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ハリー・フーディーニ

はりーふーでぃーに

ハリー・フーディーニ(Harry Houdini、1874年3月24日~1926年10月31日)とは、かつてアメリカ合衆国で名を馳せた天才マジシャンである。
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人物

脱出王」の異名で有名な奇術師
本名:エリック・ヴァイス (Erik Weisz) 。「現在でもアメリカで最も有名な奇術師」と呼ばれるほど認知度は高く、奇術師の代名詞ともなっている。飛行機や陸上競技への造詣が深かった。
フーディーニ(Houdini)という芸名は、「近代奇術の父」として歴史に名を残すフランスの奇術師、ロベール=ウーダン(Robert-Houdin)が由来。

本物の刑務所に閉じ込めてもらって脱出、本職の刑事に手錠をかけてもらって一瞬で脱出、というルパン三世みたいな事を(イカサマではないという宣伝意図で)世界各国で実行していた。

超能力や心霊術のイカサマを暴露するサイキックハンターとしても知られる。
彼自身は心霊術を求めて探していたのに、どんな心霊術師に会ってもイカサマだったし、全米最強の奇術師を騙せるような人も居なかったのである(商売敵を潰しながら他人のトリックを盗めるという役得もあった)。
この関係で、当時心霊術に没頭していたコナン・ドイルとも交流があった。
1924年にクトゥルフ神話のH・P・ラヴクラフトに『ファラオとともに幽閉されて』という小説を代筆させている。
脱出奇術の際に、映画『マタンゴ』の原作者である小説家ウィリアム・ホープ・ホジスンに縛ってもらったところ、彼は元船員でロープワークと得意としていたため非常に苦労し、「あの男にだけは二度と縛られたくない」とコメントを残している。

1926年10月22日、学生に、「腹部を強く殴られて耐える」芸を見せる際、フーディーニが準備していない段階で殴られたため、急性虫垂炎を発症。
数日後、虫垂が破裂し、びまん性腹膜炎で10月31日に死亡。
生前、「もしも死後の世界があるなら、必ず連絡する」と妻に言い残していたが、実際にコンタクトを受けた者は居ない。

彼の影響を受けた人物

引田天功(初代)
日本出身の日本人男性マジシャン。
フーディーニを尊敬しており、彼の脱出マジックにインスピレーションを得た大掛かりな脱出マジックを身上として「日本の脱出王」の異名を取った。

プリンセス・テンコーのステージネームで知られる現:引田天功(2代目)の師匠。

彼をモチーフとしたキャラクター等




  • 1953年、伝記映画『魔術の恋』(原題『Houdini』)が製作された。ジョージ・マーシャル監督、主演はトニー・カーティス。「脱出マジックに失敗して死亡」という結末はフィクションである。

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