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セミリンガル

せみりんがる

人生の中で複数の言語を習得したが、いずれの言語も熟練度がその年齢における母語としての話し手のレベルに到達していないような人のこと。ダブルリミテッド。
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概要編集

バイリンガルトリリンガル(あるいはそれ以上のマルチリンガル)として、複数の言語を習得して使うことができるものの、そのいずれにおいても年相応の言語レベルに到達していないために抽象的思考論理的思考(認知能力の習得)が困難であり、社会的に様々な困難を抱えてしまう状態を指す。

なお北欧スウェーデンフィンランド)では、「セミリンガル」という言葉自体が右派の市民により(他言語を用いる)移民への差別用語として用いられた経緯から、「ダブルリミテッド」と言われることも多い。


「複数の言語を習得し、使うことができる」といっても、言語獲得は年齢差や個人差が大きく、また「マルチリンガル」という表現自体が、その言語をどの程度使うことができるか、またどの時期に習得したかの定義は曖昧であるため、セミリンガルそのものの定義もやや曖昧である。このため、日常生活の場面の中で(非言語コミュニケーションを含めての)「聞く・話す」ための言語能力(生活言語能力、BICS)では、バイリンガルと呼べるような高いレベルの能力を有していても、抽象思考や学習のための言語能力(学習言語能力、CALP)ではセミリンガルで、勉強や仕事に支障が出ているというような人もいる。

また、これらは根本的な知的発達とは無関係に扱われる(知的障害の影響がないことを前提とする)が、言語発達が遅れている状態のため、言語能力などを調べるIQの検査では、軽度の知的障害や境界知能に相当するレベルの数値が出るという人も少なくない。長い複雑な文章がうまく読めない、誤字脱字が極端に多いなど、学習障害を併発していることもある。


本記事では基本的に「日本人、もしくは(幼少期から日本で過ごす)在日外国人で、日本語と他言語どちらも年齢相応のレベルに相当していない状態の人」について述べるものとする。


原因編集

幼少期の言語習得・発達の過程で、複数言語が入り混じる環境で育った帰国子女や在外邦人在日外国人に散見される。また、国際結婚などによりそれぞれが用いる言語が異なる場合や、親が外国の出身で、子供の生まれた国の言葉を流暢に話すことが難しい場合などもある。現代の日本では「標準」となる言葉(関東語をベースとした共通語)が浸透しているためそれほど影響はないが、同じ母語をベースとしていても語彙やイントネーションに地域差があまりにも大きい場合は、多少のリスクがあると考えられる。

(一つの言語を中心に使う環境で育った場合の)母語の確立は概ね5〜7歳ごろとされるが、この本来確立するような年齢の時点で母語となる言語がうまく使えず、かつ複数言語が入り混じった環境で過ごしているというときは、セミリンガルになる可能性が高いと言える。


セミリンガルは、複数の言語を母語として使用することができるものの、いずれの発達もその年齢の平均より遅れてしまうことで、思考力や判断力に大きな悪影響を及ぼす状態である。結果として、例えば学校の勉強では、複雑な思考が必要な教科書の文章やテストの問題文がうまく読み取れなかったり、教師の指導・説明が理解できず、指示通りの動作ができなかったりといった問題が起こる。また学業が振るわないことでその後の学習意欲を失ってしまい、上位学校への進学や就職などが困難になりうるため、学校からドロップアウトして非行に走ったり、無自覚のまま犯罪に加担させられたりといった危険性もある。

当人の日常的なコミュニケーションやQOLの低下はもちろん、「考えがうまく言葉としてまとめられない、言いたいことがはっきり伝えられない、相手の言っていることがよくわからない」という、コミュニケーション不全による精神的なストレスも大きいといえる。


日常会話程度なら全く問題ない程度の言語能力がついているケースでも問題は残る。成人して複数の言語を駆使して仕事をする場合、日常会話程度の能力では到底足りず、複数の言語で専門的な言語能力を持たなければならない。セミリンガルの場合全ての言語でそれができないため、せっかくの複数言語を生かせない。

それどころか、単純に一つの言語しか使えないならば、使える言語を徹底的に使って仕事をした上で足りない能力を通訳や翻訳ソフトに補ってもらう手もあるわけだが、それが中途半端な場合通訳を頼っても何もできなくなり、複数言語が生きないを通り越して普通の就職も困難になってしまうのである。


セミリンガルになりやすい要素編集

よく誤解されるが、幼少期から複数言語に触れるというだけでセミリンガルになるというわけではない。むしろ、複数の言語の理解を深めることで流暢に操ることが可能となったり、言語習得に抵抗感なく取り組めるようになったりといったメリットもある。セミリンガルはあくまで、いずれの言語能力の発達も中途半端であるということを指すため、いずれかの言語が母語として確立してから他言語を習得するのであれば、それほどリスクが高いとは考えられない。

母語が確立するより前の段階から複数言語が入り混じる、もしくは周りの大人が片言である環境で過ごし、どちらかの言葉を母語として選べていない、十分に使いこなせていないという時は、セミリンガルとなりやすいといえる。言語の習得・発達は個人差が大きく、成長するにつれて両言語を十分に習得して改善されることもある。


ただし、外国語に触れるのが遅すぎるのも問題であり、10代前半の間に何らかの形で、第一外国語を応用レベルにまで身につける機会が与えられないと、外国語学習に関連する基本的な学習姿勢や態度を身につけることができず、以降の年齢での語学学習は困難を極めるとされる。もちろんこれも個人差が大きい。


日本語英語のような、言語体系が大きく異なる言語同士を操る場合、英語ドイツ語のような差異が比較的少ない言語同士を操る場合に比べて発症リスクが有意に増大する。

大阪弁博多弁のような、母語話者同士で相互理解が可能な程度の差異しかない言語同士(方言)であれば、リスクはほとんどなく、仮にセミリンガルに近い状態となっても日常生活に大きな支障を及ぼすほどではないと考えられている。


バイリンガルとして育つよりはトライリンガルとして育つ方が、トライリンガルとして育つよりはマルチリンガルとして育つ方が、つまりより多言語の環境で育つ方が、セミリンガルになりやすいとされる。

言語習得において 過剰なマルチタスクが生じることにより、脳内でのスイッチング回路に何らしかの支障が生じることでセミリンガルとなってしまうと考えられているが、バイリンガルとして両言語を十分に扱えるように育つのかセミリンガルとなってしまうのかは、同様の生育環境であっても個人差が非常に大きく、ある意味本人の生来の資質やに左右される側面も強い。

一般に同一民族・同一世代であれば女性の方が男性より語学力が高い傾向にあることを反映してか、女児よりは男児の方が発症リスクが高いと見られている。ただし、もちろんこちらも個人差(生育環境の差)が大きい。


日本以外のセミリンガル編集


日本には日本語以外の少数言語がほとんどなく、義務教育での日本語教育が十分進んでいるためセミリンガルとなる事例は比較的少ない。

しかし、それは島国かつほぼ単一言語である日本の特殊な環境によるところが大きく、他国と地続きだったり、国内で複数の言語を抱えている国となると問題は日本と比べて遙かに深刻となる。

インドは公用語としてヒンディー語、第二公用語(準公用語)として英語が指定されているが、このうちヒンディー語を日常会話レベルで用いるのは全人口の約4割とされる。インドは多民族国家かつ人口も大変多いため、全土が常に複数言語状態にあるような状態であり、ある意味ではほぼ全国民がセミリンガルとなるリスクを抱えているといえる。

また、隣国のパキスタンは「国語」としてウルドゥー語、公用語として英語が指定されているが、実はパキスタンにおいてウルドゥー語を母語として話す民族はかなりの少数派であり、国民の大多数は他の民族で、ウルドゥー語とは別の言語(パンジャブ語、シンディー語など)を母語としている。このため、国民の多くは自分たちの母語と共に「共通語」としてウルドゥー語を義務教育の過程で学んで利用するバイリンガルである。しかしながら、義務教育制度の完全実施には至っておらず、ある調査では若年層の識字率が約72%、高齢者の識字率が約25%となっている。


公用語による教育体制が十分に整備されていない場合、識字率の上昇や科学教育の普及などにおける足枷となりうる。またこのことにより、国内の産業が発展せず、途上国から抜け出せなくなるばかりか、高等教育が社会に定着しないゆえに年相応の論理的思考力が不十分な国民が増える、教育水準が他国から比べて大きく劣る状況が続く可能性が高いと言える(※ただし、例に挙げたインドやパキスタンがそうであるとは限らない)。


一方、このような多言語国家においては、長期的には複数言語の折衷したピジン言語の誕生に繋がった歴史的事例も多く、このようなピジン言語が文法的に確立しクレオールとなった場合、元来セミリンガルの話者によって話されていた歴史的経緯から、文法や語彙が極めて平易で学習しやすい言語になりやすく、海外からの優秀な人材の流入が活発化し、国力が増大する素地となりうる。このようなセミリンガル話者により確立された経緯のある元クレオールたる世界言語として代表的なものに、英語フランス語オスマン語マレー語スワヒリ語などがある。


国内の一部地域に公用語とは異なる言語を使用する少数集団が存在する場合、セミリンガルとなってしまう人もおのずと増えるといえる。このため、公共サービスや教育においてその他の大多数の集団よりも不利を抱えやすく、人権問題となるケースがある。

実際、セミリンガルが最初に「症例」として報告された地域も、スウェーデン国内でありながら歴史的な経緯によりフィンランド人が居住し、スオミの方言が用いられていた地域であった。

このため、言語問題は民族問題や宗教問題と並んで分離独立運動やそれに伴う内戦動乱を招きうるリスク因子であり(そもそも異なる言語を用いる集団は民族や宗教もその他多数とは異なっている場合も多い)、代表的なものにケベック独立運動や北アイルランド独立運動、北キプロス独立運動が挙げられる。


対策編集

両親が日本語を話し、日本に住んで日本の幼稚園や保育園、小学校に通っている場合や、海外在住でも現地の日本人学校に通っている場合は、普段の生活で日本語を母語として習得することができるため、複数言語に触れる環境で育ってもセミリンガルにはなりにくいと考えられている(また、この「日本」が別の国の言語になっても同様である)。

外国での生活や国際結婚など、やむをえず複数の言語が用いられる環境で子供を育てる場合、可能な限り保護者が一つの言語(できれば母国語となる言葉)を使って話すようにし、子供に対して特に重視して習得させる言語を一言語に絞ること、複数言語で会話はできるものの、思考や判断は単一言語で行い、都度脳内で翻訳して考える癖をつけさせることが有効とされる。

例えば「私は黒い猫が好きです」と言う時「Ich like 猫 noire」(ドイツ語、英語、日本語、フランス語が入り混じっている)となってしまうような複数言語がちゃんぽんになった言葉遣いはいずれの言語の習得も妨げる恐れがあるため、教える側がどれか一つの言語に絞るよう指導する必要がある。


「セミリンガルになるリスクを極力減らす」というだけであれば、母国語の基礎学習が完了するとされるおおむね8歳を過ぎてから多国語環境に身を置くように配慮できればベターと言えるが、全ての物事がそう簡単に調整できるとは限らない。

日本人として主に日本語の話者となるように育てるのであれば、(海外在住の場合)現地の日本人学校に通ったり、自宅での日本語学習のサポートをしたりといったことが必要になる。


実例など編集

タレントの渡辺直美は、自身のことをセミリンガル(ダブル・リミテッド)であると公表している。台湾人で日本語のほとんど話せない母親に育てられ、幼少期は日本と台湾を行き来しており、日常の会話はなんとかなるものの学校の勉強に全くついていけなかった。大人になっても語彙があまりなく、本も文章の内容が頭になかなか入ってこないため読むのが苦手であり、文章を書くのは好きだが誤字脱字が多かった。

ニューヨーク留学にあたって、当時物忘れなどが多かったのでADHDではないかと思い医療機関で検査を受けたところ、IQが85という本来なら「テレビの仕事が難しい数値」が出て、とくに文章作成のテストなどでその兆候が顕著に現れたという。医師からは「0〜3歳で覚えるべき言葉が身についていない」「地頭がいい(知的には問題がない)から今までなんとかやってこられたのであろう」といったことを説明され、自分で調べるうちにダブル・リミテッドの存在を知ったという。

参考


同じくタレントの滝沢カレンは、日本生まれの日本育ちだが、翻訳家をしていた母親の仕事の関係でカタコトの日本語を話す外国人に囲まれて育ったことで、ある意味では日本人離れした独特の言語感覚を持っている。渡辺とは違い学業について大きな影響はなく、長文の読み書きもできるが、事務所の指示で日本の高校に通いながら日本語学校に通っていたことを明かしている。


フィクションにおいては、帰国子女や在日外国人、ハーフなどのキャラ設定の一つとして片言になっていたり、ルー語のように単語が別の国の言葉になっていたりといった描写がなされるが、これは現実のセミリンガルのそれとは大きく印象が異なるものと考えられている。

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