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岩本徹三

いわもとてつぞう

岩本徹三は、大日本帝国海軍の戦闘機パイロット。リアルチートの一人とされることがある。
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大日本帝国海軍の戦闘機パイロット。主として零式艦上戦闘機に乗り込み、戦績を挙げた。大日本帝国海軍においては西沢広義(※ラバウルの魔王と呼ばれたエースパイロット。輸送機での移動中に襲われ戦死。撃墜数87機~120機以上。)よりも上である可能性が指摘される。なお、戦績は支那事変の時点で14機撃墜、総数202機(自己申告)または撃墜報告80機といわれる。

 海軍における撃墜数は昭和18年(1943年)以降の個人撃墜数の公式記録が存在しないため、撃墜数は自己申告や、他者の証言により行われる。

人物

 大正5年(1916年)樺太生まれ。農学校を卒業後、海軍の志願兵試験をうけ入隊、航空隊に入り、整備体に配属され、志願してパイロットとなる。支那事変においてはほかのパイロットは化け物揃いだったらしいが、その中でも14機撃墜と目覚ましい成績を上げ、功5級金鵄勲章を受けた(なおこののち戦争激化により生存者で受けた最後となる、また功績のある下士官の受けられる勲章となる)。

 その後空母艦載機の操縦士となり一航戦に所属、当時予備艦であった龍驤で訓練、「瑞鳳」戦闘機隊に配属され、五航戦が作られることとなったため「瑞鶴」に搭乗する(これは太平洋戦争の下準備であった可能性が高い)。この時に学んだ戦術がのちに撃墜王と呼ばれることになる下地になる。

 太平洋戦争が始まると真珠湾攻撃に参戦。その後セイロン沖海戦にて初戦果を挙げる。珊瑚海海戦においては一機撃墜、空母瑞鶴をよく守った。

 昭和17年(1942年)8月、搭乗員の訓練要員として本土に帰還。11月には上等飛行兵曹となる。翌昭和18年3月、281空(アリューシャン)に配属。11月には201空(ラバウル)に配属、一週間後隊全体で敵52機を撃墜(7機を撃墜報告)。また敵14機編隊を一度に撃墜ということをやったりしていた。12月204空(ラバウル)配属。このころアメリカ軍は連日ラバウルに来襲していた。岩本らの海軍航空隊は、僅かな戦力で果敢に迎撃し、戦果を挙げていた。

 昭和19年(1944年)1月、253空(ラバウル、トラック)に配属、しかし戦力が足りなくなり、その補充のために6月に本土に帰還するも、部隊壊滅、空路途絶で帰還できなくなる。木更津航空隊にしばらくいたのち、8月に332空()、9月に252空に配属される。台湾沖航空戦、フィリピン沖海戦に参戦している。この間若手隊員の教官任務も行っていたと推測される。昭和19年11月に少尉に昇進後、昭和20年3月203空(厚木)に移動。特攻の護衛や、特攻機のパイロットの訓練などを行う。

 昭和20年(1945年)8月の戦争終了後、公職追放されるも日本開拓公社入社を経て結婚。北海道への開拓事業に参加するも心臓を悪くして帰郷した。その後こまごまとしたことを行うが、昭和27年公職追放が解除され定職に就いたものの、その1年のち、虫垂炎の誤診による手術および背中の古傷の手術ミスにより昭和30年(1955年)に敗血症になり死去。享年38であった。

戦略等

  • 航空戦においては一撃離脱戦法をとるものの、航空機同士の格闘戦も得意であった。
  • 戦術として有名なものはいわゆる「送り狼」と呼ばれるもので、基地攻撃後のアメリカ軍を奇襲により攻撃するものである。また、三号爆弾(信管式の親子爆弾、航空機に対して使うが扱いは難しかった)を巧みに利用し、敵に多大なダメージを与えることがうまかった。また、無線機のモールス電信を活用した戦術を活用したり、無線受信を利用して敵の位置を確認するなどの作戦をとったと思われる。
  • 他者にコツを聞かれた際、「とにかく見張ることが重要である」と答えている。事実、パイロットとしては目はそれほどよくはなかったものの、敵を見つけることには長けていた。


そのほか

  • ラバウル時代の愛機は60以上もの撃墜マークピンク色に染まっており、非常に目立つ存在だったとされる。
  • あだ名は最強の零戦パイロット。また、自らのことを零戦虎徹と呼んでいたらしい。
  • 「小柄で物静か」というイメージを持ち、撃墜王にはあまり見えなかったものの、見る人から見ると「強い殺気」を感じさせるものがあったとされる。
  • 彼の妻は「戦時中のエースパイロット」としてのこの人物を知っており(ファンだったという説もある)その後見合いで結婚した。また、この人物の描いた記録をきちんと保存しており、のちにこの人物を知ることに多大な功績を遺した。
  • ラバウルにおいては数十機程度の防戦であったにもかかわらず、アメリカ軍は1000機単位と誤解していたのはこの人物の活躍のおかげもあると思われる。


関連タグ

大日本帝国海軍 戦闘機 戦闘機パイロット 零戦 撃墜王

若本徹子(彼がイメージモデルであるキャラクター)
宮部久蔵(彼がモデルの1人ではないかとされている)

参照

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