概要
福岡県の宮若市と糟屋郡久山町の市境に存在する犬鳴峠。この峠に掘られた犬鳴隧道は明治時代に作られた旧トンネルと1975年に開通した新トンネルの2つがある。
この旧犬鳴トンネルの近くには法の支配が及ばない『犬鳴村』があり、そこに立ち入ったもので生きて帰ってきたものは居ないというもの。
具体的には
- 日本の行政記録や地図に一切載っていない
- トンネルの前に「白のセダンは迂回してください」と書かれた看板が立てられている。
- 村の入り口に「この先、日本国憲法は適用しません」という看板がある。
- 江戸時代以前から村人たちは激しい差別を受けており、村人は外部の人間を敵だと認識していて、外部との接触を一切拒み、自給自足の生活をしている。
- 閉ざされた環境のため近親交配が続いているとされている。
- 入り口から少し進んだところにボロボロのセダンが置かれており、広場の先にある小屋には骸骨が山積みにされている。
- 旧トンネルは柵で塞がれており、それを乗り越えると紐と空き缶で作られた鳴子が鳴り、斧を持った異常に足の早い村人が追いかけてきて情け容赦なく惨殺される。
- 村の近くにあるコンビニに置いてある公衆電話は警察に通じない。携帯電話は全キャリア圏外。
- 若いカップルが面白半分で犬鳴村に入り、惨殺された。
といった物。
恐怖!犬鳴村の真相
結論から言えば、犬鳴村伝説はガセである。
一体、この話の大元と出処は何処なのかについてだが、追跡できる形で判明したのは1999年頃に2ch(現5ちゃんねる)のオカルト板で立てられたスレッドでこの話が出てきたのが初出だった模様。「犬鳴峠」と題したスレッドである。
そこに書き込まれたソース元となるリンク先は現在では消滅しており確認不可能だが、日テレのURL、そしてそこに含まれる文字「FERC」からすると、当時放送されていた噂と謎を追跡する情報バラエティ番組『特命リサーチ200X』の視聴者からのリクエストフォームに書き込まれたものと見られる(該当番組では架空の調査機関としてFERCという組織の設定があった)。
※以下、リンク先にあった書き込みとみられるスレッドに転載されたコピペ。
4 :2です:1999/11/02(火) 12:32
探しにくいんで、転載しておきます。
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依頼主 匿名希望
タイトル 『日本に在って日本でない村』
依頼内容
福岡県で犬鳴峠という地元ではとても有名な心霊スポットがあります。
私は心霊の類は一切信じないのですが、この地域はどうやら心霊だのなんだの
を抜きにして非常に奇妙な場所のようなのです。
犬鳴峠の、あるトンネルの横に普通では絶対見落としてしまうような畦道があ
ります。その畦道を登っていくとどんどん道は狭くなっていきます。それでも
上っていくと、なんと地図に載っていない村があるのです。畦道の途中には
「この先、日本国憲法つうじません」といった旨の立て札もあるそうです。
ある夜、この村に行こうとした知り合いは、村の入り口(?)にプレハブ小屋を
見つけました。ふと車を止めてそのプレハブを見ていると、いつのまにか4、5
人の男が集まっていて、所謂キレた(イった)目でこっちを見ていたそうです。
彼らはすごい速さで車に近付いてきて、「これはヤバい!!!」と思った知り合
いらは慌てて来た道(村の入り口は急に広くなるためUターンができる)を引き
返したそうですが、車の後ろ部分は、斧のようなものでボロボロにされたそうで
す。
また昼に村に行った別の知り合いは、昼には村には誰もいなくて、ボロボロの木
で戸を打ち付けられた家が何個かあって、広場(?)のような開けた場所に、島
根ナンバーの白い車がグチャグチャになって放置されていたといいます。そうい
えば、以前、この地域で島根のカップルが行方不明になったという話がありまし
た・・・。
また、奇妙なことにその周辺では、どこのメーカーの携帯電話も圏外になるとい
う奇妙な現象も起こります(私のもそうでした。)。また、未確認ですが、そこ
からもっとも近い某コンビニの公衆電話は110番が通じないとのことです。
ある人から聞いたのですがこの村は、警察や国家権力の介入ができない「特別な
んとか保護(?)地域」なんだそうです。たしかに、地元ではとても有名な場所
に関わらず、TV等の取材もなぜか峠止まりなのです。
一説には、この村は江戸時代以前とても酷い差別を受けていていつからか外界と
の接触を一切断ち、その村だけで自給自足し、また女性の絶対数が少ないため近
親相姦を繰り返し、遺伝的に危ない人になったのではという話もありますが、そ
れは単なる憶測に過ぎません。
一刻も早い調査をお願いします。
最近、興味半分でこの地域に行く若者が急増しているのです・・・。
進行状況 未調査
※ここまでがスレッドで書かれたコピペ原文ママ
…と、先述の犬鳴村の概要とはやや異なる部分が見受けられる箇所がある。危険人物がいる地域なのに「特別保護地域」という不可解な記述等が含まれている。また、村の名前すら出ておらず「日本に在って日本でない村」「犬鳴峠に存在するとされる村」としか語られていない。
依頼投稿者からして「~のようだ」「~だそうだ」の曖昧な伝聞調であり「村の実情が憶測にすぎない」と言っている上にそもそも投稿者自身が実際に村へ行った事がないとしか読めない。
このスレの時点でこの言われ方をしている。
7 :名無しさん:1999/11/03(水) 06:40
この狭い日本では現実味がなさすぎ。
そんなとこがあったら、空から見れば一発で分かるでしょう。
これって「2000人の狂人」っていうアメリカのB級ホラーの話にそっくりだよ。
京極夏彦の小説にも似たような隠れ里の話があったしね。
新耳袋に載っていた一つ目の村(から来た巨人に遭遇した人の話)の方が
真実味ある。夢を持つのはいいけど、これは出来が悪いなあ。
「噂」の特徴である伝聞調と憶測の羅列ゆえに確証となるものが一つもないのでやはり初出からしてガセネタ(作り話)の臭いしかない。そりゃ番組でも未調査で終わっているはずである。
なお、念の為に言っておくが当時の番組投稿フォームに書き込まれていたかは先に述べた通りサイト自体番組放送終了に伴い削除されている為、その先は追跡不可能である。しかも今となってはこのコピペ自体もコピペを装ったものである可能性も捨てきれない。
よってこれがネットを介して噂が(多少形を変えながら)拡散していった事はほぼ確実である。ネット経由の噂話は既にネットが普及して20年以上過ぎた事でリンク切れやサイト消失によって手掛かりとなるものの確認の術が途絶えたのが多くなってきている。それでもこの都市伝説は辛うじて手掛かりが残っていた稀なケースであった。
さらに面白い事に似たような話の出処のソース元が未だ判明しない「杉沢村伝説」は、実際にフジテレビの番組「奇跡体験!アンビリバボー」で何度か取り上げられた事で有名になっていったのに対して、「犬鳴村伝説」は番組で全く取り合わなかったのにネットで有名になった事が対照的である。
犬鳴村が1999年で杉沢村は2000年と非常に年代が近かったのも特徴的だったと言えよう。
実際の犬鳴
そもそも、犬鳴に人が住み始めたのは江戸時代の1691年であり、それ以前は無人の土地であったばかりでなく、犬鳴と言う地名ですら無かった。
江戸時代末期になると犬鳴で鉱山の開発が始まり、1865年には藩主の避難場所として犬鳴御別館が開設されるなど、犬鳴周辺は間違いなく外部からの人の出入りがあったことが当時の資料などでも確認されている。
ちなみに、当時の建物こそ明治時代の災害で失われたものの、現在でも犬鳴御別館跡には石垣などの遺構が残っていて往時の繁栄を偲ぶことができるし、地図にもちゃんと載っている…ばかりか紹介用のホームページまである。
このように、犬鳴は当時の福岡藩にとっての要所であり、人の出入りも多かったことから、そんな危険な村がずっと見つからないというのは考えにくい。
ついでに、犬鳴御別館が開設された1865年は慶応元年…つまりは明治直前の幕末の最末期であり、そんな文明開化が目前に迫っている時代の、それも閉鎖的どころか人々が行き交う要所において、差別はともかくここまで極端に排他的かつ野蛮な文化と環境が醸成されるとも思えない。
また、たとえ村に立ち入った人が惨殺されていたとしてもおそらくは数例は生還者が居るはずだし、仮に例外なく皆殺しの憂き目に遭っていたとしても、数日も経てば殺された者の家族や友人知人らが心配して行方不明として捜索しだすであろうことは想像に難くない。
また、そうした行方知れずが増えていくと、今度は地元の領主や藩主が事態を重く見て大がかりな捜索や山狩りを行うだろうし、そうなればやがて村の存在が白日の下に晒されるのは必定である。
さらに言えば、そんな危険な村が自分の領地内で発見されたとあっては藩主も当然黙って見過ごす訳がなく、すぐに討伐に乗り出したはずであろうし、いかに村人たちの足が異常に速かろうと戦闘力が高かろうと、物量にも装備にも優れた藩の討伐隊に小さな村が太刀打ちできるとは考えにくい。
そもそも、幕末期にそんな怪物退治のような討伐戦があったら、ほぼ確実に何らかの記録として後世に残るはずである。
と言うか、江戸時代に刊行された地誌類(筑前國続風土記、筑前國続風土記附録、筑前國続風土記拾遺)のいずれにも犬鳴村に相当する記述は存在しないし、『犬鳴山古実』なる日吉山王宮の大宮司が著した地誌にも記述は存在しない。
また『筑前國続風土記』編著者で福岡藩士でもあった貝原益軒は甥の好古と共に1696年にこの地を訪れ、犬鳴谷及び周辺の山々の詳細な記述をそれに記しているが、犬鳴村に相当する記述は存在しない。
1784年に福岡藩の藩命により藩士加藤一純が鷹取周成と青柳種信の助言を得て編纂した『筑前國続風土記附録』にも犬鳴村に相当する記述は存在しない。
1814年にやはり福岡藩の藩命により、藩士で国学者であり考古学者で地理学者でもあった青柳種信が、『筑前國続風土記附録』の修稿再吟味の為に門人の児玉琢と領内各部を回った際に、犬鳴谷とその周辺の山々を隈無く精査しているが、それらを基に編纂された『筑前國続風土記拾遺』にも犬鳴村に相当する記述は存在しない。
実を言えば犬鳴村という名前の村は大昔から今日に至るまで、そもそも存在すらしていない。
一応、「犬鳴谷村」ならば過去に(具体的にいえば明治元年まで)この地にあったのだが、犬鳴谷村はその後周辺の村落を合併して「吉川村犬鳴」となり、独立した村ではなくあくまで村内の集落のひとつとして扱われているなど、「犬鳴村」としてはやはり一度も存在していないし、また日本国内の他の地域にも「犬鳴村」という名前の村が存在していたという記録はどこにも無い。
なお、かつて村があった場所は現在では1994年に完成した犬鳴ダムの湖底に沈んでおり、住人は全員周囲の地域に移転している。
そもそも…日本の行政記録や地図に載っていない⇒前述の通り、最初から存在しないものが載っていないのは当たり前である。
もっとも…
- 江戸時代以前から危険な村人がいる⇒そんな危険地帯のある集落の近くに何故わざわざ明治時代に旧トンネルを作ったのか?そもそもそんな集落があるならば、トンネル建設中に村人の襲撃が起きている(=事件として通報されるし、そうなれば警察や軍が動く)はずである。
- 「この先、日本国憲法は適用しません」⇒日本国憲法の何が適用されないのかが書かれていない。またその理由すらない。「国の法治の及ばない地である」ということをアピールしたいのかもしれないが、日本国内で自治体や行政の許可無しにそんな自分ルールを定めたら、いずれは役人や警察が動くし、前述の地理情報から大々的に報道もされないような場所ではない。
- 村の近くにあるコンビニに置いてある公衆電話は警察に通じない⇒どういう理由や原理で?店舗内の固定電話は?119番や友人知人にかけて警察に取り次いでもらった場合は?それができないならなぜ置いてあるの?そもそもなんでそんな危険箇所の近くにコンビニがあるの?そんな所に店構えたら殉職者続出じゃない?客が来るの?…と思うが、実際の犬鳴トンネル付近にはコンビニ自体存在せず、距離的に一番近いコンビニでも犬鳴峠からはかなり離れている。
- 携帯電話は全キャリア圏外⇒衛星携帯電話はどうなの?無線機は?原始的に狼煙は?あるいは狼煙の火で山火事が発生したら?そんな常日頃から煙が出ているのか?
…とまぁ、とても実在できるような村ではない。
犬鳴隧道について
一般的には犬鳴トンネルと呼称されているが、正式には「犬鳴隧道」である。
新犬鳴トンネルが開通した事により廃止となり、現在は犬鳴隧道とそれにつながる旧道は廃道になっている。
峠付近は深山幽谷かつそもそも薄気味悪い所で、当初から車の通行は少なかった。と言うかぶっちゃけ地元の人ですら余り通らない場所だった
トンネルは閉鎖当初は封じられていなかったが、暴走族が溜まり場にしただけでなく、不法投棄などの問題が絶えず、更に1988年には殺人事件まで発生した。危険地帯だったことが都市伝説に使われた原因になったのかもしれないが、定かではない。この殺人事件をネタに「心霊スポット」などと煽り「聖地巡礼」を促す無責任なサイトも多い。
またトンネル自体も素掘りである為崩落の危険があるなどの理由から現在ではブロックで封じられ、久山町側から通じる道にも柵が設けられ不法侵入に対処する為に監視カメラが設置され警察に通報する旨の警告看板すら設置されている。
旧道はそもそも交通の難所であり、一部では崩落も発生しており、また冬場には積雪による路面凍結で事故が発生している。
久山町側の旧道とは異なり、反対側の宮若市側の旧道は車の通行こそ認められていないが、犬鳴山の登山道でもある為登山者であれば通行は可能。
犬鳴村の正体
犬鳴村は現在過去いずれの時代においても存在してなどいないが、実は犬鳴村とされていた地域は実在する。と言うか誤解された地域と言った方が適切かも知れない。
それは福岡県糟屋郡久山町大字柳ヶ原と福岡県宮若市大字脇田字コイゲである。双方とも犬鳴とは歴史的にも一切合切関係ないが、犬鳴隧道付近の林道から山中に入った先にある隠れ里のような集落である。
柳ヶ原は現在無人になっているが、かつては6軒の家が存在し、段々畑が広がる地域だった。
航空写真で見ると現在は段々畑は全て森林に飲まれているが、6軒の家屋はまだ全て残っている。いずれも新しめの家屋であるが、うち1軒は森に飲まれそうになっている。またゴミが散乱しているのも見て取れるので、もしかしたら不法投棄がされている可能性もある。
コイゲは終戦後に開拓された開拓地である。
以前は段々畑が広がっていたが、現在は航空写真で見る限りは全て耕作放棄地になっている。
また以前はビニールハウスが布設されているのが確認できたが、現在は無くなっている。
作業小屋とみられる建物が一軒かつては有ったがそれも無くなっている。
またコイゲの北側の山中にビニールハウスが布設されている場所がある。
ここには家屋が1軒存在している。この家屋は常時人が居住しているのか、この場所で農作業をする時に一時的に居住する為の家屋なのかはわからない。
なお犬鳴とその周辺の航空写真をいくら見ても「犬鳴村」そのものと思える場所は確認できない。
映画化
2020年2月8日に清水崇監督による「犬鳴村」が公開される。犬鳴村伝説が映像化されるのはおそらく初。
関連項目
杉沢村…同様の都市伝説。
バイオハザード4…プラーガに冒されたためとはいえ、「閉鎖的・排他的なコミュニティ」「村人が極めて狂暴で全力で殺しにくる」「骸骨が山積みになった家屋」などの類似する点がある。序盤は本当によく似た展開が続く。なおバイオハザード4は2005年発売であり、先述の都市伝説の初出年の方が先である。
SIREN、SIREN:NT…この都市伝説や上述の杉沢村の都市伝説の影響を受けたと思しきホラーゲーム。
あまのじゃく村‼…1994年、リンク先33話。こちらも入っただけで村人が襲ってきた。惜しいことに準レギュラー二人がこの数話前に殺されており、余計に怖さを減らしている。 どうも第三作32話も、似た話らしい