概要
数百年前に誕生した、神に仕える特殊な霊能力『倉院流霊媒道』を持つ霊媒師の一族。主に族長に当たる『倉院流霊媒道』の家元とその近親者を指す。本拠地にして一族の故郷『倉院の里』は東京の郊外にある。各地には『葉桜院』を始めとする遠縁の関係者が営む、寺社仏閣や霊術道場も構えている。霊媒師一族としては名門で、能力故に歴史の舞台裏に潜む形ではあるが、古来より政財界とも大きな繋がりを持ち、現代に至るまで栄耀栄華を極めていた。
しかし2001年の年末、日本を代表する難事件DL6号事件が発生し、翌年の2002年に警察から「極秘捜査への協力」を依頼されて引き受けた事が切っ掛けとなって、一族の歴史は狂い始めた。警察は現在の家元・綾里舞子を選出し「被害者を霊媒して、真犯人の名前を聞き出して欲しい」と依頼し、舞子はそれに従った。ところが呼び出した霊の誤解によって、無実の人間を起訴してしまい、裁判では無罪判決が下された事で「警察と綾里家の威信を掛けた極秘捜査」は失敗に終わった。事件関係者の1人が「この両者の歴史的失態という極秘情報」を漏洩させてしまい、雑誌記者の1人がマスコミにリークしたのが原因で、警察と綾里一族は歴史に残る大規模なバッシングを受ける羽目になった。
特に望まぬ形で、歴史の表舞台に初めて姿を現した上、元から人によって信憑性の度合いが大きく異なる、霊媒師という職業から「一族の霊能力は嘘っぱち」と喧伝された綾里家への痛烈非難は、警察を遥かに上回り日に日に熾烈化して行った。それに伴い綾里家も瞬く間に没落し、かつての栄光と裕福な生活が嘘の様に、世間からは迫害されて貧窮にも苦悩する身の上へと変わり果てた。こうして一族は繁栄時代から衰退時代に移行し、その元凶として全ての責任を押し付けられた、舞子への誹謗中傷は群を抜いて過激なもので、彼女は家元でありながら、世間のみならず一族の人々からも白眼視される存在となり、悲惨な現状に耐えられなくなった舞子は、2人の娘を故郷に置き去りにして行方を眩ました。
本来の次期家元は舞子の長女・綾里千尋だったが、彼女は「母親が失脚と失踪に至った事件の真相」を求めて、未来の家元の座も故郷も優れた霊力も捨てて、血の滲む様な努力を積み重ねて優秀な弁護士へと成長した。一連の家庭の事情から、次期家元の座は舞子の次女・綾里真宵が急遽、継承する事となった。この2人の姉妹が新米弁護士・成歩堂龍一と出会い、彼と協力して「全ての元凶DL6号事件」を筆頭に、綾里家の関連事件を全て解決して行った結果、徐々に復権が進みつつある。
『倉院流霊媒道』
綾里家に伝わる特殊な霊媒術。そのルーツは『クライン王国』にあり、同王国での研鑽の末に日本に帰国し、霊媒術を伝えたとされる綾里供子を創始者とする。霊力は供子の血を引く女性にのみ受け継がれ、その中から綾里一族の族長に当たる『倉院流霊媒道』の家元は一子相伝で1人が選ばれる。それ以外の者は「分家」として扱われ、どんなに霊力が強くとも家元になる事は許されない。それ故に古来から一族間では権力抗争の末に「分家の人間が本家の人間を暗殺するという血生臭い歴史」が繰り返されて来た。
綾里一族の女性であっても霊力を全く持たない、もしくは霊媒師にはなれない程、霊力が弱い人物が誕生する事も時折ある。更に姉妹が生まれると、姉の方が妹よりも強大な霊力が受け継がれるのが通例で、綾里千尋と綾里真宵はその好例と言える該当者である。一方2人の伯母と母に当たる、綾里キミ子と綾里舞子は「例外中の例外」として名が挙がる。姉のキミ子は家元の長女でありながら霊力が絶無の反面、次女の舞子は生まれつき優れた霊力を持っていた。これを理由に特例措置として、キミ子は本家から分家へと追いやられ、舞子が家元を継承する事となった。
条件を満たした血筋であっても、霊媒を発現させるには天性の才能や集中力、厳しい努力と修行を生涯に渡って要する。なお家元候補は『クライン王国』での修行と儀式を受ける事が義務付けられている。
霊媒は独特の印を結んで祝詞を唱える事で発動し、霊媒された霊自身の意思か、勾玉を媒介にした「除霊の儀式」をもって終了する。呼び出す霊は素性は知らずとも、顔と名前さえ知っていれば誰でも呼び出す事が可能。霊の方から勝手に霊媒師に憑依するのは不可能で、霊媒師が自ら決定権を下さなければ冥界から出られない。その為、霊媒されない限り、霊が現世の情報を知るのは不可能となっている。最大の特徴として「霊媒師が自身に憑依させた、霊の生前の姿へと変身する事」が挙げられる。髪型と体の色素、着用している服は変えられないものの、霊媒師の本来の姿をベースとして、生前の霊媒対象とほぼ同じ容姿になる。髪型と服装は霊の個人行動によって変更可能である。霊媒対象の声も人格も生前そのままに再現される。
霊媒中の霊媒師の意識は完全に封印されており、憑依した霊は無制限かつ自由自在に振る舞える。どんなに優秀な霊能力の持ち主でも、憑依した霊の意思や行動への干渉や抑制は不可能であり「肉体の主導権は霊に掌握される仕組み」は誰にも変える事は出来ない。この性質故に危険人物が霊媒されると、憑依された霊媒師に何らかの攻撃や拘束手段を取るしかなくなる。最悪の場合、危険人物の霊が暴走した時は霊媒師を殺害して、その肉体から強制的に霊を追い出すしか対抗策が残されていない。
複数の霊媒師が同じ霊を憑依させようとすると、霊能力が強い霊媒師の方が優先されて憑依対象となる。また基本的には他の霊媒師が先に呼び出した霊を引き剥がして、自分の方に憑依させるのは不可能とされるが、この点に関しては霊力の強弱次第では一定の操作が可能と見られる。『逆転裁判3』第5話『華麗なる逆転』では、ずっと春美が霊媒しようとしていた霊を、真宵が3日間にも及ぶ独占に成功した事もある。
勾玉
綾里家に伝わる秘宝で、使用者の霊力が込められている。『倉院流霊媒道』の紋章にも用いられており、作中では『家元の護符』や『家元の舞子の姿を描いた掛け軸』にも描かれている。綾里一族の者達は遠縁であっても、出生時から自分専用の勾玉を首飾りとする事が義務とされる。『倉院の里』の出身者では綾里千尋、綾里真宵、綾里春美が身に付けている。分家筋の寺院『葉桜院』の尼僧・毘忌尼と葉桜院あやめも同じ物を着用している。勾玉は皆同じ大きさだが、色は1人1人異なる。
首飾りは勾玉を中心として、左右には「修行の数の証となる白い数珠」が付属される。修行を積んだ数が多ければ多い程、白い数珠の数は増える仕組みで、平均的な数は真宵と春美と同じ4つとなる模様。『逆転裁判6』にて家元に就任した成人後、再登場を果たした真宵の白い数珠は6つに増えている。あやめは霊力の無さ故、修行が少ないので2つしかない。千尋は霊媒師を引退して故郷を去った身であるが、未だに郷土愛は抱いている証として「白い数珠を取り外して、勾玉だけを糸で吊った簡素な首飾り」をスカーフの下から下げている。
真宵は首飾りとは別に、特別な薄緑色の勾玉をお守りとして持っていた。これに春美が霊力を注ぎ込み、成歩堂龍一に託した結果「サイコ・ロックの視認、利用、解除」が可能になった。
また綾里家には勾玉の家宝が幾つもあり、遠縁に当たる『葉桜院』にも『小勾玉』が安置されている。これは「小」という名前にして『八咫鏡』位の大きさがある。綾里一族の本家に奉られた『大勾玉』に至っては非常に巨大で『高菱屋百貨店』で開催された『倉院の里・秘宝展』に出展しようとするも、百貨店の入り口に突っ掛かってしまう程の大きさが原因で出展を断念された。
『倉院の里』
『倉院流霊媒道』の総本山であり、別名『霊媒師の谷』。その昔この地を拠点とする政治家・清木まさはるの祖先である清木家の領主が、日陰者にして少数派であった霊媒師達を、その力を狙う者や偏見から守って来たという歴史があり、現在でも地元警察でさえ清木家には頭が上がらないでいる。
『成歩堂法律事務所』のある街からは電車でも2時間かかる距離にあり、携帯電話の電波は通じず、バスは朝・昼・夜に3本出るだけと本数がごく僅か。アニメ版では、DL6号事件の解決後は復興活動の一環として、観光ツアーが開催される様になり、その宣伝ポスターには「都心から電車で片道80分」と記述されていた。観光ツアーは日帰りと宿泊が選べる。土産物として『木彫りの熊』がある事から、野生の熊が出没する地域と思われる。
藁葺の民家が立ち並ぶ中、最も大きい家が『倉院流本家』に当たる綾里邸で、貧困に喘ぐ様になって以降も「和風の豪邸」として姿を保っている。邸宅には「綾里家の家宝」が幾つも貯蔵されている。邸宅の向かいには霊魂が宿るとされる家宝『倉院の岩座(いわくら)』なる巨岩が聳えていて、刻まれている長文の祝詞が読める。綾里邸の本堂にあり、霊媒師と依頼者が降霊の儀式を行う『対面の間』には前述の家宝『大勾玉』が奉られている。里の霊媒師達は『修験道の間』で日々修行に励んでおり、この部屋にも家宝が供えられている。だが、それは『お金のたまる100の方法』と題名通りの文章が延々と書かれただけの大型の布地で、前述の2品と違って神秘性が感じられない代物である。「綾里一族の歴史を物語る家宝」という点では『倉院の岩座』『大勾玉』と共通しているが、この2品が「栄光の歴史」を物語っているのに対し、悲しい事に『お金のたまる100の方法』は「没落の歴史」を物語っている。おまけに初登場から1年後には然り気無く『お金のたまる108の方法』に題名も内容も改変されたりもした。
本拠地『倉院の里』以外にも、全国各地に修行場が設けられているが、寂しい山奥にひっそりとある為か、その数は把握されていない。代表的な修行場『葉桜院』さえも、人里離れた豪雪地帯にある『吾童山』の山奥に人知れず建っている。アニメ版では『葉桜院』の近くには大きな枝垂れ桜が生えていて、数年前その木の下で美柳ちなみと尾並田美散は「ある誓い」を交わし、桜の木の根元に「誓いの証となる物」を埋めた事が明かされた。
食事は修行の一環として精進料理が中心であり、食生活の影響から春美はベジタリアンで肉類を苦手としている。母親から街へ繰り出すのを禁じられていた春美と異なり、自由な移動が許可されていた真宵は麓のラーメン屋を行きつけの店としており、彼女の味噌ラーメン好きのルーツとなっている。
綾里一族は霊媒を生業としているが、霊力は女性にしか受け継がれない為、父親等の男性陣は出稼ぎに出ている事が多く、作中では一族の男性の姿は何処にも見当たらない。『倉院の里』では完全な女性優位社会が形成されていて、必然的に隅に追いやられてしまう男性陣と、綾里家の女性陣は夫婦仲が上手く行かない事が多く、最終的には離婚してしまうケースが後を絶たない。後継ぎとなる女児が生まれると「お役御免」と言わんばかりに、夫が居場所を失くして里を去る事も少なくない。現に春美の父親は作中の描写により、前述の背景から里を捨て去った事が示唆されている。
『倉院の里』には「里を離れて20年が経過した者は「死んだ者」と見なし、該当者が家元だった場合、自動的にその座が次期家元に継承される」という風習がある。『1』の時点で現在の家元・舞子は里から姿を消してから既に15年が経過しているので、あと5年後には娘の真宵が家元を継承する事が確定している。
出身者
先祖
綾里供子
『倉院流霊媒道』の開祖にして、綾里一族の創始者。数百年前に死去しており、歴史の影に潜んで活動していた人物なので、人となりや活動内容を知る為の資料に乏しく、多くの事が謎に包まれている。綾里一族は本家であれ分家であれ、全員が供子の血を受け継いでいる。「供子(きょうこ)」という名前には「神に供える子供という意味」が込められている。現在も子孫一同からは「供子様」と敬称で呼ばれたり、過去に制作された家宝『七支刀を持った供子の黄金像』が今も『葉桜院』に大切に保管されていたりと、きちんと畏敬の念は払われている。
その反面「供子の魂が封じられている」という言い伝えのある家宝『倉院の壺』の扱いは「粗略」の一言で、通算3回も割られてしまっている。しかも罰当たりな事に、壺を割った犯人には彼女の直系の子孫まで含まれている。おまけに普段の置き場所は「綾里邸の縁側に面した、渡り廊下の曲がり角」で「さぁ割って下さい」と言わんばかりの状態にある。ここまで来ると今尚、供子の魂が封じられているかは眉唾物である。壺を割った犯人の1人にして供子の直系の子孫・綾里春美は罪悪感に苦しんだが、出会ったばかりの成歩堂龍一に「きっと供子様も狭い壺から出られて喜んでいるよ」と励まされて立ち直った。『倉院の壺』は不思議な因果から『逆転裁判2』第2話『再会、そして逆転』&『逆転裁判3』第2話『盗まれた逆転』の事件では重要な証拠品の1つとなった。
本家の出身者
綾里舞子
現在の『倉院流霊媒道』の家元で、千尋と真宵の母親。綾里一族としては珍しく、夫婦円満で幸福な家庭を築いた女性で、次女の真宵が物心付いた頃、夫に先立たれるまで連れ添った。夫の死後は2人の娘を女手一つで愛情を持って育てていた。温和な性格と慈愛の精神、優秀な霊能力の持ち主で、家元に相応しい長所を兼ね備えた人格者。「夫との死別、姉一家との確執」さえ除けば平穏な日常を過ごしていたが、それを崩壊させる出来事が起きる。
舞子は警察から難事件「DL6号事件の極秘捜査への協力」を要請されて、彼らの言われるがままに被害者の弁護士・御剣信を霊媒して犯人の名前を聞き出した。しかし被告人の法廷係官・灰根高太郎は「心神喪失を免罪符とする卑怯な法廷戦術」を用いた担当弁護士・生倉雪夫の手によって、無罪になると同時に社会的に抹殺されてしまう。この極秘情報をある記者が世間に大々的に報道したのが発端となって、警察と綾里家は国中から誹謗中傷を受ける羽目になった。世間のみならず、舞子は『倉院の里』の人々からも「一族衰退の元凶」と見なされて痛烈非難を受けた結果、完全に失脚。故郷でも居場所を失くした現状に耐えかねて、彼女は2人の娘を里に置き去りにして失踪してしまった。
2人の娘・千尋と真宵が危機に直面する、有名な事件が何度も発生したり、DL6号事件の解決後も一向に姿を見せようとはしない。舞子本人としては「綾里一族の名を汚した私には、娘に合わせる顔が無い」と考えている様だ。依然として足取りは掴めないものの、真宵には「母の生存確認を目的として、霊媒を試みるも呼び出せなかった事」から生存自体は確実視されている。
綾里千尋(メイン画像・左の女性)
舞子の長女。母親が失踪するまでの一連の事件を「母を破滅させた事件」と呼び、その真相を知る為に次期家元の座を自ら捨てて、大学の法学部に進学するのを契機に、故郷『倉院の里』を去って弁護士となった。「権力争いから姉妹仲が険悪化した母と伯母」を見て育って来た為、妹の真宵との抗争を回避したいのも里を去った理由の1つだった。スレンダー美人の多い、綾里一族の中では「突然変異」と言っても良い位のグラマラスな美女。聡明で落ち着いた性格を持った才色兼備の女性で、霊媒師としても弁護士としても、非常に優秀な人物と名高い。妹の真宵からも「本当に洒落にならない霊力だった」と太鼓判を押される程、霊媒師の才能にも恵まれていて、没落してしまったとは言え「名門霊媒師一族の長」として、生涯安泰の道を歩む事も可能であった。
それでも「母を破滅させた事件の真相」を追求する目的で、事件関係者の霊媒を通じて、情報漏洩の犯人の名前を聞き出したのを最後に、霊能力を封印し『倉院の里』を去って行った。この背景から故郷に帰省する事は皆無だったらしく、里を出奔してから誕生した、従姉妹の春美との面識も殆んど無い(開発者談)。妹の真宵と再会したい時は「彼女が自分の元を訪れる形式」で固定していた。「母を破滅させた事件」に対するトラウマから「霊能力を利用しての捜査や事件解決」は一度もしていない。人里離れた所に住む妹には「一時的に重要な証拠を預かって貰う形」でのみ捜査協力を担当させ、それを巡る話し合いが姉妹再会の口実になる事も多かった。『逆転姉妹』冒頭での2人の電話による会話も「証拠品の預かり」が話題とされている。
弁護士に就職してから5年後、ついに母を破滅させた事件の真相に辿り着き、真犯人の告発準備を進行していたが、それを察知した真犯人に先手を打たれて、無念にも27歳の若さで殺害されてしまった。千尋の唯一の弟子にして部下であった成歩堂龍一と妹の真宵は、千尋が殺害された事件を通じて出会った後にコンビを結成して、彼女の弔い合戦での勝利を皮切りに多くの難事件を解決に導いた。死後も真宵と春美に霊媒される形で、弟子の成歩堂の師匠と助手役を担い、まだまだ未熟な弟子、妹、従姉妹の3人を支えつつ、生前にも引けを取らない八面六臂の活躍を見せる。千尋が「事件解決の功労者」となった事件も多い。だが彼女の死の爪痕は大きく『123』の時代では、後に更なる事件の数々=不幸の連鎖を誘発する主因となってしまう。
綾里真宵(メイン画像・右の女性)
舞子の次女。母と姉とは正反対に霊能力は微弱で、既に10代後半にして一度も霊媒に成功した試しが無い。幸いな事に霊能力の低さから家族に冷遇される事は無く、逆に両親と姉から愛情を注がれて大切に育てられて来た。家族に恵まれたおかげで天真爛漫な少女に育ち、天才霊媒師と称される姉・千尋と従姉妹・春美への嫉妬心を抱かず、2人とも親密な関係を築いていて素直に敬意も表している。姉とは真逆の極度の天然ボケ娘だが、根本的には千尋に負けず劣らず、強い正義感と優しい心を持っている。いつも明るく前向きな性格に隠されているが、絶大な霊力の持ち主であった姉に代わって、次期家元になる事が定められた将来に不安を抱えている。伯母のキミ子とは異なり、悪質な形に拗らせる事は無いものの、才能ある霊媒師である姉と従姉妹に対しては、若干の劣等感も密かに感じてもいる。
『逆転姉妹』での裁判の終盤、初めて成歩堂の助手を務めた際に必死で千尋に助けを求めた事で、人生初となる霊媒に成功し姉を自身に憑依させた。この時ようやく千尋は「母を破滅させて、自分を殺害した真犯人への復讐」を成し遂げた。その後は成歩堂の助手に就任し、捜査や裁判に行き詰まると「助っ人召還」として姉の霊媒をする様になる。千尋の霊媒は春美が助手に加わってからは、彼女と分担して行っている。作中では綾里家との関係の有無を問わず、多くの事件に巻き込まれては、様々な不幸に見舞われる身の上であるが、幾多の困難を乗り越えて色々な経験を積む事で、霊媒師としても1人の人間としても大きな成長を果たす。『3』での終盤の描写を見るに、霊能力は「大器晩成型」で潜在能力は高かった模様。
分家の出身者
綾里キミ子
舞子の姉で、千尋と真宵の伯母に当たる。綾里一族の本家の出身者でありながら、全く霊力を持たずに生まれて来た。妹の舞子の方が比べ物にならない程、優秀な霊能力者だった為、特例措置としてキミ子は分家へと追放され、舞子が家元を継承する事となった。この経歴から『倉院の里』の人々からは「姉なのに妹に負けた」「長女のくせに家元を継げなかった」と散々、侮辱されて生きて来た。その生い立ち故に舞子とは確執を抱え、彼女とは正反対の冷酷で屈折した性格と価値観の女性に成長した。「綾里家の繁栄時代」を長く見て育って来たのもあって、その頂点に君臨する家元になれなかった事に強烈な未練を持っており、妹の舞子への憎悪や嫉妬、劣等感もまた強い。家元の舞子が行方不明となってからは『倉院の里』の実質的な指導者の地位に就き、姪の千尋と真宵の面倒を見たり、後進の育成も精力的にこなす。
一人娘の春美を溺愛しており、彼女が優秀な霊媒師となれる様、厳しい英才教育も施している。その溺愛ぶりたるや「春美は私の宝物」が口癖となっていて、出会ったばかりの相手にも隙あらば言い出す始末である。知人になって間も無い成歩堂に「あの子の霊力は本家の人間にだって負けてない!」と豪語した事さえある。作中では「春美の父親である夫に関しての話題」が一切見られない事、娘が生まれた時から母子家庭だった事から「春美は優秀な霊媒師の娘欲しさに、キミ子が一時的に関係を持った男性の子である可能性」が高い。春美の父親とは、まともに結婚していたかも疑わしい。キミ子が「とうの昔に離婚した相手だから」との建て前で、里の人々に彼に言及する事を禁じているのかもしれない。一見すると好意的に見えるものの、キミ子の態度や言動からは、娘の春美に対しても、姪の千尋と真宵に対しても、只ならぬ感情を抱いている節が見受けられる。
綾里春美(メイン画像・中央の少女)
キミ子の娘で、舞子の姪に当たる。母親同士が姉妹なので、千尋と真宵の従姉妹でもある。真宵とは姉妹の様に仲が良く、彼女からは「はみちゃん」と呼ばれて可愛がられている。母親のキミ子に厳しく育てられている影響で、子供離れした落ち着いた性格、礼儀正しさ、古風で丁寧な言葉遣いを持ち合わせている。母親の教育方針から『倉院の里』をなるべく出ない様に言い付けられている上、まだ幼いので真宵以上に俗世間の知識に疎い。純真無垢な心の持ち主なのは共通しているが、元気一杯な真宵とは対照的に穏やかな性格。「分家出身者の10歳手前の少女」という立場に反して「天才的霊力の持ち主」との呼び声も高く、次期家元の座が確定している反面、霊媒師としての自信の無さ故に、真宵には「春美の方が家元の素質がある」とまで言われている。『再会、そして逆転』での事件で成歩堂と初対面し、親交の深い真宵を通じて新たな助手に加わる。
『倉院の里』の歴代夫婦達の破局を見て来た生い立ち、真宵に成歩堂と出会う前から、彼の武勇伝を教えられて来た影響で「せめて真宵には幸福な恋愛をして欲しい。彼女に相応しい相手は成歩堂しかいない」という強固な思想を持つに至った。幼い少女らしく「恋に恋する側面」もあってか、既に2人は恋人同士とすら思い込んでいる。この思い込みの激しさ故に、成歩堂が美人の事件関係者に見惚れたり、形を問わず親密にしていると、即座に浮気扱いしてお仕置きする。お仕置きは睨み付けたり、お説教したり、仕舞いには彼にパンチやビンタを食らわせる等、多岐に渡る。その威力は普段のおっとりした姿からは想像も出来ない程に強く、青年の成歩堂もよろめく事すらある。これらの武力行使の被害者とされるのは成歩堂限定なので、この攻撃力は霊力と違って事件の捜査に役立った試しは無い。
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※この先、ネタバレ注意※
霊媒師一族の誕生と繁栄、衰退と再生
『倉院流霊媒道』誕生
数百年前、始祖たる綾里供子が霊能力に目覚めて以降、彼女の霊媒師としての実力と地位は次第に高まって行った。供子は『倉院流霊媒道』創始者となり、その魂は壺に封じられて『倉院の壺』と名付けられて以来、綾里家の家宝とされて来た。数世代後の子孫が活躍する時代に移行する頃には、政財界にも大きな影響力を持つ存在にまで昇格し、栄耀栄華を極めた。綾里一族は万人から理解され難い能力を持った存在である以上「歴史の舞台裏に隠れ潜む、神秘の一族という日陰の身」であらざるを得ないものの、その頂点に立つ家元の威光と繁栄は絶大なものであった。
「隠然と国の政治や歴史にまで、大きな影響を与える名門一族」として栄光の道を歩む一方、本家と分家の格差は激しく、先祖代々に渡って熾烈な権力抗争が繰り広げられて来た。本家こと家元一家となれるのは一世帯のみで、その中に入れなかった者は、どんなに霊力が強くとも家元になる事は許されず「分家として本家に忠誠を誓う使命」を生涯に渡って強いられて来た。家元の継承は今日に至るまで「完全なる一子相伝の形式」が取られ、就任出来るかの判断基準は「家元の母を持つ霊能力者」で固定されている。この様な背景から分家の人間達は常に、家元及び本家の人間達にとっては「都合の良い、召し使いや引き立て役」として扱われて来た。本家の取得する莫大な利益の一端も得られない分家は、家元及び本家に光が当たるのを陰で指を咥えて見ていた。
DL6号事件前後
時は流れ1970年代頃、当時の『倉院流霊媒道』家元には2人の娘がいた。長女・キミ子と次女・舞子である。本来であれば子供達の中では、最も強い霊力を持って生まれて来る、長女が次期家元とされるのだが、不運にもキミ子の霊力は皆無であった。反面、次女の舞子の霊力は卓越しており、安心して次期家元を任せられる力量を備えていた。この誰にも覆せない圧倒的な力関係によって、姉のキミ子は本家から分家へと追放されて、妹の舞子が次期家元の座を継承するという、一族の歴史的にも異例の事態が起きた。これが原因でキミ子は「姉のくせに霊力で妹に負けた」「長女なのに家元を継げなかった」と里の人々から陰口を叩かれ続けて来た。やがて舞子とキミ子にも結婚と出産の時が訪れるが、姉妹の人生の明暗は結婚生活においても大きく分かれた。
舞子は結婚後19歳で千尋を、29歳で真宵を産み、夫と2人の娘と共に円満な家庭を築き、死没した母親から家元の座を受け継いだ。真宵が乳幼児の頃、舞子は夫とは死別するも、彼の忘れ形見となった娘達を愛情を込めて育て、父親こそ不在だが幸福な家庭を保った。長女の千尋が次期家元に相応しい絶大な霊力を持っていたのに対し、次女の真宵の霊力は微弱で霊媒師になれるかも怪しい程で、姉妹間の霊力には埋めようも無い落差があった。それでも舞子は2人の娘を分け隔て無く育てたお陰で、千尋と真宵は健全な精神の持ち主へと成長し、大差ある霊力に惑わされる事も無く、姉妹仲も睦まじいものとなった。
一方キミ子は宝石商の男性と結婚し、双子の姉妹ちなみとあやめを産んだ。結婚前後から彼女は「自分の娘を家元にする野望」を抱く様になり、この双子の娘達にも最初は目を付けていたが、霊力を持っていない事に失望したキミ子は、ちなみとあやめを冷遇する様になった。2人の父親の宝石商も、綾里家の権力目当てにキミ子に接近し、結婚しただけの酷薄な男性で「妻子には家元となる見込みが無い」と知ると、彼女達への冷遇を始めた末に無関心となった。それでも「未だに繁栄の続く、綾里家の家元の姉一家」であるだけに、一定の権力や利益は獲得出来ていた為、キミ子の夫は離婚するつもりは無かった。この冷え切った宝石商一家の幸福は裕福な生活だけで、生まれつき優しい心を持っていた次女のあやめを除いて、家族に愛情を抱いている者はいなかった。そして、とうとう家族間の亀裂の決定打となる出来事が起こる。
2001年12月28日に発生したDL6号事件で、警察に極秘捜査への協力を要請された舞子が被害者・御剣信の霊媒に失敗したのだった。この2002年に起きた失敗の本当の原因は「信は気絶している間に殺害された為、事件当時の状況から最有力容疑者とされた、灰根高太郎を真犯人と勘違いしただけ」であり、舞子本人には何の落ち度も無かった。そんな事もお構い無しに当時のマスコミは「このたった1度の失敗」を面白おかしく一大スキャンダルとして取り扱った。その悪影響により、誕生以来ずっと名門一族として栄華を誇っていた、綾里一族は世間から大バッシングを受けて、あっという間に没落してしまう。その責任を問われた上、世間からは激しい誹謗中傷を受け、親族からも見放された舞子は惨状に耐えかねて失踪する。残された2人の娘の片割れの千尋は「母を破滅させた事件の真相」を追うべく、次期家元の座を放棄して、一族の人々に対して表向きには「キャリアウーマンになる」と語って、弁護士を志して猛勉強を始めた。もう1人の真宵は姉から自動的に次期家元の座を継承する。
キミ子の家庭でもまた、宝石商の夫から『倉院流霊媒道』の権威失墜を受けて「こんな田舎にいる理由は何も無い」と離婚を切り出され、彼はちなみとあやめを連れて里を出て行ってしまう。ちなみはそのまま父親に引き取られ、苗字が父方の姓となり「美柳ちなみ」という名前に変わった。そして父親の再婚に伴い、再婚相手とその連れ子の勇希が義母と義姉に加わり、新生した美柳家にて次女とされたちなみは、実父と義母によって養育される身となった。一方、父親の「子供は少ないに越した事は無い」との判断で、あやめは『葉桜院』に預けられ、寺院を1人で切り盛りしている住職・毘忌尼が親代わりとなって育てた。父親の実家である美柳家とは絶縁状態となった、あやめは美柳姓を名乗る事が難しい身の上となり、便宜上の名前は「葉桜院あやめ」となった。夫も娘も失い、尚も家元の座を諦め切れなかったキミ子は再婚し、春美という娘を授かる。この春美こそ、正しくキミ子の求めていた「天才的な霊力を持って生まれた娘」であり「来るべき時」の為に、箱入り娘として溺愛する上で厳しい英才教育を施す。
当時の綾里家は「DL6号事件を切っ掛けに家庭崩壊した」と言えよう。この時代の親世代である舞子とキミ子の行動、子世代の千尋と真宵、ちなみとあやめと春美を取り巻く家庭環境が、娘達の人格形成と以降の人生に大きな影響を及ぼした。
子世代の娘達の成長
千尋は「名門大学の法学部入学」を目指して猛勉強する傍ら、唯一人の家族である妹の真宵を可愛がりつつ面倒を見た。真宵は生まれて間もなく両親と離れ離れになる不幸を体験したものの、苦労しながらも自分の世話をしてくれる、姉を心から慕う純粋な少女へと育って行く。本心では「次期家元の筆頭候補である2人の姪を排除して、自分の娘の春美を次期家元に据える野望」を持つキミ子も世間体を気にして、綾里家のこれ以上の転落を許しては元も子もないと考え、表向きには問題無く千尋と真宵の母親代わりを担った。一族失脚から6年後の2008年、千尋は大学進学を契機に『倉院の里』を去った。真宵は故郷に1人で残される身となるが、翌年の2009年に生まれた従姉妹・春美を妹代わりとして溺愛する様になり、2人は「仲睦まじい姉妹同然の間柄」となって深い絆が育まれる。
キミ子の娘への溺愛が「未来で野望実現の道具にする時に備えて、洗脳目的も含んだ歪んだ形」なのに対し、真宵の従姉妹への溺愛は「文字通り春美を家族扱いし、彼女の幸せを願って親切に接する真っ当な形」であった。母キミ子の支配下にいながらも、春美が純粋な心の持ち主に育ったのは「姉代わりとなってくれた、真宵による多大な好影響の賜物」と言える。
『倉院の里』を去った後、父親の再婚によって引き離された双子の姉妹・ちなみとあやめは、それぞれ養育先では「天地の差」と言える扱いを受けた。依然として娘達に無関心な父親と、その再婚相手の義母からも満足に愛情を受けられず、義理の母と姉の顔色を伺う事を余儀なくされる、美柳家という冷たい家庭の中ちなみは荒んで行き、後の世で「母親が母親なら娘も娘」と一蹴される程、冷酷非情な利己主義者に成長する。義姉の勇希が「家庭内で孤立する義妹ちなみ」に同情を寄せる様になっても、何の救いにもならなかった。「ちなみが家族として認めていた相手」は双子の妹あやめだけで、この双子は別々に暮らす様になって以降も密かに連絡を取り合い、歪な姉妹の絆と協力関係を維持していた。
双子の姉とは正反対に、養育先の『葉桜院』にて「事実上の義母」となった毘忌尼に実子同然に扱われ、愛情を注がれて養育された結果、あやめは清楚で心身共に美しい女性へと成長を遂げた。彼女だけは未だに別離した両親と姉への愛情を捨て切れず、それ所か「私1人だけ新しい家族からの愛情を受けて、家庭に居場所を見つけられず、孤独な存在になって行く姉に申し訳ない」という罪悪感に苦悩する様になっていた。そんな妹の行き過ぎた同情に付け入り、ちなみは彼女を共犯者に加えて、家族愛の欠落した父親への復讐を目論む余り、道を踏み外して凶悪犯罪者へと身を堕とす。
美柳姉妹による狂言誘拐事件(『逆転裁判3』第4話『始まりの逆転』)
ちなみは若干14歳にして「宝石商の父親への復讐目的での狂言誘拐」を計画し、自分の境遇に同情する者達の優しさに付け込み、彼らを共犯者に引き入れた。共犯者とされたのは、双子の妹のあやめ、警官である義姉の美柳勇希、家庭教師の尾並田美散の3人であった。尾並田に関しては最初から捨て駒にするつもりで誘惑し、自分の表面上の魅力に心奪われた彼とは事前に交際し、完璧に洗脳下に置いた上で「お互いを死ぬまで裏切らないという、2人だけの秘密の誓い」まで交わしていた。犯行現場には『葉桜院』の近くにある『吾童川』に架かる『おぼろ橋』が選ばれた。当初の計画は「尾並田が誘拐犯役、あやめが人質役、勇希が交渉人役を担い、宝石商の父親を脅迫して「身代金の代用品・時価2億円のダイヤ」を強奪後、換金して4人で山分けする」という内容だった。ところが直前になって「父親への脅迫、犯行への荷担」に罪悪感を覚えたあやめが1人で逃げ出してしまい、急遽ちなみが自ら人質役を演じる事となった。
そして迎えた狂言誘拐の実行当日。ちなみは父親を脅迫して騙し取ったダイヤをリュックに入れて、尾並田と共に『おぼろ橋』の上で勇希を待った。勇希は現地に到着すると録に交渉もせず、突如として尾並田を裏切り発泡し、ちなみ救出を強行しようと彼に銃を向けて迫る。パニックを起こす尾並田の側で、ちなみは『おぼろ橋』の踏み板の外れていた背後の箇所から『吾童川』へと飛び込み、そのまま死を装って蒸発した。彼女は激流の『吾童川』を自力で泳いで生き延びると、リュックの中のダイヤを独占・換金して生活費に充てた。警官の勇希には自身の戸籍の改竄を指示し、戸籍上では「美柳ちなみは死亡者」とされ、実際は生存者であるちなみ本人は「無久井里子(むくいさとこ)」という別人に生まれ変わった。こうして彼女は念願だった「父親に復讐を果たした上で絶縁し、彼の元を離れて裕福に暮らす第二の人生」を手に入れて、影からは勇希の支援も受け続けて、悠々自適の優雅な生活を満喫した。
ちなみが理想の暮らしを送る反面、美柳姉妹に裏切られて全ての責任を押し付けられた、尾並田だけが犯罪者認定を受けて逮捕され、彼は単独犯として裁判に掛けられる羽目になった。尾並田の裁判に証人として出廷した勇希は「義妹の救出に失敗した悲劇の警官」を演じ、彼女の一連の証言が決定打となって「尾並田は少女を誘拐し多額の身代金を入手しようとした挙げ句、人質の少女を川に突き落として殺害した凶悪殺人犯」と見なされて死刑判決が下された。彼が死刑囚という、この世の最底辺にまで転落する一方、勇希は誘拐事件の犯人を逮捕した功績を称えられ、若くして巡査部長にまで出世した。それから暫くして「尾並田の死刑は事件から5年後の2012年2月に執行する」と決定した。
千尋の新人弁護士時代(『逆転裁判3』第4話『始まりの逆転』)
志望校に入学した千尋は熱心に勉学に励むのと同時に、充実した大学生活を送っていた。尊敬する先輩・宝月巴と交流し、流石に首席卒業まで果たした彼女には敵わないものの、優秀な成績を修めた結果、大学卒業直前には大手の法律事務所の所属も決まった。それは「母を破滅させた事件」での情報漏洩の犯人の1人・星影宇宙ノ介が所長を務める『星影法律事務所』であった。千尋は大物弁護士と名高い、星影の情報を探る目的で彼に弟子入りし、そこで数年前から星影の一番弟子だった神乃木荘龍と出会う。ベテラン弁護士の師匠・星影、若手実力派の先輩・神乃木の2人に熱意と才能を見込まれた千尋は、彼らの指南を受けて着実に力を伸ばして行った。その後ついに彼女が弁護士としての初舞台を踏む時が到来した。
何の巡り合わせか、千尋は初裁判にて尾並田の担当弁護士となった。彼は死刑執行の直前、護送中の事故に乗じて脱獄し、死ぬ前に勇希の真意を知りたい一心で、彼女を電話で呼び出し『おぼろ橋』で再会し会話を終えると下山した。その直後、尾並田が脱走に利用した盗難車のトランクの中から、勇希の刺殺体が発見され「私怨から彼女を殺害した容疑者」として尾並田は再逮捕されたのだった。これまでの罪状からして「尾並田の担当弁護士にとっては、必ず負け戦となる裁判なのは明白」であるだけに、誰も彼もが担当を避けた結果として、新米の千尋に依頼が回って来たのだ。彼女は「今も昔も誰も殺していない」と切実に訴える尾並田の無実を信じ、頼れる先輩にして助手役を引き受けてくれた、神乃木に支えられながら初裁判に挑む。
勇希を殺害し、その罪を尾並田に着せた真犯人はちなみであった。勇希は尾並田の死刑執行の日が近付くにつれ、罪悪感に苛まれる様になり、狂言誘拐の真相を全て世間に公表しようとまで考えていた。その最中に彼から「最後の話し合いがしたい」と連絡を受けた勇希は誘いに応じ、義妹ちなみにも誠意ある対応をすべく、事前に彼女に全ての事情を話した。義姉から話を聞いたちなみは「勇希と尾並田を2人纏めて口封じする」と決断し、現場に先回りして義姉を殺害すると、彼女に成り済まして尾並田と再会し、当たり障りの無い会話を終えて、彼と別れた直後に警察に通報し、尾並田を死刑台へ導こうと画策したのだ。その計画の仕上げを目的に、ちなみは「無久井里子という名前を持つ、犯行の目撃者である証人」として名乗り上げ、尾並田の裁判に出廷するのだった。
この裁判にて千尋とちなみは初対面する。彼女達が共に『倉院の里』で暮らしていた頃は母親同士が険悪な関係にあった為、従姉妹同士でありながら、隔離された環境で育てられて来たと見られる。千尋の母・舞子が「姉一家との衝突を避けよう」と配慮して、娘達には姪のちなみとあやめの存在を黙秘していた反面、ちなみの母・キミ子は「分家は本家を敬うのが義務だから」と娘達には妹一家の存在を教えていた様だ。「私にとっても綾里家にとっても、霊力を持たない2人の娘は更なる恥を招く」との危惧から、ちなみとあやめの存在自体を秘匿にしていた可能性もある。以上の背景から「綾里姓の弁護士」だと知った時点で、ちなみは千尋の正体を察して、彼女に名前を確認すると「そう、あなたが‥‥」と意味深な反応を示した。当時の千尋は妹の真宵共々「私の従姉妹は春美しかいない」と思い込んでいたので、ちなみの反応が何を意味するのか気付けずにいた。
裁判が進行するに伴い、千尋はちなみを問い詰めて行った結果として、ちなみの正体と犯行、彼女の起こした一連の事件の真相の解明には成功する。だが「ちなみの罪を立証する、決定的な証拠の欠如」が原因で、最後の難関に直面してしまう。この状況を打破する最終手段として、千尋と神乃木は「尾並田に証言をさせて、ちなみの犯行だと自白を引き出す事」を裁判官に提案する。この提案は即刻、裁判官からの許可を得て、休憩時間を挟んで実行されるに至った。その合間にちなみは遠回しな物言いを用いて、要約すると「過去に交わした誓いを果たす時は今だ」と示唆して尾並田に暗示を掛ける。改めて彼女に洗脳を強化されてしまった尾並田は、尋問では真相を悟りながらも「一途に愛するちなみを庇う発言」に終始し、弁護側の期待していた成果は得られず終いとなる。「彼の心変わりさえ実現すれば勝利は掴める」と確信して、千尋はもう一押しだと更に尋問を続行しようとする。その時に突然、尾並田は吐血した。
尋問開始前、彼は過去にちなみと交わした「お互いを信じられなくなったら、毒薬を飲んで心中する誓い」に従って、隠し持っていた毒薬を飲んでしまっていたのだ。この液状の毒薬は「ガラスの小瓶付きペンダント」を容器としていて、5年前に誓いの場所とされた『葉桜院』の近くに生えた、枝垂れ桜の木の下に埋められた物だった。ここに尾並田は脱獄の途中で立ち寄り、彼女の言い付け通りペンダントを回収して、密かに毒薬を携帯していた。ちなみの方は彼と心中する気は毛頭無く「ただ尾並田を自分の都合の良い様に行動してくれる、手駒にする為に「心中」を洗脳の口実として利用していただけ」であった。彼女の庇護を目的に、尾並田は服毒自殺を遂げて自らの口を封じた。ちなみは彼に自殺教唆する事で告発寸前で逃げ切り、尾並田の悲惨な最期を見届けた後に美しく微笑んで退廷した。法廷にいた全ての人々が真相を知る状況下、被告人が死亡してしまい、裁判は勝敗の付かないまま幕切れを迎えた。千尋と同じく、今回の裁判が初舞台だった担当検事・御剣怜侍も「私が未熟だったせいで被告人を死なせてしまった」と自責の念に駆られてトラウマを抱える結果となった。それは千尋も神乃木も同じだった。
ちなみの逃走劇
千尋と神乃木は「ちなみの逮捕」を目指して協力関係を結び、彼女に関する事柄を徹底的に調査する日々が幕を開けた。恐らく2人はこの時「ちなみはキミ子と元夫の宝石商の娘で、千尋の従姉妹に当たる人物」だと知ったと思われる。半年間に渡るちなみの捜査に伴い、千尋と神乃木は以前にも増して親密になって行き、最終的には恋人同士となった。その矢先に訪れた2012年の夏、神乃木は単独でちなみとの接触に成功し、彼女に対する聞き込みの許可を得る。しかし、これは執念深く自分を追跡する弁護士2人を疎ましく思っていた「ちなみの罠」だった。8月27日、会談の場所に選定された『地方裁判所』のカフェテリアにて、ちなみは神乃木の隙を突いて彼のコーヒーに致死量の毒を盛った。この時に使用された液体の毒薬も、尾並田を自殺に追いやった物と同じ、あのペンダントの小瓶を容器にして携帯していた。毒入りコーヒーを飲まされた神乃木は卒倒し、そのまま5年間にも渡る昏睡状態に陥った。彼が意識を失うと、即行でちなみは逃げ出し「唯一の致命的な証拠品となり得る、毒薬の入っていたペンダントの処分」を図り『地下資料室』へと逃げ込んだ。
そこで偶然、弁護士を目指して勉強していた大学生・成歩堂龍一を見かけると、再び彼女は悪知恵を働かせる。「成歩堂という事件とは無関係で、身体検査をされる事の無い人物」を持ち前の美貌と演技力で騙して、ペンダントをプレゼントと装って押し付けたのだ。ちなみは「一目惚れしたから交際して欲しい。出会いの記念品として、このペンダントを受け取って貰いたい」と成歩堂をまんまと騙すのに成功した。突然の魔性の美女からの告白に舞い上がった彼は、嬉々として交際の申し込みを受け入れた。こうして彼女は半年前の裁判に続いて、またしても事件の最有力容疑者と扱われながらも、自分に恋する男性を利用して司法関係者達の追求を回避したのだった。
この毒殺未遂事件で使用された毒薬は、ちなみが通う『勇盟大学』の薬学部から盗み出した特殊な物で、そこに在籍していた呑田菊三の恋人になる事で、いつでも薬学部の部室に出入り出来る立場を手に入れ、好きな様に毒薬の調達を可能とする環境を整えていた。使用する毒薬は「大学の薬学部で独自開発されている薬品」であるが故に、警察に入手経路を知られる事も防げる優れ物だった。だが本来は薬品のサンプルだった毒薬が彼女に盗まれたと察知した呑田は「ちなみは危険人物」と見抜いて別れを望む様になった。その矢先に彼女の方から「成歩堂と付き合いたいから別れて欲しい」と願い出たのを好機と見た呑田は、忌々しく思っていた恋人とすっぱり別れられた。偶然の一致だが、成歩堂も『勇盟大学』の生徒だったので、ちなみにすれば彼との交際は始めるのも続けるのも簡単だった。
「最愛の人にして最大の味方・神乃木までもが、ちなみの毒牙に掛けられて昏睡させられた悲劇」を千尋は嘆き悲しむ。自分を追う弁護士カップルを卑劣な手段で引き裂いておきながら、ちなみは身勝手にも「行く行くはペンダントを回収する為だけの打算目的」で成歩堂との交際を始める。だが辛うじて逮捕こそ免れているものの、警察に厳重にマークされていた彼女自身は自由な行動が取れずにいた。そこで、ちなみは双子の妹あやめに「自分に成り済まして成歩堂と交際して、隙を見てペンダントを回収して来い」と命令した。前々から「これ以上ちなみに罪を重ねて欲しくない」と願っていた、あやめは姉の言いなりになって、成歩堂の交際相手を務める様になった。千尋が哀しみに暮れる中ちなみの捜査を1人で続行しながら、健気に恋人の神乃木の目覚めを待ち続ける裏で、成歩堂とあやめの交際は順調に進んで行く。
最初あやめは「すぐにペンダントを取り返して、彼との縁を切ろう」と考えていたが、次第に成歩堂の誠実さや正義感の強さに惹かれて行き、やがて彼を本気で愛する様になった。交際当初から彼女にベタ惚れだった成歩堂も「献身的に自分に尽くす、理想の恋人あやめ」に益々、魅了されて行く様になった。仕舞いには「四六時中・色ボケ状態」になり果て、あやめからの「ペンダントを返して欲しい」という訴えを「彼女の照れ隠し」だと誤解して、悪気は無かったものの無視する様になってしまう。おまけに行く先々でペンダントを「運命の人から贈られた宝物」だと自慢して回った。「このまま放置していては最悪、彼の愚行が元で足が付く」と危険視したちなみは妹を急かすが、恋人の成歩堂と一緒にいたい気持ちと生来の大人しさから、あやめは彼に強く出る事も出来ず、ペンダントを取り返すのに手間取ってしまう。彼女は必死で姉に「もう少しだけ待って欲しい」と懇願を繰り返す様にもなった。
成歩堂とあやめの交際は「あやめが姉ちなみに成り済ますという嘘」が含まれてはいたが、2人の恋人に対する愛情は紛れもなく本物であった。交際開始から数ヶ月後には、幼い頃より姉に依存しがちだった、あやめの彼への思いは「万が一ちなみが成歩堂を殺すつもりなら、自分か姉が命を落とす結果となろうとも彼を守りたい」と覚悟を決める程に強くなっていた。ちなみも早い段階で妹の心変わりに気付いていたが「自己保身の為、迂闊な行動をする訳には行かない」と我慢してあやめの懇願に応じ続けた。そうして半年が過ぎた頃。いよいよ我慢の限界に達したちなみは「成歩堂の口封じ目的の犯行」を実行するべく、初めて妹には事前説明をせずに単身で独断行動に走った。
千尋と成歩堂の邂逅(『逆転裁判3』第1話『思い出の逆転』)
2013年4月。ちなみは成歩堂が風邪を引いたのを良い事に「彼の風邪薬に毒薬を仕込んで毒殺し、ペンダントを強奪するという強硬手段」に出る。ところが今回の殺人計画も懲りずに、元彼となった「呑田のグループが使用する研究室」から毒薬を盗み出した為、またもや彼に犯行に気付かれる羽目となる。更にある程度「神乃木毒殺未遂事件」も知っていた呑田は「再びちなみが誰かを毒殺しようと企んでいる」と察し、成歩堂を密かに呼び出すと「ちなみは毒薬を盗んでいる。彼女とは、もう会わない方が良い」と忠告した。恋人を悪く言われたと思った成歩堂は逆上して、呑田を電柱に向かって突き飛ばして去って行くが、その衝撃で老朽化していた送電線が切れた。物影から一部始終を見ていたちなみは計画を変更し「呑田を送電線に突き飛ばして殺害し、その罪を成歩堂に着せる事で2人の口封じをする犯行」に及んだ。彼女は呑田が起き上がった瞬間、先程切れた送電線に突き飛ばして感電死させ、成歩堂が容疑者とされる様に現場工作を施した。
数分後、成歩堂が呑田に突き飛ばした事を謝罪しようと現場に戻って来た時、既に彼は息絶えており、遺体の側にいたちなみからは「私がいた事は黙っていて欲しい」と頼まれる。その直後に現場へ駆け付けた警察によって、成歩堂は呑田殺害容疑で逮捕される。後日の裁判にも彼女は「目撃者の証人」を装って出廷し、成歩堂を殺人犯に仕立て上げて社会的に抹殺する事で、彼の口を塞ごうと図ったのだった。事件翌日、開廷された裁判では当初、成歩堂の担当弁護士は星影が務める予定だった。しかし「ちなみが事件関係者にいる」と知った千尋は師匠に懇願して急遽、成歩堂の弁護の担当者となった。
そして半年ぶりに法廷にて再会した、千尋とちなみは再戦を繰り広げる。証人として登場した「魅惑の美女ちなみ」に法廷中の男性が魅了され、あろう事か裁判長と担当検事・亜内武文までも彼女の虜となって味方に付いてしまい、証人も担った成歩堂も相変わらず、ちなみを盲信し擁護する姿勢を取った。前回は神乃木、今回は星影と「唯一の助手以外、協力者がいないという劣勢」に立たされる千尋であったが、弁護士資格を投げ出す覚悟で成歩堂の無実をひたすらに信じ、恋人の仇ちなみの告発を成功させる為にも真相を解明しようと奮闘する。当初は「成歩堂を助けたい。彼が人殺しなんてする訳ない」と恋人の弁護を主張したちなみだったが、何としても千尋の追求から逃れようとする余り、次第に証言の内容は変化し、成歩堂を追い詰める発言が次々と飛び出す。
肝心のペンダントはと言うと、未だに成歩堂の所有物のままで、休憩時間中に控え室でも千尋と星影にも見せびらかし、ちなみの犯行が2人に暴かれる一因となった。それから数十分後。ペンダントも弁護側の重要な証拠品として利用されるが「ちなみの致命傷となり得る証拠品」だった為、彼女を守ろうと成歩堂は暴走し、千尋に捨て身タックルを喰らわせると、証拠隠滅を目的にペンダントを強奪し食べてしまった。この為ちなみの告発を目前に新たな障害が増える羽目になった。この信じ難い暴挙に出ても尚、依頼者の自分を救おうと力を尽くす千尋の姿に、今まで審理中も盲目的にちなみを溺愛する一方だった、成歩堂の心に変化が生じ始める。
懸命に自分を信頼して弁護を続ける千尋。段々と自分を見捨てる意向を露わにして行くちなみ。2人の狭間で揺れる成歩堂は「信頼を重んじる信条」から徐々に千尋に心を開く。裁判の終盤にて彼は、ちなみに口止めされていた2つの事実「呑田からの忠告の詳細」「事件当時、呑田の遺体の側にいたちなみの目撃」の暴露に及ぶ。この証言が突破口となって、ようやく千尋は彼女の告発に成功する事となる。かくして裁判長曰く「清楚で可憐で金鳳花の花弁の様」とも称された、美人令嬢ちなみは化けの皮を剥がされ「残忍な美人そのものの本性、千尋に向けた悪魔の様な怒りの形相」を露わにした後、半年前と今回の事件での犯行が立証されて、ついに緊急逮捕されるのだった。
閉廷後、控え室で千尋は「愛弟子の初勝訴」に感動した星影に祝福される。依頼者への信頼を胸に戦う彼女の姿勢は、師匠を感心させ「我々ベテランは「依頼人との信頼関係」を見失っていた」と初心に立ち返る機会をも与えた。一方、無罪判決を言い渡された成歩堂は未だに恋人の本性が信じられず「もしかしたら今日の彼女は、良く出来た偽者だったんじゃないか」と泣き喚いていた。宿敵の千尋からは悪魔呼ばわりされる程の醜悪な本性を隠し持ち、本性を露わにすると千尋にも成歩堂にも、悪態をついて暴言を吐き散らかした、ちなみの姿を目の当たりにした後も、愚直なまでに彼女への信頼を捨てようとしない、成歩堂の思考に「まだ懲りてないのか」と千尋は呆れ果てる。彼女は成歩堂に「ちなみの事は忘れた方が身の為」と言い聞かせると、続けて「何故、弁護士を目指しているのか」と尋ねる。
かつての千尋と同じく彼もまた、家族と親友という対象の違いこそあれど「大切な人を救う為、弁護士を目指す人物」なのは奇しくも共通していた。成歩堂は断片的に「幼馴染を助けたいから」と明かすと、いつか弁護士になれる未来を信じて「法廷での再会」を千尋に約束すると彼女と別れた。具体的な説明は無かったので、当時の千尋は知らなかったが、彼女の初裁判の対戦相手・御剣こそが成歩堂が救いたい相手だった。それから暫くして千尋は星影の元から独立し、自身が所長を務める『綾里法律事務所』を開設する。程なくして大学での事件を通じて知り合った、成歩堂から弟子入りを志願され、師弟関係及び上司と部下となった千尋と彼は、二人三脚で事務所の経営に乗り出すのであった。
美人弁護士殺害事件(『逆転裁判』第2話『逆転姉妹』)
2016年8月。念願叶って弁護士に就任した成歩堂は初裁判を迎える。初めての依頼者は、もう1人の幼馴染・矢張政志であった。彼を陥れた真犯人が小物の中の小物だった為、難なく初勝利を収めた弟子を千尋は誉め称える。師匠の彼女が助手となって、的確に成歩堂をサポートしたからこそ得られた勝利でもあった為、矢張は成歩堂と千尋に深く感謝し、お礼の品として自作の『考える人の置き時計』を彼女に贈る。この時計を千尋は「部下の初勝利の記念品」として所長室に飾った。師弟揃って成歩堂の弁護士デビューを喜んでいたのも束の間。1ヶ月後の2016年9月、この時計は思いがけない災厄をもたらす事となった。
ちなみの始末後、千尋は本来の目的である「母を破滅させた事件」の捜査を再開し、神乃木の様な犠牲者を出したくないとの思いから、単独で極秘捜査を進めていた。彼女は里を出る直前、関係者の霊媒を通じて「星影から舞子の捜査協力の情報を買い取って、大々的に世間に公表した張本人は小中大」という事実を既に知っていた。後は小中と彼の経営する悪徳企業『コナカルチャー』の犯罪行為さえ暴いて告発に成功すれば、母の仇討ちを達成出来る段階に到達していた。十数年にも渡る孤独な戦いの果てに、とうとう千尋は小中を失脚に追い込む決定的な証拠『脅迫被害者の名前リスト』を獲得する。『コナカルチャー』は権力者や富裕層の人間を標的にして、相手の弱味となる情報を入手し脅迫材料に用いては、高額の金品を恐喝して私腹を肥やす悪徳企業であるが故に、被害者達が誰なのか公表してしまえば無力化させられるのだ。勝利は目前だと慎重に告発の準備を進行させる千尋だったが、小中もまた以前から「自分の背後に迫る彼女の存在」には気付いていた。彼は先手を打って『綾里法律事務所』に盗聴機を仕掛け、事務所の向かいにある『板東ホテル』に秘書の松竹梅世と共に宿泊し、盗聴を利用して千尋の動向を伺う。
盗聴によって小中と梅世は告発へのカウントダウンが始まったと知ると「千尋を殺害し『脅迫被害者の名前リスト』を強奪して口封じする計画」を組み立てる。殺人とリスト強奪の実行犯は小中が担い、ホテルに留まっての現場工作と盗聴、後日の法廷での偽証は梅世が担った。数年前から「小中が恐喝相手の盗聴の常習犯」なのは千尋も認識していたが、流石に只の追跡者でしかない自分の盗聴まで行うとは読めず、ついに殺人計画の実行の時が訪れる。9月5日の深夜1人で事務所に残っていた千尋は、いつも通り妹の真宵に「重要な証拠品を一時的に預かって欲しい」と依頼する。今回は『考える人の置き時計』とその中に入れた『脅迫被害者の名前リスト』が対象となった。姉からの依頼に応じた真宵は「今すぐ事務所に向かうから、お礼として味噌ラーメンを奢って欲しい」と言い出し、それを受け入れた千尋は事務所で妹を待つ事にする。綾里姉妹の会話を盗聴していた小中と梅世は「これから事務所を訪問する真宵に姉殺しの罪を着せられる、今夜が千尋を殺す絶好のチャンス」と踏んで、いよいよ殺人計画を実行に移す。
小中は『綾里法律事務所』に侵入し、その場にあった『考える人の置き時計』で千尋を撲殺すると、所長室を荒らし回って『脅迫被害者の名前リスト』を強奪する。そして真宵の犯行と警察に誤認させる為、彼女の名前を書いたダイイング・メッセージを偽造し、現地調達した凶器『考える人の置き時計』は現場に捨て置いて逃走した。小中の指示に従って盗聴と並行して、ホテルの窓から千尋殺害の経緯を監視していた梅世は、真宵が千尋の遺体の第一発見者、成歩堂が第二発見者となった時を見計らって「単なる目撃者」を演じて故意に警察に通報し「真犯人は真宵」だと強調して説明した。小中と梅世の計画通り、真宵は千尋殺害容疑で逮捕されてしまう。「何年も前から司法関係者の大多数は、既に小中による脅迫の被害者と化していた事」が原因で、真宵の担当を請け負う弁護士は1人も現れなかった。
当初は成歩堂と真宵に「千尋の師匠だから助けてくれる」と期待されていた星影も「DL6号事件当時から今に至るまで、小中の脅迫被害者となっていた立場」から、恐怖に屈して2人を見捨ててしまう。一方、成歩堂が千尋の弟子だと知ると「これも何かの運命」と彼に一縷の望みを掛けて、幾つかの重要な情報を提供した。幼い頃の父の死と母の失踪、今回の姉の殺害を経て、天涯孤独となってしまった真宵の境遇を見かねて、成歩堂は自ら彼女の担当弁護士に志願する。その後「正式な真宵の担当者」と認められた彼は独自捜査に身を投じて、後世にて「美人弁護士殺害事件」と呼称される、今回の事件の真相へと迫って行く。
元々、小中は梅世だけに偽証を任せる予定だったが、彼女が罪を暴かれて逮捕されると、自身も証人として出廷し偽証を働くも、あえなく秘書と同じ轍を踏む結果となった。最終的には数日前、自らの手で葬った千尋は真宵に霊媒されて復活し、彼女が即席で復元した『脅迫被害者の名前リスト』を成歩堂に音読されると、年貢の納め時を迎えた小中は千尋の殺害を自供して逮捕された。かくして2度目の勝訴を手にした弟子・成歩堂を千尋は祝福し、彼が亡き師匠から受け継いだ『綾里法律事務所』は『成歩堂法律事務所』に生まれ変わった。その所長に成歩堂は就任し、真宵は恩返しの為にも彼の助手に就任した。一連の経緯を経て結成された名コンビは、幾多の難事件を解決へと導いて行く。
DL6号事件の解決(『逆転裁判』第4話『逆転、そしてサヨナラ』)
姉の死を契機に、生まれて初めて「霊媒師としての覚醒」が始まった真宵であったが、それだけに「生まれつき微弱かつ不安定な霊能力」が災いし、意図せずしてスランプに陥ってしまう。10月に発生した『逆転のトノサマン』の事件では少々のトラブルが起きたものの、終始一貫して千尋の霊媒は有効活用に成功した上に、期せずして担当刑事・糸鋸圭介や担当検事・御剣怜侍の助力もあってスムーズに解決させられた。前回の様な助けが得られないのが確定している状況で、今年最後の事件がクリスマスに起こる。弁護士・生倉雪夫を射殺した容疑で、怜侍が逮捕されてしまったのだ。今回は容疑者と被害者の関係を始めとする、多くの事柄が謎に包まれている上に、担当検事は「40年間無敗の伝説の検事」と誉れ高い狩魔豪であった。弁護士の誰もが尻込みする中「今こそ15年前から待ち続けていた、親友を救う時」だと立ち上がった、成歩堂は怜侍の担当弁護士を請け負う。
千尋が呼び出せない中、部下として怜侍を慕い、彼の無実を証明する同志となった糸鋸、千尋殺害を受けて己の過ちを猛省し、今回は一転して心強い味方に加わってくれた星影の協力を得て、成歩堂と真宵は懸命に捜査に当たる。捜査が進展する内、全ての事件の元凶は15年前に発生したDL6号事件であり、その関係者の中でも中核を担う人物達が、今回の事件の関係者となっている事実が判明する。
DL6号事件は、当時小学生だった怜侍が父親・御剣信が担当弁護士、狩魔豪が担当検事を務めたIS-7号事件の裁判を傍聴した帰り、父と共に巻き込まれて発生した殺人事件であった。裁判の終了後、御剣親子は帰路の途中『地方裁判所』のエレベーターに乗り、通りすがりの法廷係官・灰根高太郎も同乗する。その直後、地震によって停電が起きてエレベーターに3人は5時間も閉じ込められ、酸欠にも苦しむ羽目になった。危機的状況から灰根は錯乱して信に襲い掛かり、取っ組み合いの争いを初めてしまう。その時「担当事件の証拠品」として、灰根が預かっていた拳銃が床に落ちた。怜侍は2人の争いを止めようと、その拳銃を彼らに投げつけて暴発させる。その瞬間、ついに酸欠を起こした御剣親子と灰根は意識を失った。
拳銃は2回発砲されていて、1回目は怜侍の暴投が原因となって流れ弾が偶然、エレベーターの前に立っていた狩魔の右肩に撃ち込まれた。2回目は床に転がっている御剣親子と灰根、そして拳銃を発見した狩魔はこの状況に便乗して「先刻の裁判で、自分の完璧な経歴を傷付けた信への復讐殺人を遂げ、自分は疑われる事なく、御剣と灰根に罪を着せる計画」を即興で思い付いて、拳銃で信の胸を撃ち抜いて殺害すると、誰にも存在を知られる事なく逃走に成功したのだった。「誰もが予想だにしない第三者・狩魔の存在、幾ら探しても見つからない2発目の弾丸」が二大主因となって捜査は暗礁に乗り上げる。狩魔は犯行を隠蔽する目的で、2発目の弾丸は自分の右肩に埋めたまま持ち去り、病院や医者からの情報漏洩を回避する為、弾丸の摘出手術も放棄して、15年間も逃亡し生き延びて来た。当時の出来事は「狂気的な完璧主義者の狩魔にしてみれば痛恨事」であったが、それを短期間で乗り越えた彼は、全ての元凶でありながら運良く本来の生活を取り戻せた。不幸にも「狩魔の逃走成功の礎とされた被害者達」が見舞われた不幸は、彼とは比べものにならない位に甚大であった。
事件当時の状況が災いして、舞子に霊媒された信に訴えられた灰根は容疑者とされ、生倉の心無い弁護の犠牲者となって全てを失った。灰根は生倉は勿論、拳銃を投げた事で更なる状況悪化を招き、自分に嫌疑が掛かる切っ掛けを作った怜侍も恨んでおり「彼こそが誤って信を殺害した真犯人」と疑ってもいた。灰根はDL6号事件後は隠遁生活を送っていたが、彼の元にある日「生倉と怜侍への復讐を教唆する手紙、凶器となる拳銃」が送られ、これに感化された灰根は手紙の指示に従って復讐の実行へと走ったのだ。この手紙の送り主こそが、DL6号事件及び生倉殺害事件の真犯人・狩魔であった。彼は自分の右肩に銃創を刻んだ怜侍にも私怨を持っており、彼に信と生倉を殺害した罪を着せる事で「忌まわしい親子2人への復讐」を完遂させようと企んでいた。灰根も怜侍に有罪判決が下る様に自身も証人として出廷するが、そこで成歩堂に犯行と正体を暴かれる。本来は真っ当な人間である灰根は「生倉への復讐を果たせただけで十分」と語り、潔く罪を認めて警察に連行された。だが真犯人・狩魔の打倒は困難を極めた。
先日に成歩堂は、密かに灰根の自宅から「彼に送られた狩魔からの手紙という、決定的な証拠」を手にした。しかし真宵を連れて『警察署』の『証拠品保管庫』にて最後の証拠収集に取り組んでいた所、狩魔に襲撃されて手紙を奪い取られてしまった。それ故に成歩堂は「真相は解明出来たのに、証拠不足で告発に踏み切れない苦境」に立たされる。真宵も力を尽くして千尋の霊媒を試みるが難航する。そんな時、成歩堂の心の中に朧気ながらも「自分に助言を与える千尋の姿」が浮かび上がり、彼女は「狩魔の右肩には今尚、事件当時から消失した2発目の弾丸が埋まっている」と示唆する。成歩堂はその事実を手持ちの金属探知機の使用で明らかにし、真宵が狩魔から死守した1発目の弾丸との照合を提唱した事で、とうとう狩魔は降参を認めて緊急逮捕されると同時に、怜侍の無罪証明にも成功する形で勝利を収めた。閉廷後、勝訴祝いとして控え室で撮影された「成歩堂と仲間達の記念写真」には千尋の霊の姿が写り込んでおり、弟子と妹の成長と勝利に喜びの笑みを浮かべていた。
今回の事件では最後まで千尋の霊媒に成功しなかった事から、自分の力不足を痛感した真宵は「一旦、帰郷した上で修行をやり直し、一人前の霊媒師になる」とパートナー・成歩堂に誓いを立てると『倉院の里』行きの電車に乗り、彼に別れを告げた。それから半年後、予期せぬ形で2人は再会を果たす。
動き出すキミ子の陰謀(『逆転裁判2』第2話『再会、そして逆転』)
DL6号事件の真相が解明された事により、徐々に綾里家の復興が始まった。それに加えて「次期家元・真宵の最大の護衛役であり、状況次第では妹の未熟さを見かねて、次期家元に復帰しかねない危険因子・千尋の死亡」「霊能力に目覚めて次期家元に確定したものの、霊媒師としては依然として力不足のままの真宵」という現状を目にしたキミ子は「野望実現に最適の時が来た」と見て、いよいよ暗躍を本格化させる。「真宵が里から追放されてしまえば、現家元の舞子の近親者の中では、最高の天才霊媒師と評価されている自分の娘・春美が次期家元の座を継承し、いずれは栄光の時代を手にする事も夢ではない」と考えたのだ。この思想に囚われたキミ子の前に、元看護師・葉中未実が極秘相談を持ち掛けに現れる。
看護師だった彼女は昨年、投薬ミスで14人もの患者と、精神的疲労から起こした交通事故で大学生の妹・葉中のどかまでも死に至らしめてしまった。これらの罪を背負って生きて行く苦痛に耐えられない未実は、事故当時に姉妹揃って顔に大火傷を負ったのを逆手に取り「私はのどかで、事故死したのは姉の未実」だと偽って整形手術を受けて以来、妹に成り済まして生活を送っていた。しかし未実の勤務先の病院の院長で、彼女による投薬ミスやスキャンダルが原因で経営難に喘いでいた霧崎哲郎が考えた打開策は、未実が苦労を重ねて手に入れた第二の人生の崩壊に直結する内容であった。彼は世間的には死亡者とされている未実の霊媒を行い「投薬ミスも交通事故も、彼女個人の過失によると明かす念書」を書かせる事で、自身や病院の潔白を証明し、経営再建に結び付けようとしていた。霧崎が未実の霊媒を依頼する霊媒師には、次期家元という立場から真宵が選ばれた。初めての霊媒の依頼を受けた真宵も「今回の仕事は、綾里一族の復権への大きな第一歩になる」と張り切っていた。
「霧崎と真宵を野放しにしては、霊媒の失敗を通じて自分が生きている事が世間に露呈し、逮捕される羽目になる」と察知した未実は、何とかして霧崎の口を塞いで貰いたいとキミ子に願い出たのだった。彼女の相談を受けたキミ子は恐るべき計画を提案する。それは「真宵が霊媒した未実の霊が暴走して、生前から恨んでいた霧崎を殺害した様に見せかける殺人計画」であった。この計画を実行すれば、霧崎を殺害して口封じが出来る上に、曲がりなりにも殺人を犯した罪に問われる、真宵から次期家元の継承権の剥奪も可能となるとキミ子は睨んだのだ。もう後には退けないと、未実は「キミ子の協力者にして、殺人計画の実行犯となる道」を選び、霧崎が『倉院の里』で霊媒の儀式に立ち会う日を実行日に定めた。
2017年6月中旬、初めての依頼を受けての霊媒に緊張する真宵は「成歩堂にも見守って欲しい」と頼んで彼を別室に待機させた状態で、依頼者・霧崎と『対面の間』で2人きりとなった後に儀式に取り掛かる。儀式の立会人を担当していたキミ子は、霊媒に集中する2人の隙を突いて、真宵を睡眠薬で眠らせると、真宵に変装した未実が本物と入れ替わり、霧崎の胸をナイフで刺した後、死に際の彼が護身用に取り出した銃を奪い取り、霧崎の米噛みを狙撃して殺害した。キミ子と未実の巧妙な罠に嵌められた真宵は、霧崎殺害容疑で逮捕されてしまう。前回の千尋殺害事件では、自分が現場に到着する前に姉は息絶えていた為「私は殺人を犯していないという明確な意識」が持てたが、霊媒中は霊媒師の意識は遮断される仕組みの為、今回ばかりは「私の意識が封じられている間に、力不足によって制御下に置けなかった霊が暴走して、殺人を犯してしまったのではないか」と真宵は強烈な不安感と罪悪感に襲われる事となった。
今回も真宵を救う為、彼女の担当弁護士となった成歩堂の前にはサイコ・ロックをも欺く真犯人・未実、事件の最初から最後まで狡猾に立ち回るキミ子、そして狩魔豪の娘にして天才検事・狩魔冥との対決と、次々と障害が立ちはだかる。一方、真宵との親密な間柄故に、彼女の救出を目的に新たな助手に加わった春美、真宵と春美に交互に霊媒されて、助手役を務める千尋の協力を得て、成歩堂は事件の真相を解き明かす。最終日の法廷ではキミ子と未実が揃って「目撃者の証人」を装って出廷するが、彼女達の犯行と正体を暴いて逮捕へと導く事で、成歩堂は真宵の無罪を立証する。キミ子という近親者の裏切りと非情な本性に、綾里姉妹も春美も「信じたくない」とショックを受けるも、当面の危機は回避出来たと不幸中の幸いとして受け入れる他なかった。真宵を里から追放するつもりが、皮肉にも自身が追放される事となったキミ子は「家元になった春美を主軸とする傀儡政治を『倉院の里』に敷き、自分が綾里一族の影の支配者となる望み」が未来永劫、叶わない立場となる。それでも尚「姪の真宵を排除して、娘の春美を家元にする野望を諦めない彼女の執念」は約2年後、今回をも上回る残酷な犯行計画によって表出するのであった。
今回の事件が発生した2017年、具体的な時期は不明だが、密かに昏睡状態から神乃木が覚醒する。だが彼を待っていたのは「最愛の人・千尋の死」という人生最大の絶望だった。自分と恋人を引き裂いた2人の凶悪犯・小中とちなみも既に刑罰を受けている為、復讐すら行えない彼は懊悩の果てに、霧崎殺害事件とキミ子の野望を知ると、新たな生きる意味を見出だす。神乃木は「千尋の妹・真宵を命懸けで守り抜く事」「真宵の破滅を目論む、キミ子の陰謀を阻止する事」「千尋を守れなかった彼女の弟子・成歩堂の実力を試す事」この3つを目的として、謎の検事ゴドーに生まれ変わるのだった。
綾里家に纏わる因縁、全てに終止符が打たれる(『逆転裁判3』第5話『華麗なる逆転』)
綾里一族の復興は順調に進行し「かつての力を取り戻そうとしている」とまで言われる領域に到達しつつあった。第2話『盗まれた逆転』では老舗の高級百貨店『高菱屋』にて『倉院の里・秘宝展』が開催され、代表格として扱われた『倉院の壺』が世間を騒がせている大怪盗・怪人☆仮面マスクに盗まれるアクシデントが発生するも、成歩堂と助手達は仮面マスクによる全ての事件を解決し『倉院の壺』の奪還にも成功した。以上の経緯は「災い転じて福となす」を体現する事となり、仮面マスクの関与によって『倉院の里・秘宝展』は関係者達の期待を遥かに越える注目と成功を収めて、綾里家の復興にも大いに貢献する結果を残した。
日々進む一族復権に喜ぶ真宵であったが、昨年に起きた霧崎殺害事件がトラウマ化してしまい、霊媒はおろか修行まで出来るだけ避ける様になってしまった。将来は家元を継承する立場上、常日頃から「このままじゃ、いけない」と考えていた真宵は2019年2月、春美の持って来たオカルト雑誌で吉報を見つけ出す。特集記事が掲載されていた「綾里一族の分家筋の寺院『葉桜院』で実施されている、特別な修行を行えば霊力の急上昇が見込める」のだそうだ。この修行に参加するには20歳以上の保護者の付き添いが必要なので、まだ19歳の真宵は成歩堂に「私と春美の同行者になって欲しい」と懇願する。だが寒がりの彼は真冬の豪雪地帯にある『葉桜院』に行くのを面倒臭がる。
しかし真宵と春美が見せて来た、雑誌の特集を読むと目の色が変わる。何と『葉桜院』の尼僧の紹介欄に、葉桜院あやめが毘忌尼と共に写っていたのだ。5年前のあの日から疑念は持ちつつも、未だに自分の本当の交際相手あやめと、過去の事件で自分を利用した上に殺害まで企んだ美柳ちなみを同一視していた成歩堂は驚愕する。「5年前に逮捕されて以来、刑務所生活を送っている彼女が、こんな場所にいるなんて有り得ない」と思った成歩堂は、この尼僧の正体を確かめるという目的を胸に秘めて、真宵と春美に同行して『葉桜院』へと向かうのであった。3人は知る由も無かったが、この時には既にキミ子の野望が再び動き出していた。
彼女は逮捕直前の時点で「最終手段・真宵の暗殺」を考案しており、その実行犯を担わされる春美へと宛てた「犯行計画書」を綾里邸に隠していた。その犯行計画とは「真宵と春美を『葉桜院』に修行に行かせ、先月に死刑が執行されたちなみを春美に霊媒させて真宵を殺害し、その罪をあやめに着せる」という残忍極まりない内容であった。キミ子は逮捕から長女ちなみの死刑執行までの約1年間、毎月1回は面会に来る春美を言葉巧みに洗脳し、母親の自分を完全に信じ込ませた所で「綾里邸に隠してある計画書を読んで、それに従って行動して欲しい」と指示した。計画の具体的な目的は伏せたまま、春美を騙す時の常套句「綾里家の為だから」と付け加えて、娘に「綾里家の為になる=真宵の為になる」と誤解させる事も忘れなかった。計画書には「『葉桜院』に到着して「消灯の鐘」が鳴る指定の時間・夜9時になったら、この人物の霊媒をして欲しい」と書かれていて「ちなみの顔写真」が同封されていた。キミ子にしてみれば、春美の口を通じて『葉桜院』に真宵を向かわせる所から計画の序章だったのだ。
この「真宵暗殺計画」は生前のちなみからの了承も得た上で実行された。昨年にて自分の量刑を決定する裁判を終えた、キミ子は独房に収監される身となった。囚人同士かつ親子関係にあった事から、収容施設内でのキミ子とちなみの再会は楽に行えた。十数年ぶりに再会し、既に死刑囚となった娘にも母は只管、冷徹に犯行計画の協力者にして暗殺者となる様に促す一方であった。幼少期から娘である自分への冷遇を続行し、依然として母性愛の一片も示さない上、自分の死刑まで利用して、独善的な犯行に荷担させようとする母親。そんなキミ子に対して「幼い頃より抱いていた、心の底からの憎悪と軽蔑」を改めて強めるちなみだったが、今回の犯行は「自分の野望が実現出来る、たった1つの方法」であるが故に、母親の計画に手を貸した。
キミ子の目的は「真宵を暗殺して、春美を次期家元に据える事」だったが、綾里一族や肉親の行く末にも、ちなみは終始一貫して無関心で、後に今回の犯行を「キミ子の下らない、この世で最低の計画」と一蹴までしている。それでも彼女が母親に協力する道を選択したのは「自分に初めての屈辱を与えた挙げ句、死刑台にまで追いやる切っ掛けを作った、千尋への歪んだ復讐心」が理由だった。千尋本人は小中という他人に殺害されている為、直接的に彼女に攻撃するのは不可能となっている。そこで「千尋にとって最も大切な人間=妹の真宵の命を奪う事で、間接的に千尋へ絶望や屈辱を与える事で復讐しよう」と、ちなみは考えたのだ。愚かにも彼女は「自分の犯行は、復讐という重味のある言葉で飾り付けただけの、無関係の人間への八つ当たりでしかない事」を最後まで自覚せずに「真宵を殺害して、各々の目的を達成するという利害関係の一致」だけを理由に、母キミ子と結託したのだった。
先を見通した上で犯行を計画したキミ子であったが、流石に「親子間での極秘計画の妨害者」まで現れるとは読めずにいた。彼女と春美の面会はゴドーによって盗聴されており、彼は真宵暗殺を阻止すべく2人の協力者を集めた。1人目はあやめで、本来はキミ子の協力者である彼女を味方に引き入れる事で、キミ子とちなみの裏をかこうとしての人選だった。2人目は十数年も行方不明となった末に、絵本作家・天流斎エリスに転身した綾里舞子で、警察は密かに失踪から現在に至るまで彼女をマークしていた為、検事となったゴドーによる舞子との接触を可能としていた。彼に事情を聞かされた2人は「それぞれの正義感と家族への愛」からゴドーの協力者に加わり、春美がちなみの霊媒を指示された日の数日前から『葉桜院』に集合していた。あやめと舞子は『葉桜院』で人々の前に姿を現していたのに対し、ゴドーは誰にも存在を知られない様に『葉桜院』の関連施設にして、更に山深くに建つ『奥の院』を潜伏先として事件当日の夜を待った。何も知らない成歩堂、真宵、春美が『葉桜院』に到着したのは2月7日の昼であった。
『葉桜院』を訪問した成歩堂達は温かく迎え入れられ、現地の人々とも打ち解けて、夕食の時間は皆揃って和気藹々と過ごした。その一方、過去に犯した罪で、守りたい相手の心に深手を負わせた罪悪感から「私には合わせる顔が無い」との意思に基づき、あやめは成歩堂と、舞子は真宵と距離を取る態度と言動に徹した。夕食後、真宵は昼間に立てた予定通り、毘忌尼に連れられて「特別な修行を積む場所」となる牢獄付きの洞窟『修験洞』へと赴いた。その日の夜の「消灯の鐘」が鳴らされると、とうとう「キミ子の真宵暗殺計画」は実行される。
当初は春美は舞子に懐かせて『葉桜院』の内部で足止めする筈だったが、ここで予想だにしない非常事態が起きてしまう。毘忌尼の「とても厳しい修行になる」との説明を重く受け止めた春美が、真宵の身を案じる余り、単身で『修験洞』に向かってしまったのだ。「本来は監視役となる毘忌尼」が持病の腰痛が悪化した為、帰宅してしまったのが原因で、今『修験洞』にいるのは単独で修行に励む真宵だけとなっている。大人達の監視下から外れた春美では、ちなみの霊媒を成功させてしまうのは時間の問題となった。ゴドー達の計画には「ちなみに憑依された春美が真宵を殺害する、最悪の事態を回避した上で、春美の命と潔白も守り切る事」まで含まれていた。ちなみが春美に霊媒されては、打つ手が無くなってしまう。現状を見かねた舞子は「真宵と春美を守るべく身代わりとなる」と決意し、死を覚悟した上で春美よりも先にちなみを霊媒したのだった。
春美に霊媒されたと思い込んで、ちなみは舞子の体で真宵を暗殺しようと『修験洞』に入り込み、そこで拾った小刀で修行中の彼女に襲い掛かり『奥の院・中庭』まで追い詰めた。真宵の暗殺に夢中だったちなみは気付かなかったが、彼女の背後には今この時に備えて隠れ潜んでいたゴドーが迫り、舞子の所有品だった「仕込み杖の刀」で彼に背中から刺し貫かれる羽目になった。憑依していた霊媒師が致命傷を受けた事で、ちなみの霊魂は強制的に舞子の体から追い出され、体の持ち主だった舞子は為す術なく命を落としてしまう。ちなみに殺されかけたショックで気絶した真宵はゴドーに保護されて、目を覚ました時には『修験洞』に寝かされていた。
目覚めた真宵はすぐさま自分の置かれた状況をメモに書き残すと、姉から助言を得るべく千尋を霊媒する。一刻を争う状況で召還されて「ちなみの動きを封じる必要性」を瞬時に察した千尋は「すぐにちなみを霊媒し『修験洞』の牢獄の入口に、からくり錠を掛けて閉じ籠もる事」を妹に指示した。こうして「自分の命を狙う人物の霊媒をする訳が無いという、宿敵の心理的盲点」を突いた千尋の機転によって、真宵は3日間もちなみを憑依させたまま行動し、最後まで生き延びる事に成功した。反面、事件当夜の『奥の院』での真宵の捜索を諦めて以降、キミ子の命令に従った春美は延々と「ちなみの霊媒」を試みたが、先に真宵が霊媒していた為に失敗が続き「突然、私の霊力が消えた。母の願いを叶えてやれない」と勘違いし落胆する事となった。
それでも「未だに現世には、犯行計画の実行者にして監視者ちなみが居座っている事」には変わりない為、ゴドーとあやめは携帯で連絡を取り合いながら「真宵の安全が確保される状況になるまでは、ちなみに計画失敗を知られるのを阻止する為の現場工作」を幾重にも施した。その一環として舞子の遺体は、殺人現場から遠く離れた場所まで移動させられる事となった。舞子の遺体は、突然の落雷の直撃で燃え盛る『おぼろ橋』の高架下のワイヤーに縛り付けられて、ゴドーが『奥の院』側の崖から投げ渡すと、あやめが『葉桜院』側の崖で受け取った。こうして彼女に託された舞子の遺体は『葉桜院・境内』に運ばれて、そこに飾られている『七支刀を持った供子の黄金像』から抜き取った七支刀で、あやめは舞子の遺体を背中から突き刺した。この瞬間を運悪く目撃した毘忌尼は「あやめが舞子を刺殺した」と勘違いして通報してしまい、現地に派遣された警官隊にあやめは逮捕されて、事件の翌朝から捜査が開始された。
事件当時、成歩堂は「真宵暗殺計画」までは知らなかったものの、その日の夜の落雷によって『葉桜院』と『奥の院』を結ぶ『おぼろ橋』が燃え尽きてしまった事で「真宵は絶海の孤島でもある『奥の院』に閉じ込められた」と見て、我を忘れて彼女の救出に向かう。その途中で無謀にも炎上する『おぼろ橋』を渡ろうとして足を踏み外し、その下に流れる『吾童川』に転落してしまう。真冬の激流に飲まれる成歩堂だったが、持ち前の強運が功を奏して短時間で救助隊に救出され、悪質な風邪を引いて1日の緊急入院をするだけで済んだ。彼はこんな状況下でもあやめの正体を知る為にも、彼女の担当弁護士を引き受けられたは良いものの、とても初日の法廷には出廷出来ない病状にあった。
ここで成歩堂は奇策を講じて、海外赴任中の御剣を呼び出して、初日限定で事件の捜査とあやめの弁護士を代任させた。本来の担当検事・ゴドーも『おぼろ橋』が燃え落ちてから修復作業が完了するまで『奥の院』周辺で、足止めを喰らって行方不明となっていた。この為あやめの裁判初日の担当検事は、御剣が協力者として呼び寄せた冥が代任した。仲間2人に担当者を代任させる荒業で初日を乗り切る一方、病室にて成歩堂は今回の事件と密接な関係にある、過去のちなみに関する一連の事件をパソコンで調査し、千尋とちなみの因縁やゴドーの正体は神乃木だと知って、彼が自分を敵視する理由にも気付くのであった。
翌日「御剣から収集した多くの情報や証拠品」を移譲された成歩堂は戦線復帰し、最終日となる明日の法廷に向けて、本腰を入れて捜査を開始する。御剣に連れられて現場検証の立ち会いに来た、あやめも一時的に捜査に参加する事となった。その道中、地震の発生でDL6号事件のフラッシュバックを起こした御剣の隙を突いてあやめは脱走し、事件当夜から千尋の奇策で『修験洞』に監禁されていた姉ちなみと入れ替わった。この時点から本物のあやめは姉の手で『修験洞』に閉じ込められて、翌日の審理の終盤まで警官隊による解放を待つ事となる。反面ちなみは真宵に憑依した状態のまま、妹あやめに成り済まして「この目で真宵の死を確認するまで、冥界に帰る訳には行かない」との執念から、現世の捜査状況を探り出す様になる。捜査が進行するにつれて、次々と明かされる綾里家に纏わる事実の数々に成歩堂は衝撃を受ける。徹底的な捜査の結果、彼は真相の大部分を知るに至り「真宵の行方」「舞子を刺殺した真犯人は誰なのか」という、2つの疑問点の解消は明日の法廷に持ち越された。
幾ら調べても一向に真宵の遺体が発見されない事から、ちなみは「真宵は舞子に霊媒された私に襲われた時、誤って反撃に転じて実母を殺害してしまい、罪悪感に耐えかねて『吾童川』で入水自殺を遂げた」と早合点し、真宵の死を確信していながら、更に綾里姉妹を苦しめようと、真宵を「舞子殺害事件の容疑者」に仕立て上げようと画策する。この非道な思考の元、ちなみは妹あやめに成り済ましたまま「事件当夜、真宵の監視役をしていた私は、本当の殺人現場『奥の院・中庭』で親子2人が争う場面を目撃した」という主張を唐突に始め、翌日の裁判の証人に立候補し出廷が認可された。こうして最後の裁判には、本来の担当弁護士・成歩堂、本来の担当検事・ゴドー、証人を装う真犯人・ちなみが一同に会する事となった。
そして最終日の法廷が開廷した。成歩堂は「あやめの思考や言動」が表面上は以前と同じ様に見えるが、地震を境に変容している事には昨日の時点で気付いていた。裁判が進行するに連れて、彼の双子の姉妹に対する疑念は膨張の一途を辿った。「正当防衛だった。同情の余地はある」等と擁護する言葉を付け加えておきながら「真宵が舞子を殺害した真犯人という主張」を頑として譲らない所、本物のあやめならば覚えている筈の現場工作の記憶の欠如、この2つが原因となって生まれた数多くの矛盾を突かれた結果、ちなみは成歩堂に犯行と正体を暴かれる事となった。彼女は開き直って「私は死者なのだから、もう誰にも罰する事は出来ない」と邪悪な笑みを浮かべて主張すると、凶悪な本性を露わにして「キミ子と共謀しての犯行計画の全容」を皮肉を交えて赤裸々に語った。その後は「真宵は親殺しの罪悪感から『吾童川』に身を投げた」と主張し「少々の狂いが生じたが、真宵を死に追いやるという計画自体は成功した」と勝ち誇ると一通りの証言を済ませた。
成歩堂は「他ならぬ暗殺計画の真犯人ちなみの供述」であるだけに、彼女の「真宵の死を物語る言葉」を真に受けてしまい、更には「真宵の居場所は『修験洞』の奥地」と思い込んでいた為、警察の連絡を受けたゴドーに「只今『修験洞』から保護された人物はあやめ」と報告されると絶望してしまう。彼を見かねたゴドーは「地理的状況からして『奥の院』側の崖からの入水自殺は不可能であり、本当に崖から身を投げたのなら、崖下に広がる岩場に遺体が残る筈」だと示唆する。ちなみは奇しくも「尾並田の裁判の時と同じ失言」を口にしてしまい、当時の弁護士助手を務めた神乃木=ゴドーに生前と同じ様に矛盾を暴かれたのだ。
成歩堂はゴドーの助言、舞子の死亡、春美はちなみを霊媒出来ずにいる状況、この3つを照らし合わせた結果「舞子の死後から現在に至るまで、ちなみを霊媒しているのは真宵という真実」を知ると、それをちなみに突き付ける。霊媒に疎い身の上とは言え、殺人犯として余りにも情けない失態を演じてしまった、ちなみは屈辱に震え出す。彼女は真宵を襲撃した時に自分を霊媒していたのは、舞子だった事は彼女の遺体の発見から気付いていた。その反面、春美による自分の霊媒が最重要となる、計画の内容から「舞子の死後以降、自分を継続的に霊媒しているのは春美」だと勘違いしていたのだった。
そこへ「春美に霊媒された千尋という、ちなみの犯行の失敗を更に明確化する人物」が現れる。宿敵同士の彼女達はお互いの妹に霊媒されて、幾度も戦いを繰り広げた法廷にて宿命の再会を果たした。成歩堂に「今の自分を霊媒しているのは真宵」だと暴露され、千尋にその補足説明を受けた事で、最早ちなみは無様に狼狽するしかない状態にまで追い詰められる。最後は成歩堂には「君の犯行は1度も成功した試しが無い」千尋には「あなたは私には死んでも勝てない」と華麗に、そして冷酷に引導を叩き付けられた、真犯人ちなみは「唯一残された心の拠り所であった、自分のプライドを粉砕された末に、魂が消滅しない限り、永遠に屈辱を味わう究極の罰」を受けて、恐ろしい断末魔を上げて自ら真宵の体から離脱すると、惨めに冥界へ逃げ帰って行った。ちなみの憑依が解かれた事で、ようやく真宵は本来の姿に戻り、医務室に運ばれて治療を受ける事となった。
真宵が医務室にいる間、本来の被告人あやめが出廷し、先程のちなみへの尋問で「殺人に関しては無罪」だと立証された事を理由に、裁判長は彼女に無罪判決を下そうとする。それにゴドーは「異議あり!」と唱え「舞子を刺殺した真犯人が明らかになるまで、裁判は続行すべき。舞子殺害当時、現場に居合わせた真宵を証人として召還する」と言い出した。ゴドーは「これから続行される裁判を通して成歩堂の実力を見極める為にも、最後の試練を与える形で一騎打ちの決戦を申し込み、彼に自分が舞子を殺害した真犯人だと完璧に立証させる事で、間接的に自分が逮捕される様に仕向けよう」と計画していたのだ。法廷中の人々が「ちなみの末路」に夢中になる余り「舞子を直接的に殺害したのは、誰なのかという疑問を失念している今」ならば、罪を不問とされて逃げ切る事も可能であった。ゴドーはその千載一遇のチャンスを自ら放棄してまで、やむを得ない事情あっての事とは言え、恋人・千尋の母親を殺害した罪を償うつもりでいた。
長年の時と数奇な運命を経て、今回の法廷で春美に霊媒された千尋と、検事に転身したゴドーは束の間の再会を果たすも「もう交際当時の関係には戻れない」と痛感していた、彼らが思いの丈を語り合う事は無かった。その代わりに2人が交わした会話は、恋人の贖罪の意志を見抜いた千尋が「本当に良いのか」と問い掛け、ゴドーは「勿論、構わない」と受け答えするだけの、非常に短かく切ないものに留まった。裁判長にゴドーの裁判延長の希求は受諾されて、真宵への尋問は十数分の休憩後に実施される運びとなった。休憩時間中、医務室にて真宵は千尋から全ての真相を伝えられ「姉の恋人にして母の協力者、自分と春美を命懸けで守ってくれた恩人でもあり、只でさえ不幸な境遇にいるゴドーを逮捕に追いやっても良いのか」と煩悶する。
同時刻、控え室では成歩堂があやめに「ちなみの生い立ちについての説明」を受けていた。「悲惨な家庭環境からの悪影響を受けた結果、凶悪犯罪者にまで堕落した、双子の姉への同情や姉妹愛」を語る、あやめの言動に成歩堂は複雑な思いを抱く。ちなみに関しては余す所なく語った上「私は真犯人の指示に従い、現場工作をしただけで殺人は犯していない」と断言したあやめだったが、今の成歩堂が最も聞きたい事柄である「真犯人の名前」だけは、ゴドーへの同情や仲間意識からか頑なに口を閉ざしてしまう。結局、成歩堂は彼女から真犯人については名前はおろか、その断片的な情報も得られず終いとなる。次に会話の相手となった千尋からは「真宵には全ての真相を話した」と事前説明を受けるも、それ以上の事は聞かされず「ここからは、あなた1人の力で真相を解明すべき。私は傍聴席で見守っている」と助手役の離任を宣言されると同時に、単独でゴドーとの決戦に立ち向かうべきだと促される。休憩時間にて、事件の重要人物である2人の女性との会話を終えた成歩堂は、師匠の千尋によって最終決戦の舞台へと送り出されるのであった。
こうして、ついに裁判は最終局面へと突入する。当初の成歩堂は「舞子を殺害した真犯人は誰なのか」は知らなかった。だが最後の証人となった真宵の証言から「ゴドーこそが、ちなみを霊媒中の舞子を刺殺した真犯人であり、その動機は亡き恋人・千尋に代わって真宵を守り抜く為」だと間もなく読み解くと、一弁護士としての遵法精神からも、苦渋の決断の末にゴドーの告発を宣言する。3日間にも渡る過酷な状況に置かれて、心身共に疲弊していた真宵だったが「恩人ゴドーをこれ以上、不幸にしたくないという切実な願い」故に、必死で彼を弁護する為の証言を考えては口にする行動、更にはゴドーへの対応を巡って「本来のパートナー・成歩堂との衝突」までも繰り返す様になる。だがゴドーが「現時点での真宵の証言を強行したのは、体力も精神力も完全回復した彼女が弁論を成功させるのを妨害する、策略の一環」でもあった為、彼女の行動も計算の内でしかなかった。
ちなみに盛られた毒による後遺症でゴドーは失明し、専用のマスクを装着せねば何も見えない上に、それでも赤だけは視認出来ない色盲まで患っていた。事件現場や真宵の証言からは「視覚障害者である彼が真犯人だからこそ、残してしまった多くの証拠」が続々と見つけ出される。最後に事件当時の詳細を理解した成歩堂は「ちなみに反撃されたゴドーのマスクは吹き飛ばされ、彼女の小刀によって顔に傷を負った。ゴドーの顔の傷の確認さえすれば、この事件は完全に解決する」と最終宣告を告げた。この宣告を受けたゴドーは、ついに「自分が舞子を殺害した張本人である事」「成歩堂は千尋の後継者に相応しい、立派な弁護士となった事」を同時に認めるに至った。自分との闘いに勝利した成歩堂に捧げる祝杯として、ゴドーは彼に1杯のコーヒーを差し入れ、和解した2人はコーヒーを飲み交わした。今回の事件は成歩堂とゴドー、千尋とちなみ、舞子とキミ子等、多くの事件関係者達を結び付ける、因縁の数々に終止符を打つ結末を迎えた。同時にキミ子の野望は完全に潰える事となった。
その後ようやく「被告人あやめの判決が下される時」が訪れた。判決が下りる直前、裁判長は彼女に「何か言い残す事はあるか」と問い掛ける。あやめは「成歩堂に1つだけ言っておきたい話がある」と答え、長らく胸に秘めていた秘密と私情の告白を始めた。とうとう彼女は「ちなみに成り済まして、あなたと交際して来たのは私で、当時から現在に至るまで、あなたに好意を抱いている」と成歩堂に打ち明けた。「大学時代から持っていた、交際相手の人柄に対しての疑問と違和感」が解消された成歩堂も「あなたは僕の思った通り、良心的で信頼に値する女性だった。ちなみの逮捕以降も、その思いは変わらなかった」と告白し、それを聞いたあやめは静かに涙を流して「ありがとう‥‥」と万感の思いを込めて礼を述べた。そして彼女には殺人限定での無罪判決が下され、現場工作の罪で自分を再逮捕した警官に連行されて、あやめは『裁判所』を後にした。
閉廷後、控え室で成歩堂は「これで本当に良かったのか?」と自問自答する。そこへ現れた千尋は「勿論これで良かった。あなたは神乃木を救ってくれた。彼を救える唯一つの方法で」と成歩堂の選択と行動を褒め称えた。そして彼の師匠であり、彼の中で生き続ける「守護霊」とでも言うべき存在にまで昇華した千尋は、やっと弁護士歴3年となる弟子を一人前として認めると、いつかの再会を約束して現世を去った。
その直後に彼女と入れ替わる様に、控え室には続々と成歩堂の仲間達が集まり出す。集まった面々は代わる代わる彼を祝福し、担当刑事でもあった糸鋸圭介の提案によって「最後の事件解決の祝賀会となる夕食パーティー」が開かれる事となった。開催地は糸鋸の意中の人・須々木マコがウェイトレスを務めるフランス料理店『吐麗美庵』に決まり、仲間達は現地集合を目指して歩き出す。会話の終盤には真宵も駆け付けて祝賀会の参加者に加わった一方、春美だけは幼いながらも事件に対する自責の念を痛感する余り『裁判所』から姿を消していた。仲間達は春美の失踪に動揺し、真宵が『倉院の里』に連絡しても「ここにはいない」という返事が返って来た。そんな中で成歩堂だけは「春美の行く先の心当たり」があった為、真宵のみを自分に同行させて、その他の仲間達には「先にレストランに向かって待っていて欲しい」と頼む。成歩堂の頼みを聞き入れた仲間達が裁判所を去るのと同時に、彼は真宵と2人だけで、春美がいると推測した『葉桜院』へと向かうのであった。
成歩堂の読み通り、春美は『奥の院・修験洞』に籠って、悲嘆に暮れて涙を流しながら、自分が誤って汚してしまった『家元の掛け軸』の洗浄作業に当たっていた。この掛け軸には「家元として働いていた若かりし頃、装束を身に纏った舞子」「彼女の頭上にある綾里家の家紋」が描かれていた。春美はまだ9歳と幼いが故に、キミ子から託された手紙である「犯行計画書」の最後の一文「家元に華麗に引導を叩き付けてやりなさい」の意味が理解出来ずにいた。この一文の本当の意味は「次期家元の真宵の暗殺を成功させろ」という内容だが、彼女を心から慕う春美に宛てる手紙に「真宵への殺意を悟られる文章」を書く訳には行かない為、この様な回りくどい表現に落ち着いた。苦肉の策として春美は事件当夜『葉桜院』で提供された夕食で、インドの名産料理カレーの残りを「掛け軸に描かれた現家元の舞子」に叩き付けたのである。春美の子供ならではの勘違いの末、今回の事件の被害者・舞子の縁の品『家元の掛け軸』はカレーまみれになってしまい「舞子や真宵へのせめてもの償い」として春美は掛け軸の汚れを除去したのだ。『家元の掛け軸』は綺麗に元通りになったものの、騙されていたとは言えキミ子に荷担してしまい、事件当夜には真宵を心配する余り、舞子の言い付けを破って独断行動に走った結果、被害を拡大させてしまった事を理解していた、春美の罪悪感と絶望感は癒える事は無かった。彼女は「私は真宵の母・舞子が死ぬ一因となる行動を取った罪を犯したから、もう真宵に合わせる顔が無い」と大好きな従姉妹と縁を切ろうとまで思い詰めてしまう。
そんな春美の元に成歩堂と真宵が現れて「一緒に事件解決の祝賀会に行こう」と誘う。計り知れない罪悪感から春美は即座に誘いを断ると「私のせいで真宵は母親を亡くしてしまった」と彼女に対する謝罪を始めて泣き崩れた。悲痛な心境を抱える春美の姿を見かねて、真宵は彼女を救う為の言葉を掛ける。真宵は「信頼する多くの人達に愛されて、守られて生きていられる分、今でも幸せだから自分を責めないで欲しい。春美を守って一緒に幸せになる為にも、私は強くなって生きて行くから」と春美を温かく励ました。真宵の優しさが詰まった言葉に春美は救われて、祝賀会の最後の参加者に加わり、成歩堂と真宵と共にレストランに向かおうとする。その時、影から一部始終を見ていた毘忌尼が姿を現し、真宵に「やっぱり舞子様の娘だ。母親譲りの強さと優しさを持っている。彼女は死ぬまで娘のあなたを愛していた」と語った。その台詞を聞いた成歩堂は証拠品の1つとして所持していた、舞子の形見『家元の護符』を取り出して、その中に納められていた写真を真宵に差し出す。その写真には「幼児の頃の真宵が誤って『倉院の壺』を割って号泣し、妹に代わって壺の修復に当たっていた、小学生の頃の千尋の姿」が写っていた。これを見た真宵は「如何に深く母に愛されていたか」を改めて思い知って涙を零すのであった。
後日談が描かれたエンディングでは、DL6号事件の時とは状況が逆転して『葉桜院』の事件を通じて「綾里一族の霊媒は紛れもなく本物にして絶大なる力である」と世に広く知らしめられる事となり、大いに名誉回復が成されるに至った。毘忌尼曰く「あれから(事件以来)儲かって仕方がない」と言える位、経済状況は好転したという。『逆転』シリーズの世界では、殺人事件の舞台となった場所や関連施設が繁盛するのは日常茶飯事となっている為、綾里家もその風潮による大いなる恩恵を受けられた様だ。長年に渡る苦労の主因であった、経済問題とは縁が切れた様で何よりである。この時から約10年後の世界に当たる『逆転裁判6』では『倉院流霊媒道』の家元の座を継承した真宵は、三十路に差し掛かる年齢でありながら、未だに結婚相手はおろか交際相手も不在の為「後継者問題」が残っているものの、それ以外の事柄は概ね順調に進んでいる模様。今となっては「DL6号事件以前の繁栄状態」を殆んど取り戻す事に成功したと言って良いだろう。