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中邑真輔

なかむらしんすけ

中邑真輔は、元新日本プロレス所属、現WWE所属のプロレスラー。選ばれし神の子にして、反逆のボマイェ、そして狂気のインテリジェンスにして、キング・オブ・ストロングスタイル。
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「一番スゲェーのは、プロレスなんだよ!」
「たぎったか? たぎったよな? しょうがねえな、一回しか言わねえぞ。イヤアォ!」

概要

2002年新日本プロレス入団。同年8月29日デビュー。
デビュー前は青山学院大学でレスリング部に在籍し、アマレスを学ぶ一方で総合格闘技のトレーニングもしていた。
また、美術部を掛け持ち、自ら描いた100点以上もある絵画をもって、個展を開いたことがあった。

プロレスデビューから約4ヶ月後の12月31日アントニオ猪木主催の格闘技興行『INOKI BOM-BA-YE 2002』で総合格闘技初参戦、黒星を喫するも今後の躍進に期待を滲ませた。
2003年12月9日『IWGPヘビー級王座』に初挑戦。逆十字固めで天山広吉からタップを奪いデビューから1年4ヶ月で最速・最年少(当時23歳)での同王座戴冠を果たした。

2006年3月、無期限の海外遠征に出発、この間、現在の体格となったビルドアップを図り同年9月に帰国。蝶野正洋のパートナーになったのを機にベビーフェイスからヒールへ転向した。
2009年4月両国国技館真壁刀義を裏切った矢野通をはじめヒール軍団G・B・Hのメンバーと共に『CHAOS』(ケイオス)を結成。この頃からフィニッシュとなる必殺技『ボマイェ』を使い始める。
2011年8月の『G1 CLIMAX』内藤哲也を破り念願のG1初優勝。また、同年創設された『IWGPインターコンチネンタル王座』では第4代(8回)・6代(3回)・8代(1回)と3度戴冠に加え、通算12回の最多防衛記録を持つ。
※カッコ内は戴冠時の防衛回数。

2016年1月一杯で新日本プロレスを退団しWWEに移籍。4月1日にその下部組織であるNXTにてデビューする。
その際、フィニッシュ技の『ボマイェ』は「殺せ」という意味であることから、放送コードの関係で『キンシャサ』に名称変更されている。これは、ボマイェの元ネタであるアントニオ猪木の入場曲「イノキ・ボンバイエ」の、その更に元ネタである「アリ・ボンバイエ」が、モハメド・アリのドキュメント映画のテーマ曲であることから、アリがザイール共和国(現・コンゴ民主共和国)の首都キンシャサで行われた試合で無敗王者ジョージ・フォアマンにKO勝利した「キンシャサの奇跡」にちなみ、中邑自らが名付けたという。

同年8月20日サモア・ジョーを下してNXT王者になった。この頃より入場テーマ曲「Rising sun」に合わせて観客が大合唱するようになる。
2017年4月、昇格し「Smackdown LIVE」の所属となった。また、同年8月1日ジョン・シナ9月5日ランディ・オートンと、シングルマッチで立て続けにWWEのトップ中のトップ2人から勝利を収めた。
2018年1月28日、ロイヤルランブル戦に初登場。14番目に登場し、最終的にジョン・シナ、ロマン・レインズフィン・ベイラーら強豪と4つ巴状態になるも、これらを制して日本人初となる優勝を飾り、これまた日本人初となるWWE最大クラスのイベント「レッスルマニア」のメインイベント出場を手に入れた。

クネクネムーブ

現在の中邑を象徴する物の一つが“クネクネ”であり、ファイトスタイルの面から体の脱力を重視、それが中邑の個性をより際立たせる要因となっている。
体をくねらせながら入場するところから始まり、体を反らせてのリングイン、トップロープに足をかけてからくねらせてのストレッチ。得意技の『ボマイェ』を仕掛ける直前もやはりクネクネ

もはや、その動きは軟体動物レベルに…

くねくね


関連動画


WWEでの入場曲、「Rising Sun」。


中邑がSmackdown LIVEに昇格した際の入場動画(WWE公式)。


NXTタイトルマッチ(NXT TakeOver Brooklyn II 2016 : WWE公式フル動画)。

外部リンク

新日本プロレス公式サイト内 選手名鑑 中邑真輔
WWE 日本版公式サイト内 Superstars 中邑真輔

関連タグ

プロレス 新日本プロレス ワールドプロレスリング  WWE

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