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懐古厨

かいこちゅう

「昔のほうが良かった」と言って、今現在あるものを否定したがる消費者。
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概要

特定の分野、作品、風潮に関して過去の状況を懐かしみながら逆に現在の状況を否定するタイプの厨房を指す。

老害とは微妙に似て非なる概念であり、それほど年配とは言えない10代から20代の人間すらこうなることもある。

分野や文化の場合、時代の経過に伴って対象への認識が変わったり、流行の方向性が移ったりしてもそれを認めず旧来の価値観ないし評価に固執し、逆に現状に対しては個人的な理屈で批判、否定に走ったりする。

作品ならば特定のシリーズ物をはじめとする長期に渡って継続しているコンテンツの内容とその方向性の変遷に対してそれの開始当初か中期までの特定の時期の作風および傾向を評価し、逆に現在における展開、方向性を否定する傾向が強いのが特徴で、いかに初期の展開と設定に不備とか粗があったとしてもそれらは美化、あるいは無視していることも少なくない。
無論、そのシリーズやコンテンツに於いてそこまで昔のものとは言えないほんの少し前の作品やそれの内容に対してもそういう思考に陥るケースも見られている。

歴史

こうした思考の人間はジャンルを問わずある程度の歴史のあるものや事柄に対して殆どの場合存在するものである。

創作物や劇の分野においても昔から往々にして存在する。例えば歌舞伎では團菊爺菊吉爺という言葉がある。
これは前者の「團菊」は歌舞伎役者の九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎を、後者の「菊吉」は六代目尾上菊五郎(五代目の息子)と初代中村吉右衛門を指し、それぞれ明治大正~戦前昭和時代を代表する役者なのだが、
この團菊爺・菊吉爺という言葉は「彼らこそが至高の役者であり、今の時代の歌舞伎はそれに比べると程度が落ちる。観れていない今の者は可哀想だなあ」と後々の時代にマウントを取るおっさん(爺)を指す言葉として歌舞伎観劇を嗜む者たちの間で有名な俗称である。
まさしく懐古厨そのものであり、実際に團菊ないし菊吉を観れていないより若い世代からは羨望と嫉妬、あるいは単に自慢を鬱陶しがったり古い価値観から抜け出せない存在と思われたりと、複雑な目で見られていた。

今日では團菊で120年、菊吉でも80年は前に活躍した役者であるため、こうした「爺」は既にほぼ鬼籍に入っていると思われるが、さりとて現代では現代で例えば六代目中村歌右衛門辺りの名前を挙げてマウントを取るような古老各氏は存在するし、更に言えば團菊爺がまだまだ若造だった時代には七代目團十郎辺りの名前を挙げて同じように「明治の若者」に似たような行動をとった天保翁(天保年間に活躍した頃の役者を覚えているじいさん達)なる人々も存在した。歴史は繰り返すものであり、いつの世も懐古厨と称されるような人々が存在したことの証左であろう。

ただし、懐古厨のせいにして自分たちの主義主張を押し付け、マウントを取るために使われていることも多く都合のいい言葉でもある。
懐古厨の対義語は特に存在しない。しかし懐古厨が過去にこだわり続け新しい物を否定し続ける人間なら、その対極にいる者は新しい物にだけ飛びつき、過去の物を懐古厨と同じように否定し、飽きやすい存在だろう。

関連タグ

 蔑称
懐古 新規 老害

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