曖昧さ回避
- 古代中国で用いられていた三本足の青銅製祭器、煮炊きする器具。独特の文様は饕餮文(獣面紋)と呼ばれている。※この項で説明
- 王位および王を支える臣下。鼎の脚。
- 三つのものが並び立つこと。
- 格闘ゲーム『アカツキ電光戦記』の登場キャラクター。 →鼎二尉
1.の概説
古代中国、特に秦王朝以前においては重要視された青銅器の一種。
一対の耳(把手)と三つ又の脚を持ち、遅くとも殷王朝時代には既に存在し、伝承上の夏王朝時代には存在しているものの、夏代の鼎は青銅器ではなく土器と推察される。
元は火に掛けやすくするため煮炊き用の鍋に足を付けたものだが、何時しか神事を行う際に神饌(神への生贄や供物)を煮て捧げるための祭器へと昇華され、さらに祭事を仕切る権利者≒王の象徴として、西洋におけるレガリアに相当するものとして扱われるようになった。
そのため、邪気を祓い悪鬼を退ける意味で四凶の饕餮の顔を模した「饕餮紋」を施すようになった。
九鼎(キュウテイ)はその筆頭で、夏王朝の始祖・禹王が建国時に中華全土から青銅を掻き集めて鋳造させたものとされ、以後は秦代まで九鼎を守るものが天子とされる習わしであった。
しかしのちの周王朝の滅亡後の春秋戦国時代、中華の覇権を握らんとした秦の嬴政(始皇帝)が九鼎を持ち出した際、その混乱の中で泗水(現代の泗河)に落として沈めてしまう。
以後、九鼎は歴史からその姿を消し、代わりに始皇帝によって彫像された玉璽が王権象徴の至宝として取り扱われるようになった。
鼎にまつわる言葉
鼎談
3人で話し合うこと。
鼎立
3つの勢力が並び立つこと。
鼎の脚
権力者を支える臣下のこと。
鼎の脚が三つ又であることから、三人の重臣を指して呼ぶことが通例。
日本では柳生宗矩、松平信綱、春日局の徳川家光政権の三名をこう呼んだ。
鼎の軽重を問う
「問鼎軽重【もんていけいちょう】」とも。
権力者・為政者を軽んじ、その地位を狙うこと。つまり下剋上を指す。
また権威を疑うことも意味する。
春秋戦国時代、楚の荘王が周の都・洛陽に向けて軍を構えて北上し、これを威圧する。
周の定王は大夫の王孫満を遣わし、荘王を接待する。
このとき、荘王は九鼎の大きさと重さを孫満に問うという、大胆不敵な質問を投げかける。それを聞くということは、洛陽から九鼎を持ち出すことを意味する禁則事項に外ならず、自身が天下を狙うことを宣言したに等しいものだった。
これに孫満は「定王様の御威光は王御自身の徳によるもの、九鼎がもたらしているものではありませぬ」と毅然と返し、荘王は徒労のまま帰国した。