概要
1967年から68年まで、実業之日本社刊の「漫画サンデー」に連載された手塚治虫の大人漫画。後年の資料では青年漫画と紹介されている場合もある(1970年代に大人漫画が壊滅したためか)。
極端にデフォルメされ、線が極限まで減らされた画風が特徴的であるが、大人漫画雑誌であった掲載誌に合わせたという理由のほか、いつもの手塚の画風で書いたらエグすぎて掲載できないからという理由もあろう。内容は性を題材にしつつ社会風刺要素を多く含んだものであり、反戦の色が濃いものになっている。
あらすじ
自衛隊員・天下太平は東南アジアのパイパニア共和国で日本人医師・大伴黒主と出会い戦場から逃げ出そうとするが、ふたり纏めてパイパニア軍に捕縛されてしまう。
パイパニアでは兵士不足を補うべく片っ端から捕虜の卵子と精子を人工授精させて赤ん坊を作る計画が持ち上がっており、太平はその種馬に選ばれてしまう。
しかし捕虜の女性ゲリラ・リラから手渡された爆弾をまんまと太平が持ち帰ってしまったことで研究所は爆発、捕虜たちはいっせいに逃走することとなった。
やがて戦争は終わり、太平はリラと恋に落ちるが、黒主はパイパニア軍の研究所から持ち帰った試験管ベビーを育てようとした。
太平の特殊な精子とリラの平凡な卵子から生まれたその子供・未来は、生殖器を持たない第三の性「無性人間」だった!
主要な登場人物
- 天下太平(てんか たいへい)
本作の主人公。元自衛官。終戦後は黒主と木座神に「特殊な精子」を持つことを知られ、無性人間の国「太平天国」の王に祭り上げられる。
- 大伴黒主(おおとも くろぬし)
むさ苦しい髭の日本人医師。元は立派な医者だったが、終戦後は太平の持つ精子から生まれる無性人間を使ったビジネスに手を出そうとする。
パイパニア軍に掴まり卵子提供ドナーにさせられていた女性ゲリラ。太平と恋に落ち、結婚するのだが…。
- 未来(みき)
太平とリラの第一子。無性人間第一号。物語のもう一人の主役と言っても過言ではない。
他の無性人間もそうであるように美しい容姿をしているが、一人称は基本「ぼく」で男性寄りの性格をしている。
そして両親の命令を忠実に遂行する性質を持っており、母親であるリラを殺害した犯人を探し皆殺しにするよう父に命令され、以降その目的のために水面下で活動を始める。
- リーチ大尉
パイパニア軍の女性士官。グラマーな美女で、おもに男性捕虜を性的に誘惑し搾精するという任務を担っていた。
軍に掴まった太平を逆レイプして中出しされる前に「シボリ機」なるマシンに放り込んで精子をこそぎ出すという卑劣な作業に従事していたのだが、太平が研究所を吹っ飛ばしたせいで捕虜と一緒にパイパニア軍から脱走するハメに。
終戦後は戦犯として処刑されそうになっていた所を黒主に救い出された。
- 木座神明(きざがみ あきら)
グラサン姿の怪しいブローカー。無性人間の人身売買ビジネスの総責任者。
非常に強欲かつ厚かましい性格の呼び屋で、無性人間のことをビジネスの道具扱いしており、奴隷扱いの末に彼らを利用した殺戮ショーの開催を決定する。
用語解説
太平のもつ二本の鞭毛をもつ特殊な精子から生まれる第三の性を持つ人間(受精させる卵子はごく普通の女性のもので構わない)。
一様に同じような美しい容姿をしているが、性格に関しては男性寄りの性質をもつ者も女性寄りの性質をもつ者も、どちらでもない者も存在する。
人権に関する法律上の規定が無いため、黒主と木座神からはモノ扱いされ、奴隷として売買される。
働きバチのように命令に忠実に動き、軍隊のように規律正しい行動をとる生態をもつ。
なお性器については詳しい描写がないが、「男のものとも女のものともつかない」らしい。
- 太平天国
木座神が、無性人間に関する倫理上の諸問題をクリアするために「だったら新しい国を作ってしまえばいい」という発想のもと作り上げた独立国家。
元々はサンゴ礁の無人島であり、木座神が安く買い取った。
太平を総統として置いているが、実際は大伴と木座神の二人が牛耳っている状態。
無性人間を生産し続け、世界各地に奴隷として輸出するのが主産業である。
余談
※結末に関するネタバレがあります
雑誌連載時と単行本では結末が大幅に異なっている。
連載時は太平と未来が再会した後に、未来は「起性手術」を受けることで男性に生まれ変わる。また、太平天国から脱走した無性人間の九九九五四五二号も同じく女性に生まれ変わり、二人は結婚。
そして無性人間たちが起こしたすべての人間に対する去勢手術も中止され、人類は滅亡を免れるというハッピーエンドであった。
しかし、単行本版では上記の結末がカットされ、未来が太平に対してリラの代わりをつとめようとするも「お前たちは自分たちにできないことをひがんでいるだけ」となじられ、追い出される…というビターエンドとなっている。
この件に関しては単行本版のあとがきで手塚自身が、「山椒魚戦争(カレル・チャペック)の結末に影響を受けたため」「こういう突き放すような終わり方の方が好き」と語っている。
雑誌連載版のラストが見たければ実業之日本社から刊行された完全版(全1巻、電話帳並みの厚さ)を読むことをお勧めする。