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谷村新司

たにむらしんじ

日本のシンガーソングライター。フォーク・グループ「アリス」のリーダー。
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谷村新司(1948年12月11日~)

概要

日本のシンガーソングライター
DJ作詞家作曲家大学教授でもある。
1970年代後半に人気だった日本のフォーク・グループ「アリス」のリーダー。
ソロでのヒット曲としては「」、「22歳」、提供曲としては「いい日旅立ち」(山口百恵)、「花梨」(柏原芳恵)、「砂の十字架」(やしきたかじん)などがある。
ニックネームはチンペイ。

来歴

1948年12月11日、両親が戦時中に疎開した河内長野市長野温泉で誕生。
1952年、大阪市東住吉区に転居。
1964年、大阪府立大和川高等学校に進学。
1965年、フォーク・グループ「ロック・キャンディーズ」を結成。
1967年、桃山学院大学に進学(中退)。
1968年、「ロック・キャンディーズ」は東芝レコードよりシングル「どこかに幸せが」でデビュー。
1970年、細川健(後にアリスの所属する音楽事務所を設立)の主導で「ザ・フォーク・クルセダーズ」などと合同の北米横断コンサートツアーが行われ、「ブラウン・ライス」の矢沢透と意気投合しバンド結成を約束する。
1971年、「フーリッシュ・ブラザーズ・フット」の堀内孝雄と「アリス」を結成。翌年、矢沢も合流。下積みが長かったが、1970年代後半にはビッグ・ネームとなる。
1972年、「セイ!ヤング」(文化放送)で1978年までDJを務める。ゲストで出演していたばんばひろふみが途中からレギュラーになりボケ役を務めた。「天才・秀才・バカ」のコーナーは大人気で、「青春大通り」(1978~1980年)、「青春キャンパス」(1980~1987年)でも谷村・ばんばのコンビで継続した。
1979年、「陽はまた昇る」でソロ・デビュー。
1980年、ソロ・シングル「昴 -すばる-」がヒット。
1981年、「アリス」が活動停止。工人体育館(北京)で日中共同コンサート「ハンド・イン・ハンド北京」を開催。
1984年、小川知子とのデュエット・シングル「忘れていいの-愛の幕切れ-」がヒット。
1987年、「アリス」を復活させ翌年まで活動。
2000年、「アリス」を復活させ翌年まで活動。
2004年、上海音楽学院上海)の教授となる。
2015年、紫綬褒章を受章。

余談




関連タグ

アリス ニューミュージック フォーク

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