「我々イエスタディ・ワンスモアは、間もなく悲願の第一歩を踏み出す。我々の時代……黄金の20世紀が蘇るのだ」
「諸君の、高度経済成長的頑張りを期待している」
CV:津嘉山正種
概要
オトナ帝国の逆襲に登場する組織『イエスタディ・ワンスモア』のリーダー。長身痩躯で、マッシュルームカットに丸眼鏡をかけた男。
愛車はトヨタ・2000GTで、「俺の魂」と呼ぶほど大切にしている。
汚い金と燃えないゴミばかりで溢れかえった21世紀を憂いており、日本をまだ人の心があり未来の希望と可能性を信じられた20世紀に逆戻りさせようと企てる。
チャコと違い感情を殆ど表に出さないが、バスに轢かれそうになって明確に狼狽えたり、ボーちゃんやしんのすけの妨害で愛車が攻撃された際は少なからず怒りや焦りを見せる等、従来の『普段は冷酷だがギャグの面も持ち合わせている』クレヨンしんちゃんの黒幕らしいキャラクター……と見たいが、この手のキャラクターの中では数少ない終盤になるにつれてシリアス度が増す、非常にイレギュラーな存在でもある。
名前の元ネタは、1969年から1982年まで放送されていた子供向けテレビドラマ『ケンちゃんシリーズ』のタイトル及び主人公の愛称と思われる。
活躍
大阪万博を模した20世紀博をオープンし、大人達の懐古心を増幅させた上でテレビの電波と懐かしい匂いを使って洗脳。更にトリガーとなるテレビ放送によって、大人達を20世紀博へと連れ出す。
その後、残った子供達も二十世紀に馴染む様に洗脳する子供狩りを始め、この時にかすかべ防衛隊を率いて大人達の奪還を目指すしんのすけと初対決。
尚、その際に愛車がボーちゃんの運転ミスでフロントバンパーにキズを付けられたり、しんのすけの放尿の直撃を受ける等、散々な目に遭っている。
その後、過去の記憶に浸っていたひろしとみさえを、しんのすけがひろしの足の臭いで洗脳から解放したのを契機に、野原一家に興味を持ちアパートに一家を案内する。
そして、自身が用意した『二十世紀の匂い』や、『20世紀博の中心にあるタワー頂上にそれを拡散する装置のボタンがあり、懐かしい匂いを日本全土に放つ事で二十一世紀から二十世紀に逆行させようとする計画』をテレビ放送を見せる形で説明。野原一家と未来をかけて戦う事態に至る。
「オレはこの紅茶を飲み終えたら、タワーに上り、あのスイッチを押す。今度は足の臭いでも、戻れないだろう」
「お前達が本気で21世紀を生きたいなら、行動しろ。未来を手に入れて見せろ!」
「……早く行け。グズグズしていると、またニオイが効いてくるぞ」
その後、野原一家を特に止めるでもなく先んじて送り出し、その背を見送る。
計画の妨害を許容するかのような態度に、チャコからは咎められるが、「…最近走ってないな」と言いながら涼しい顔で受け流していた。
そして、後からチャコと共にタワーに上り、頂上にたどり着くが、限界を超えた全力疾走でしんのすけが追い付いてくる。
しかし、しんのすけを始めとする野原一家の未来を諦めない姿勢によって、大人達の懐古心が収まった為に計画は頓挫。
ケン「……ダメだ。見ろ、匂いのレベルを……」
「町の住人たちもあいつらを見て、21世紀を生きたくなったらしい」
チャコ「嘘……! 嘘でしょ!? 私達の町が、私達を裏切ったっていうの!?」
ケン「そういうことだ。みんな今までご苦労だった。各自、好きなようにしてくれ。外に行っても、元気でな」
計画の瓦解により、しんのすけに「坊主、お前の未来、返すぞ」と告げ、後から駆け付けた野原一家に「匂いは消えた。他の連中も、時期に元に戻る。じゃあな」と言い残し、チャコと共にタワーから飛び降りて自決しようとするケン。
だが、しんのすけの「ズルいゾ!」の叫びに止められ、更に突然飛びかかってきたハトに阻まれて失敗。
そのハトは2人が飛び降りようとした場所のすぐ下に巣を作っており、中にはまだ小さな雛がいたのだ。
しんのすけ「ズルいゾー、2人だけでバンバンジージャンプしようなんてー。オラにもやらせろー!」
ケン「……いいや……もうやめた」
しんのすけ「どして? おマタヒューってなったの?」
ケン「あぁ……」
最後の最後で「また……『家族』に邪魔された」ケンだが、その表情は背負っていたものを降ろした為か、清々しいものだった。
全てが終わった後は、愛車・2000GTに乗ってチャコと共にどこかへ去って行った。
その後は本編のエンディングにおいて、チャコと共にどこかのアパートで暮らしている様子がわずかに描写されている。
ちなみに「ヤキニクロード」の終盤ではぶりぶりざえもんの姿にされた熱海の観光客の中に、彼等と仕草がよく似た男女(?)が登場(終始ぶりぶりざえもんの姿のため本来の姿は未登場)。
「宇宙人シリリ」では2人でサーカスを見に来る等、平和に過ごしている模様。
ボスキャラとしての能力
クレしん映画に登場するボスキャラの中と比べて自己主張が強い方でなく余り目立たないものの、クレしん映画の中でも屈指の『組織力』と『経済力』を併せ持つ存在でほんの一瞬とはいえ野望も達成している(洗脳した大人とは無関係に直属の部下も存在している)。
上記の通り、20世紀博を計画・開催したり、トヨタ2000GTを愛車にしており、これだけでも相当な規模の大富豪である(ちなみに2000GTの当時の価格は約230万=現代価格に換算して約2000万近く。当時の大卒の初任給が2万6000円である。更に21世紀に入ってからは日本の自動車史上屈指の名車として価値が跳ね上がっており、近年では1億円を超える価格で取引された事例がある)。
また、住んでいる場所に関しても、寝起きしている場所こそ場末のアパートの四畳半あり、進んで協力している人間が多数居るとは言え、地下に町を丸ごと一つ作っており、更にはそこを自分好みの夕焼けで統一している。
更に今までの映画の敵と違い、直接的な戦闘や特殊な能力ではなく、あくまでも『匂い』を通して大人達の心に訴えかけてしんのすけ達を追い詰めた、珍しいタイプのヴィランである。
ケン自身も武装を施したり、特殊な能力があるわけでも無く、頭脳とカリスマ性に優れているといえ、基本的にただの人である。
そして、組織の戦闘員や大人達は玩具で武装していた。
更に映画のボスとしては非常に潔く、計画の頓挫を察しイエスタディ・ワンスモアのメンバー達が揃って、21世紀を望んだ事についても全く咎めず「元気でな」と送り出している。
ケンが渇望した昭和とは何か?
作品中に登場した20世紀博が再現した20世紀は「昭和の時代における戦後~高度経済成長期以降の輝いていた部分を上澄みとして汲み取った風景」……酷評するならば「二度の世界大戦・体罰・パワハラ・セクハラ・受動喫煙・公害・学生運動などがやりたい放題だった無法地帯ともいえる昭和の負の歴史を無視し、都合良く美化した作り物の20世紀」だったと評価できる。
同時にリアルタイムに抱いた未来から目を背け、新時代を否定するものだった。また、現実の20世紀は世紀末である2000年の時点で既に昭和の時代から平成の前半に移ってから約11年経っており、この時点で昭和はもはや過ぎ去りし過去となっていた。作中のケンによる作り物の20世紀も平成という時代はほとんど無視された世界(大正時代の要素も見当たらなかった。ただ単に描かれなかっただけかもしれないが)であった。
そして、ケンが失望していた「汚い金と燃えないゴミであふれた世界」は渇望していた昭和の時代には既にあったのである。
一体ケンは本物の20世紀において今まで何を見てきたのだろうか…。
それこそ21世紀どころか都合の悪い20世紀に必ずあった時代の負の面にも目を背け続けていたのだろうか…?
もし彼とチャコが22世紀まで生きて(この場合は現在の記録の中では最高齢の120歳を超えるまで生きる事になるが、そこまで現実離れした話ではなくなっている。その頃には130歳まで生きる人がいてもおかしくはなかろう)「21世紀までもが過去になった世界」を生きて見る事ができたら、何を思うのだろうか?
評価
オトナ帝国を代表するキャラクターであると同時に、クレしん映画でも異質なボスキャラ。
身勝手な独裁者ではあれど非道ではなく、「大人」になった人からすれば、彼の行動理念や思想には少なからず同意できてしまう所が存在し、「子供」から見ても『何となく悪い人達に見えない』描写が多い点が、彼の異質さをよく表している。
野原一家に対しても明確な敵意や害意が存在せず、むしろ彼らには自分の計画や、今までの事件の真相を話したり、自分を止める方法とそのチャンスを与えると寛容に接しており、他のクレしん映画のボスキャラと比べれば刺々しい態度は少ない。
また、ボスキャラとしては珍しく、彼とその連れ添いであるチャコとの過去が語られていないにもかかわらず、ファンや視聴者から同情されるキャラクターであり、この部分は彼とチャコの複雑でミステリアスな人間性を表している部分である。
単純に『昭和時代への懐古主義に取り憑かれた人物』と解釈されがちだが、その本質は昭和・平成といった時代を問わず「閉塞した現在(いま)を生きるのに疲弊し、未来を紡ぐことさえ諦めてしまった大人」であり、「今ある現実を『こうなるはずではなかった』『どうしてこんな時代にしたのだ』と否定し、復讐にやってきた『過去の時代』そのもの」を象徴するキャラクターである。だが、この理念の行き着く先は結局のところ『閉塞』に向かうものである。
尚、人間は年を経ると『未来』や『未知のもの』に不安や恐怖を感じる傾向が多くなるとされる。
つまり、何も考えないと『昔はヨカッタ人間』になってしまうのが自然であり、これに打ち克てるのはしんのすけ達のような「『未来』しかない子ども」か、ひろしやみさえ達のように「『未来』に希望と可能性を見出すのを諦めず、次の世代に少しでも善い時代を託す為に行動できる大人」しかいない。
ケンが圧倒的有利な状況にありながら、野原一家に敢えて自分の計画の全容と止める方法を開示して「行動しろ」と促したのは、人間の『未来への希望』が『過去への郷愁』を上回るのかどうか、対等に試してみたかったからかもしれない。
最後にチャコと自決しようとした際に、(勘違いではあったものの)しんのすけの「ズルいゾ!」の叫びに足を止めたのは、ここで死ぬのが『未来』への不安から目を背け、『現在』との戦いから逃げ出し、自分達だけ『過去』にしがみついたまま楽になろうとする卑怯な行為以外の何物でもない事実に気付かされたからだろう。
ちなみにしんのすけはケンたちの自死を止めようとしていた訳ではなく、単に『自分もバンジージャンプ』したいと、いかにもしんのすけらしい純粋な理由で羨ましがったために出た言葉に過ぎない。
ケン自身が示した通り、大人が未来を手に入れるには「行動する」しかないのである。
関連タグ
オトナ帝国の逆襲 チャコ(クレしん) 懐古主義 ノスタルジー
懐古厨:悪く評価するならこれに尽きる
ともだち:二十世紀の過去に強く執着している、「組織の戦闘員達の装備がほぼ玩具」等の繋がりがある。但し、生物兵器を用いたテロ行為を行う等、個人的な恨みから一人の男に冤罪を擦り付ける等、ケンとは比較にならない程の悪辣な手段に走っている。
クォーツァー:こちらも人間の醜さから元号をそのものを否定し、作り直そうとした組織。
兵藤和尊:声の人繋がりな敵役。ただし彼とその一族郎党は、ケンが唾棄していた『汚い金の権化』そのものの外道である。
ワシズ:朝鮮への戦争特需・私刑・パワハラ・モラハラ・偽札などがやりたい放題だった無法地帯に、己が剛運とヤクザ者の心身によりある種の秩序を成していく人物が主人公の物語。なお、老年期においては声の人繋がりな敵役にもなっている。