選手権2012ではベンチスタートが多く約190分という長くはない出場時間ながら3得点1アシストを決め大会得点王に輝いた世界一「持ってる」と言っても過言ではない超ラッキーボーイ。その後2014年にイタリアセリエAACミランへレンタル移籍。かつてのような活躍が期待されたがイタリアの環境に馴染めず10試合1得点という情けない成績で終わり、半年で退団。

2015年に古巣であるアトレティコ・マドリーへレンタル移籍で復帰し、1月7日のコパ・デル・レイ5回戦のレアル・マドリード戦で移籍後初出場。1月15日の2ndレグでは2得点を決めて復帰後初得点を記録。チームの準々決勝進出に貢献した。

2018年5月30日Jリーグ公式サイトが「サガン鳥栖へ完全移籍」とニュースを出した。一旦は誤報として取り消したが、そのおよそ1か月後の7月10日、トーレスがサガン鳥栖への移籍に正式に合意したことが発表された
折しも、この少し前にはヴィッセル神戸が同じく元スペイン代表のアンドレス・イニエスタの獲得に成功したばかりであり、元スペイン代表のスーパースター2人の移籍が相次いで実現したことに、全国のサッカーファンが歓喜することとなった。
当然、チームの本拠地である佐賀県では、夕刻に佐賀新聞が号外を出すほどの大ニュースになった

プレースタイル

スピードとDFの裏をとるセンスを武器にとしながら、高レベルのヘディング・ロングシュート以外のプレイをバランスよくこなせる万能型FW。行動範囲が広く、サイドからのチャンスメイク、献身的な守備も高く評価されている。

その他

日本のメディアから「スペイン貴公子」と称されるほどの端正王子様フェイスのイケメンで女性から絶大な人気を誇る。
Jリーグへの移籍が決まった際にも全国各地のサッカー女子を狂喜乱舞させたことは言うまでもないだろう。

しかし残念な事にすでに既婚者で二児(2009年生まれの娘と2010年生まれの息子)の父である。妻は8歳の頃からの幼馴染であり、2001年7月7日のファーストキスを記念して左足に「VII-VII」とタトゥーを入れている程の愛妻家である。

趣味は家族や友人とボードゲームやテレビゲームで遊ぶ事とCDコレクション。
日本の漫画『キャプテン翼』の大ファンで、サッカーをやっている子ども達に読むよう勧めているほど。幼少期はキャプテン翼の登場人物の若林源三に憧れてGKをしていたが、顔に来るボールをよけれずに何度も歯を折り、FWへ転向してからは大空翼一筋になったという。ちなみにFWの日向小次郎はあまり好きになれなかったらしい。
一部では、オーストラリア中国の名門チームの誘いを受けながらも、最終的に日本のJリーグを選んでくれたのは、この『キャプテン翼』好きも少なからず影響したのではないかという見方もある。

スペイン代表では同じ都市のライバルチーム、レアルマドリードDFセルヒオ・ラモスと仲が良い。練習中、食事中、祝賀会中にと頻繁にイチャついており、お互いのSNSツーショット写真をアップなど仲の良さがうかがえる。

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