概要
『鬼滅の刃』原作第96話(前編)・97話(後編)、及びTVアニメ『遊郭編』最終回のサブタイトル。
音柱・宇髄天元と竈門炭治郎らかまぼこ隊VS”上弦の陸”妓夫太郎・堕姫兄妹との死闘が終了した後に明かされた、妓夫太郎と堕姫が人間だった頃の、壮絶にしてあまりにも悲惨な過去を描いた一篇。
極悪非道な悪鬼兄妹と思われていた二人が、実は炭治郎と禰豆子の合わせ鏡のような存在であり、おなじく強い兄妹愛で結ばれていたと知った読者は落涙し、これ以降妓夫太郎と堕姫は、二次創作などでは単なる悪役の枠を超えた人気を博すようになる。
あらすじ
決着
前回のラストで、ついに炭治郎たちは毒を喰らいながらも二人の首を切り落とすことに成功。遊郭で会敵した柱と鬼殺隊士たちの死闘は、100年以上破られる事のなかった上弦の鬼が敗北という結果になる。だが、その直後に妓夫太郎が放とうとしていた血鬼術が発動。周囲を吹き飛ばすも、鬼化禰豆子の活躍で毒は無効化され、炭治郎たちも彼女に解毒される。
壮絶な死闘の決着を確認するため遊郭を禰豆子におぶさってもらいながら探索し、鬼たちの血溜まりを見つけた炭治郎は、茶茶丸]を通して珠世に血液を送るが、直後に上陸兄妹の妓夫太郎と堕姫の生首を発見する。
その姿は、徐々に細胞が崩れていきながらの死に際で、互いに高ぶった衝動の赴くまま罵倒し合う醜い有り様だった。次第に言葉は激しくなっていき、妹・堕姫が「アンタみたいな醜いヤツが兄妹なわけない!」と罵れば、兄・妓夫太郎は「お前なんかいなけりゃ俺の人生はもっと違ってた なんで俺がお前の尻拭いしなきゃならねえんだ!!」と言い返し―
「お前なんて生まれてこなけりゃ良かっ…」
「嘘だよ」
鬼の言葉を遮ったのは、炭治郎だった。兄妹二人の悲惨な喧嘩を目の当たりにして、遂に居ても立っても居られず仲裁に入った彼は、自分達(竈門兄妹)と境遇が似ている上陸兄妹の悲しく虚しい姿に心を痛めたのである。
「本当はそんなこと思ってないよ 全部嘘だよ」
〝今〟の兄妹二人は、信じられない現実を目の当たりにし、気が振れて心にもない事を口走っていると炭治郎は察して、両者を諫めた。だがなによりも、世界でたった二人、兄妹の絆が結ばれているのに、最期が罵り合う不仲な〝今〟を不幸に感じ、悲痛な心情が表情に現れる竈門兄。
「 仲良くしよう この世でたった二人の兄妹なんだから 」
「 君たちのしたことは誰も許してくれない 殺してきた沢山の人に恨まれ憎まれて罵倒される 」
「 味方してくれる人なんていない 」
「 だからせめて二人だけは お互いを罵り合ったら駄目だ 」
同じく妹が居る者-そして鬼の宿命を背負う者-として、世界で二人ぼっちの生き方がどんなものか分かるからこそ、炭治郎は哀しそうに語った。敵対した兄・炭治郎の言葉を受けて、鬼の妹・堕姫は泣きじゃくりながら(稚拙な)本音をこぼし始める。
「 うわああああん うるさいんだよォ!! 」
「 アタシたちに説教すんじゃないわよ 糞餓鬼が向こう行けぇ どっか行けぇ!! 」
「 悔しいよう 悔しいよう 何とかしてよォお兄ちゃあん!! 」
死にたくないよォ
お兄っ……
梅(うめ)!!
鬼の妹・堕姫は最期まで兄を呼び続け、遂に体が崩れた。最愛の妹が逝った姿を目の当たりにして堪らず彼女の名前を叫ぶお兄ちゃん。彼も最期の時が迫る中で、妹の本名を思い出し、自分達兄妹が人間時代は酷い人生を進んでいたことを回顧する。
兄妹の生きた時代
妓夫太郎と梅の兄妹が生まれたのは、(本編から100年以上前にあたる)江戸時代の吉原遊郭で最も劣悪な環境だった羅城門河岸で、食い扶持が減るからなどで生まれた子どもは邪魔者扱い。
先に生まれた兄・妓夫太郎は醜い容姿でもあった事から、美貌が求められる遊郭街において親を含めて周囲の人間から蔑まれ、酷い扱いの元で暮らしてきた。最早人間以下の暮らしの日々で彼の生活(世界)を変えたのは妹・梅(うめ)が生まれたことだった。
「梅(うめ)」という名前は死んだ母親の病名から付けられたもので、その事を兄・妓夫太郎は酷いものだと思っていたが、妹・梅(うめ)は年端もいかない頃からその美貌で周囲の人間をたじろがせるほどの美しい存在だった。その醜さから忌み嫌われていた兄にとって自慢であり救いとなっていた。
それでも劣悪な環境で暮らしている事に変わりなく、まだ子どもである兄妹たちを手助けする人間はいなかった。だからこそ彼らは、互いの長所を活かしながら凄惨な時代(世界)を生き延びた。
兄は鎌(ちから)で妹を護り、
妹は美(びぼう)で兄を支え、
醜いと言われる兄は、美しいと言われる妹を誇りに思い、
いつも助けてくれるお兄ちゃんを、妹は心から慕っていた
そうやって生きることしか選ぶことの出来なかった兄妹。
意・災禍と幸福とは糾った(縒り合わせた)縄のように交互でやってくる流れのこと
とはいかない人生だった。兄妹たちの人間としての最期は、惨禍(さんか:惨たらしく痛ましい不幸や災難)しかなかった。やがて兄妹を凄惨な時代(遊郭)の闇が襲うこととなる……。
妹は十三の時、兄を侮辱した客の侍に激怒して、簪で目玉を突いて失明させる事件を起こした。
その報復として生きたまま焼き殺されるという非情な罰を受ける。
妓夫太郎がその場に駆け付けた時、梅は辛うじて生きていたものの、全身が丸焦げになっている状態で息をするのがやっとの有様。最早死を避けられない有様に変わり果てた妹の姿に、堪らず兄は絶叫する。
「わあああああああ!!やめろやめろやめろ!俺から取り立てるな!」
「何も与えなかったくせに取り立てやがるのか!許さねえ!許さねえ!」
「元に戻せ俺の妹を!でなけりゃ神も仏も皆殺してやる!」
妹を抱きしめながら絶叫する兄の背後から、梅に目を潰された侍が襲い掛かり、遊郭の女将と共に妓夫太郎を殺そうとする。実は客に対してあまりに強引すぎる掛け金回収を行う妓夫太郎を女将は陰で厄介者だと思っており、これを機に客である侍と共謀し厄介払いで兄妹を始末する気だった。
大人二人の邪な姿を見て心の何かが切れた妓夫太郎は、そのまま愛用の鎌に嫉妬と怒りを込めて反撃。その結果として彼らを手にかけることとなった。
結局、人間であった頃の彼を助けてくれる『人間』など、何処にもいなかったのだ。
瀕死の梅を連れ、雪が積もる冬の遊郭を当てども無く歩き回り、やがて妓夫太郎は侍によって負われた怪我も相まって、力尽きて倒れる。
最期まで、幼い兄妹を助けてくれる『人間』はいなかった。
そう、二人を気にする『人間』はいない……
どうしたどうした 可哀想に
俺は優しいから放っておけないぜ その娘 間もなく死ぬだろう
兄妹の前に現れたのは『鬼』。
当時"上弦の陸"として活動していた童磨であった。
命の大切さを説きながら遊女を喰っていた鬼は、死にかけている梅と妓夫太郎へ鬼となる様に誘いをかけ、そしてその誘いに乗るままに、兄妹は鬼となって生き延びた。
兄妹二人へ味方する人間は、結局あらわれず『鬼』となって生き延びるしか選択肢がなかったのである。だから奪う。
傍目からは非情の行いに感じるも、それが妓夫太郎と梅(うめ)の兄妹二人が選ぶしかなかった生き方だった。でないと兄妹の幸福が奪われてしまう。ならば他の幸せを取り立てて奪い、美しさがあれば自然と生きるのに必要な物が手に入る。
そして手にした兄妹の幸福を奪われないよう「二人はずっと一緒で離れない」でいなければならなかったのだろう。
「取り立てる」「美しくいる」ことでしか生きられなかった兄妹は、二人の人生観が一般と違い歪なものに変わるのは仕方ないほどの人生であり、そう生きる事しか知らない兄妹に後悔はないとかの選択もできない一生であった。
結末
そして現在、
兄・妓夫太郎は、当時の人間時代を省みると共に、自身が鬼になったことへ後悔はなかったが、心残りはあった事も思い出す。
それは、妹・梅(うめ)の事だった。
「奪われる前に奪え、取り立てろ」
兄・妓夫太郎がそんな教えで育てたために、妹・梅(うめ)は客としてやって来た侍を簪で刺し、その報復として生きたまま焼かれ、最後には自分と同じ鬼になってしまった。
兄が育てた故にそうなってしまったが、妹は素直で染まりやすい性格をしていた彼女ならば―
もっといい店にいたなら真っ当な花魁に、
普通の親元に生まれていたなら普通の娘に、
良家に生まれていたなら上品な娘に、
そしてあの時の客の侍に従順にしていればもっと違う道があったのかもしれない。
こんな兄がずっと一緒にいたために、妹は掴めたはずの幸福-もしかしたら〝禍福は糾える縄の如し〟の見えない糸-を逃したのではないかと自嘲めいて、遂に鬼の妓夫太郎も妹を追ってこの世を去った…。
真っ暗闇の世界に立つ鬼の妓夫太郎。彼は次第に此処が、いわゆる黄泉路なのだと察していく。その直後、妓夫太郎の背後から声がして振り返ると、そこには人間だった頃の姿をした妹・梅(うめ)がいた。彼女は自分たちが居る場所が分かってない様子で、いつものように兄へ付いて行こうとする。そんな妹を一喝する鬼の妓夫太郎。思いもよらない言葉に困惑する梅(うめ)は、先ほどの口喧嘩で罵った事の謝罪や、自分(あたし)が足手まといであったと自覚があったからこそ悔しくて仕方なかった事、と素直に思いつくことを告白する。
依然として妹に背を向けたままの鬼・妓夫太郎は、背後にある光指す方を示し、自分一人は暗い方へ行くから、おまえ(梅)は明るい方へ行けと告げ、そして兄妹の縁も切ると冷たく鬼のように突き放す。
ここが別れ道。鬼となった妓夫太郎が唯一背負っていた心残りを降ろす時だと決め、鬼は一人ぼっちで地獄へ堕ちようとする……
だが梅は、そんな(心身も)鬼な兄の背中にしがみつき、泣きじゃくりながら否定の意志で訴える。
『 嫌だ 嫌だ 』
『 離れない!!絶対離れないから ずっと一緒にいるんだから!! 』
『 何回生まれ変わってもアタシはお兄ちゃんの妹になる絶対に!! 』
『 アタシを嫌わないで!! 叱らないで!! 一人にしないで!! 』
『 置いてったら許さないわよ 』
いつもと変わらない駄々っ子な妹だなぁ、と困った風な鬼の妓夫太郎。そんな彼の事はお構いなしに、背中に貼りついてずっと離れない妹は―
わぁぁあん ずっと一緒にいるんだもん ひどいひどい 約束したの覚えてないの!?
忘れちゃったのォ!!
妹・梅(うめ)の言葉を受けて、徐々に「思い出」が蘇る鬼の妓夫太郎。
ある冬の夜。炉端で蓙にくるまった小さな姿。それは雪が積もる寒い屋外で、身を寄せ合う幼少期の妓夫太郎と梅(うめ)だった。小さな妹は泣いており、そんな幼子を愛おしく、そしてこんな苦境なんて慣れっこでなんともねえなあという風に笑うお兄ちゃん。互いの体温で暖め合いながら、逞しい兄は最愛の妹へ慈しい言葉をかけて励ます。
「 俺たちは二人なら最強だ 寒いのも腹ペコなのも全然へっちゃら 」
「 約束する ずっと一緒だ 絶対離れない 」
「 ほら もう何も怖くないだろ? 」
きっとこの時から兄妹はずっと一緒の絆が結ばれていたのだろう。
とても小さな頃の「思い出」をずっと覚えていた妹に、鬼・妓夫太郎は「しょうがねえなぁおまえは…」と唖然したのか、それとも「そうだよなあ」と諦聴したのか、返事の言葉はなく彼の心情は分からない(更に妓夫太郎の表情も最期まで分からない描写となっている)。だが鬼の腕は大切で掛けがえない存在をずっと背負うように、しっかりと背中にいる妹を支えて深淵の闇へ踏み出した。
次第に暗闇は燃え盛る業火に覆われるが、そのまま歩みを止めない鬼は、まだ背中で泣く妹を背負いながら暗い世界へ、ずっと一緒に堕ちていった。
たとえ実の兄でも変えれない幸せを、私の幸福は〝今〟こうしてずっと一緒にいる事だと選んだ妹・梅(うめ)を、兄は最高と思えた理想(パーフェクト)より、最良と感じる理解(プレゼント)を尊重し、どんな世界でも兄妹はずっと一緒なのという絆がふたたび結ばれたのだった。
その絆が強く現れてか、
鬼の妓夫太郎ではなく、
兄の妓夫太郎として、
最期の後ろ姿は妓夫太郎も人間に戻って、妹の梅(うめ)と共に煉獄の炎に呑まれ姿を消した。その姿は、どことなく妓夫太郎と梅の兄妹を倒した兄妹の在りし日の姿に似ていた。
" 仲直りできたかな? "
妓夫太郎と梅の兄妹が「ずっと一緒」の道を歩んだかもしれない頃の現世。最期の一時だけでも、兄妹の魂が共に天へ昇る助けをするかのように、竈門兄妹は慈しく包み込んだ上陸兄妹の崩れていく肉体の欠片を風に乗せて見送った。
兄・炭治郎の呟きに妹・禰豆子は力強く-アニメ版では「ん!」と返事も合わせて-頷いて応えた。最愛の妹がみせた心強い意志に柔らかな表情となるお兄ちゃん。
最期まで妓夫太郎と梅の兄妹に味方する人間は現れなかった。最後には罵詈雑言の責め苦を受けても仕方ない程の行いをしてきたのだから、なおさらに誰かの手助けが及ばない兄妹は二人だけで世界を渡り歩かなくてはならない。
だから祈る。
一つ異なれば同じような邪道へ踏み込んでいたかもしれないからこそ、幾人もの悲しく虚しい末路を辿る鬼を看取ってきたからこそ、せめて兄妹二人は〝ずっと一緒〟で仲良くいられるように。
きっと似た境遇を経た兄妹の思いが世界の境界を超えて行き、生まれ変わっても変わらず真っ暗闇の世界を進む兄妹へ、ずっと一緒にいる二人の心へ朝が来る時みたいな暖かで輝きを感じさせる絆を繋ぐ-見ることは出来ないが確かに分かる誰かの手から慈しく押し上げられるみたいな-助力になったのかもしれない。
幾星霜を経て、妓夫太郎・梅の兄妹は自分たちを助ける人間(ひと)と出逢えなかったが、兄妹二人の幸福・仕合わせを願う兄妹(ひと)と縁故が結ばれたのだった。
戦後
一方で、鬼殺隊の当主の産屋敷耀哉のもとにも、勝利の報せは届く。
「そうか 倒したか 上弦を…」と吐血しながらも歓喜する産屋敷。
「鬼舞辻無惨 お前は 必ず私たちが 私たちの代で 必ず倒す」「我が一族唯一の汚点であるお前は…!!」
また、鬼の側にも大きな動きがあった。
猗窩座「異空間・無限城 ここに呼ばれたということは…上弦が鬼狩りに殺られた」
左腕と左目を失いながらも、勝利を収めた音柱・宇髄天元のもとに蛇柱・伊黒小芭内が現れる。彼に対し引退を宣言する宇髄に対し、伊黒は
「陸とはいえ上弦を倒した訳だ、実にめでたいことだな」と褒めつつも、鬼殺隊には人材がいないとして
「お前程度でもいないよりはマシだ」「死ぬまで戦え」と嫌味を言う。だがそれに対して宇髄は、
「いいや、若手は育ってるぜ。確実に」
「お前の大嫌いな若手がな」
と指差す先には、互いに抱き合って無事を喜ぶかまぼこ隊の姿があった。
「ああ、凱旋しよう 派手にな!」