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佐久間象山

さくましょうざんまたはぞうざん

文化8年~元治元年 信濃松代藩士。名は啓(ひらき)・大星(たいせい)、字は子迪(してき)・子明(しめい)。象山と号した。

人物

信濃松代藩の藩士で、当時の藩主真田幸貫に仕えた。
信州松代のど田舎で、下級武士の長男として誕生。啓之助は啓蒙しまくるかなりのクソガキであったらしい。

佐藤一斎の門に入って朱子学を学び、また蘭学砲術を修めた。
早くから開国論を唱え、西洋の科学技術の導入を主張、江戸の私塾象山書院や深川の松代藩邸で教え、勝海舟吉田松陰橋本左内坂本龍馬らが学んでいる。
彼自身、地震計や電気医療器を製作し、洋服も着用したと伝えられるが、幕府朝廷に再三、開国策公武合体論を説いたため攘夷派ににくまれ、京都河上彦斎に暗殺された。
『象山先生詩抄』『荷蘭語彙』などがある。

なお名前については「ぞうざん」説と「しょうざん」説がある。生家の近所にあった山「象山」から取ったそうである。

正面から見ると、顔がでかくて耳が見えない。

風雲児たち」において、「まずナポレオンならボクに引けは取るまい」と豪語する男として描かれる。

関連タグ

江戸時代 幕末 学者

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